とある子猫の恋章
夜の街をただただ真っ直ぐ東に向かって走る。ひとつ街を過ぎるたびに胸がズキズキと痛んでいくのが分かる、不安で不安しょうがない気持ちが自分の中にあるのだ。
国境沿いの村まではまだ先だ。遠征が始まるのは今日の深夜から、儂の情報では騎士団の戦力と盗賊団の戦力なら少なくとも朝方までには片がつくはずじゃ。となれば、日が昇る前にソラにこの情報を伝えんと……
急ごう。今はとにかく全力で走るしかないんじゃ。
それから何時間も走りつづけ、夜もかなり深くなった頃。夜目が利くようになった今の儂の目にはまだ少しだけだけれど確かに見えた、東の国境を守る村。騎士団が、ソラがいる場所。
じゃが、このまま騎士団の所へ行ってもおそらくこの容姿ではソラに会うことも出来ずに門前払いになるだけじゃろうな。
(……ソラに会えずとも情報さえ伝われば)
そして、また東の村を目指し走り出す。
※
「団長!」
1人の男性が駆け寄っていく先には所々赤くなった青い騎士団の制服を纏って無表情のまま剣を振るい続けるている青年がいた。呼び止められると敵に向けていた剣を一瞬で振り下ろし戦闘を終わらせた。
彼は王宮騎士団の中でも過去最強と言われた団長、ソラ・クライアン。
「なに、副団長くん?」
「副団長くんは止めてください……」
「そう?ごめんね。で?何かあったの?」
「はい、それが騎士団内でおかしな情報が飛び交ってまして……」
「情報?」
もう盗賊団も大分追い詰められてきている。こちらの国の騎士団が攻め込んで来るのが意外だったのか奇襲を仕掛けた途端直ぐに指揮は崩れ、いっきに攻め込めたおかげで予定より少し早く戦いが終わりそうだと言うのにこんな時におかしな情報だなんて……
「……めんどくさい」
「前みたいに途中で帰らないでくださいね団長」
「帰らないよ、今日は特に頑張らなきゃいけないからね。それで情報ってなに?」
「はい、非難した村の人々が隣国から武装した軍隊が来ていると言ってたようで……」
それが本当なら、隣国はこの戦いを裏切ってこの国との間に戦争を持ち込もうとしている事になる。
確かに今この国と隣国がよい関係にあるとは言い難い。今回の事件はたまたま両国の利害が一致しただけで別に隣国と仲がよいから俺達が来た訳じゃない。だからそれが本当なら今すぐにでも追い返すか何かをしなくてはならないのだけど……
「敵がこちらを攪乱を狙って出した嘘の情報ではないかとも言われてますが」
「けど、ここまで簡単にやられた盗賊団がそこまで頭の切れる奴らだとは思えないなぁ」
「どうしますか?」
彼は握っていた剣を一度しまうと少しだけ考える素振りを見せると、直ぐに目の前の副団長に告げる。
「――火のない所に煙りは立たないよ」
「では……」
「うん、俺の隊と4番、6番隊の人達は隣国との国境に向かう。ここ、君に任せたからね?」
「はい!」
そして、塔の中の一室から立ち去ると下にいた自らの隊の団員と待機していた他の隊の者を連れて目的地を目指し進み始めた。
彼は、隊を引き連れ国境を目指している間ある事を考えていた。
(こんな短時間で俺に伝わるほど騎士団内の情報を操作する。そんな事が起きるとは考えられないけど……)
ただ、彼は会いに行く度本来なら騎士団である自分がどうにかしなきゃいけないようなかなり危ない趣味を意気揚々と話す彼女を思い出していた。
(……違うよね)
もしいたのならお仕置きしてやる。
そう、小さく思った。
※
情報は確実に騎士団内に入った。ソラなら今の隣国との関係、盗賊団の実力、騎士団のバランスをしっかりと見抜けるはずじゃ。
「あとは、儂が信じるだけか」
じゃが、儂のやることはまだ終わっていない。
儂は既に国境を越えて今まさに進み続けている隣国の軍隊が見える場所にいる。かなり距離はあるが今の儂の視力なら遠い場所、暗い夜でも敵の様子がよく見える。
「大将は…奴か、こりゃまたすごいのが出て来たのぉ」
敵の大将に儂は見覚えがあった。逆に言えば、儂の情報に入って来るほどの人物と言う事になる。
ソラが盗賊団の立てこもっていた村の塔から騎士団を率いてやって来るのなら、あの隣国の軍隊とは曲がり角や道を考慮するとかなりの確率で左翼からぶつかるじゃろう。
なら、儂がやることはひとつ。
「あの大将、奴1人でいい。奴さえ落とせば敵を攪乱出来るじゃろう」
幸い、敵軍も左翼からの攻撃を恐れてか左翼に兵を集めとる。右翼からなら儂には敵兵に見つからず奴に近づく事など簡単じゃろう、奴1人なら儂だけでも十分じゃ。やるなら今しかない。
「――行くか」
※
敵軍の懐に入ってからしばらくして、儂は何十人もの敵の間をすり抜けながら移動していた。思ったより敵の動きが速い。
大将を落としてしまえばしばらくは混乱状態になると踏んでいたのじゃが……奴め、自らがやられた時の指示を完璧に出しとったか。
じゃが、儂もただ逃げ回っとる訳じゃない。敵を、動きを、情報を、全てをひとつ残らず広い集めるように観察しながら動く。
(あいつじゃ、あいつが今の大将じゃ……)
もう1人全体を指揮する者がいなくなれば敵の軍隊は混乱する。そうすれば後から来る騎士団の攻撃を受けやすくなる。
すると儂はおもいっきり地面を蹴ると後ろから追ってきている兵よりも高く飛び上がりその兵の塊を飛び越えた。そして、一気に今この軍隊を指揮している男に近づき右手にある剣を少し強く握るとその剣を振り上げる。
儂が今まさに斬りかかろうといていた男はその刹那に驚きと焦りの表情を浮かべた。しかし、そう思った頃、儂の視界にはまだ剣を振り下ろしていないにもかかわらず既に斬り倒されたその男の姿が映った。
もう1人の、水色の髪をなびかせた男と共に。
「なんでソラがここにおるんじゃぁあ!?」
「あっ、ネリ」
絶対にここにいるはずのないこいつはたまたま街であったような軽い感じで儂の名前を呼ぶ。相も変わらず、自由気ままにどこからともなく現れた。あの日、初めて会った時のように……
しかし、詳しいことなど考えてはおれんかった。なぜなら儂は今こいつが斬った男を斬るために高く飛び上がり、そしてこの剣を振り下ろす直前だった。即ち、落下中なのじゃから。
「ソラ!そこを退け!」
「えっ、無理」
「そう言う事は無理そうに言わんかぁああ!」
じゃがソラはそれだけ言うと既に鞘に収めていた剣を儂が落ちそうな場所に刃の部分を横に寝せるようにして突き出した。
その行動で殆どを察した儂は苦笑いを浮かべるとその鞘に足をかけるように着地して剣と儂を支えているソラに言う。
「落とすなよ!」
「了解!」
そしてソラはおもいっきり剣を振るった儂を前に飛ばす。地面に着地する瞬間、ソラに襲いかかろうとしとった兵を2人ほど振り上げとった剣で黙らせて。
「――で、お主はなぜここにおるんじゃ?」
「迷った!」
……なるほど、方向音痴か。
納得しながら儂とソラは敵兵に剣を降り続ける。もう1人の大将がやられたとなるとさすがに奴らも全体の動き鈍らせた。しばらくすると周りの兵がざわつき始める。
「仲間が1人増えた!?」
「なんだよ!たかだか2人で何が出来るってんだ!」
「うーん、確かに2人だけどさ――」
その中のひとつにソラが反応した。そしていつもは見せないような真剣な表情で言い放つ。
「俺を、俺達を1人分の戦力と考えない方がいいよ」
「はっ!それだけ大口叩いて死んだら最低にかっこ悪いぞ、ソラ!」
「君の前でかっこ悪い所なんて見せないよ!」
そうして儂らはお互いの背中を預け合いながらその戦場へと踏み込んだ。
※
「団長達はここで待機しててください!」
「うん、分かった」
「はぁあ、はぁあ……」
騎士団の制服を着たその男はもう一度儂を見ると少し名残惜しそうにしながら去っていった。おそらく、この姿の儂とソラが2人でいることが不思議で気になるのじゃろう。
しかし、今の儂にそんな事を考える程の力は残っとらんかった。
「ネリ」
「さすがに疲れたわ…いくらなんでも走りすぎた」
ここまで走り続けたうえ、あの戦場を駆け回っては体力も限界じゃ。
しばらく2人で戦い続けた後、ソラが連れてきた隊とは違う他の騎士団の隊のものがやってきてやっと落ち着くことが出来た、きっと優秀な部下達がやったのじゃろう。
あの騎士団の者が完全に見えなくなると儂の体は張り詰めた糸が切れたようにその場に倒れそうになった所をソラに支えられた。
「ネリ!?大丈夫――!」
「もう少し、このまま……」
「……分かった」
ソラは少しだけ驚いた表情をしたが直ぐにいつものように笑って見せた。
ソラの心の音が聞こえる。生きている、そう伝わって来ているようじゃった。そうやって、しばらくソラに支えられて体力を回復させた。
「ありがとう、ネリ」
「はは…なんの事じゃ、分からんな」
そう言うとソラから離れ先ほどまで儂を支えとった奴の顔をしっかりと見た。いつもの笑顔じゃ……
「もしかしてネリは俺の命の恩人になるのかな?」
「さぁな、じゃが儂にとってはお主が恩人になりそうじゃ」
「?」
「生きる目的が少しじゃが、見えてきた。お主のおかげじゃな……」
ただ生き続けるだけの儂は既に生きる目的を失っとった。じゃが、今はやりたいこと、やらなくてはならんと思えることが見えそうな所まで来た。あと、少しじゃ。
「お互いが恩人か、確かにそうなんだろうけどさ――」
すると、ソラのその言葉を聞きソラを見ようとしたまさにその瞬間、儂の体にある感覚が与えられた。
儂の唇に当たる熱い何か。その熱はそこから全体に広がって行ったかのように感じた。
実際はほんの数秒の出来事だったかもしれん。じゃが、儂にはそれが永遠よりも長く思えた。
儂の唇とソラの唇がほんの少し触れ、そして重なった。
ただそれだけの事……なのに、なぜかそのまま動けない儂がいた。
そして、離れたソラの口からいつもより優しい笑みとひとつの言葉が漏れた。
「恩人より、俺はこっちの方がいいかな」




