とある子猫の変章
それから、ソラは本当によくやって来た。もう少し詳しく言えば、ほぼ毎日から毎日に変わったと言う事。この間「お主仕事はどうしとんじゃ?」と聞いてみたら笑って誤魔化された、そりゃあもう凄い勢いで誤魔化された。なんじゃったんじゃあの笑顔は、その裏に一体何があるんじゃ。
そして今も儂の所にいる。
「な、なんなんじゃこの食べ物は……」
「サンドイッチ」
「食った瞬間気絶したのにか!?」
もはや食べ物では絶対にない味じゃったぞ!サンドイッチをどうしたらこうな風に変化させられるんじゃ!サンドイッチなどパンに食材挟むだけじゃろうが!
「今日の弁当は、妹が作ってくれたんだよ」
「妹…あぁこの間言っとったファイとか言う妹か、お主よりかっこいい名前じゃと」
「妹って言っても腹違いだけどね」
「サラッと重い話しをするなっ!」
受け流していいのか戸惑えばいいのか分からんくなるじゃろうが!皮肉のつもりで言ったのになぜ儂の方がこんなに喋り疲れなくてはならんのじゃ!
「と言うかお主に妹がいた事はどうでもいい。問題はそいつが作った弁当がなぜ食べ物に値してないかじゃ」
「だからまだ10歳なんだよ」
「話しを切り替えろ!」
相変わらず儂の喋りはガン無視か、自己中か、今でも世界はお主中心で回っとるのか。
「ネリはファイに会ってみたい?」
「そうじゃの、具体的に言えばお主の妹にもう二度と料理をするなと言いに行きたい」
「じゃ、じゃあ一緒に外に行こ――」
「断る!」
めったに見られないソラのヘコんどる姿を横目に見て儂は廃墟の屋敷に戻っていく。
あの日から変わった事はソラが毎日来るようになった事だけじゃない。最近、ソラは何かと儂を外に連れ出そうとする。
最初は面白い物を見つけたとか言って外へ行こうと言い出した。それを儂がものすっごく冷たい目で断ったら、意地になったなのかなんなのか……今では誘いと拒否の無限ループじゃ。
はっきり言って儂は外になど出たくない。儂が出歩くのは暇つぶしで適当な建物に忍び込んで誰にも見つからずに情報を集める時くらいじゃ。それかこの廃墟の周りにある森まで、しかも森の半分より街側には絶対に近づかん。そもそも出たくないからこんな所でこんな生活をしとるんじゃしの、情報集めは別として。
「やっぱり外行こうよー、怖くないよー楽しいよー」
「どこぞの悪人のセリフじゃなぁ……」
「なんでそんなに外が嫌いかな……」
「儂は外が嫌いなのではない。人間が嫌いなんじゃ」
「……そのセリフは聞き飽きたよ」
分かっとるなら何度も誘うな、そして毎回毎回へらへら笑いながらヘコむな。いくら世界がお主中心に回っとっても儂が外出るなんて事は決して起きないのじゃろうから。
「大体のぅ、儂みたいな異端者が外に出たら大変な事になるじゃろうが」「大変な事?」
「儂が死ぬ事になるかもしれぬのじゃよ」
ここアリアナではどうも異端者への迫害が根強く染み着いている。なぜかは分からんが、ここまで異端者を嫌うこの国では他の国よりも儂には確実に危険が多いじゃろうな。まぁ、危険がなくとも儂は情報集め以外で外に出る気はは全くないがの!
「大丈夫だよ、俺が守ってあげるから」
「うっさい!早よう帰れ!!」
持っとった弁当の籠をソラの顔面に向けて投げてやった。けれどその籠はソラには当たらず当たる直前の所でソラが籠を掴んだ。てか、こいつはなんちゅう恥ずかしいセリフを平気で言うんじゃ!しかもそんな笑顔で言われても信憑性は皆無じゃからな!
「うーん、じゃあ今日は帰るけど……」
「あぁそうじゃ!それがいい!」
こいつの言葉で変な気分と言ううか変な風になっとる儂がおるからの、早よう帰って落ち着かせろ。
「あっ、そうだ。俺明日は来れないや」
「ほう…なんじゃ、なんかあるのか?」
「んー、騎士団の遠征。塔に立てこもってる盗賊団がいるらしいんだって」
「あぁ、その事件か」
この間王宮にある騎士団の上部に忍び込んだ時にそのような情報を聞いた気がするの。確か隣国から追い詰められ逃げて来た盗賊団が東にある国境沿いの村で塔を占拠して立てこもっとると言うような事件じゃったな。
「だから騎士団で今晩にでも闇夜に紛れて不意打ち喰らわせようって」
「めんどくさそうに重大な作戦を語るでない」
もっと真剣に話せ。かなり危ない事件じゃろうが、騎士団としても大きな事じゃし。こいつがその騎士団の団長だとは……団員はきっと苦労しとるじゃろうに……
「とりあえず今晩終わるか明日終わるか分かんないから明日は来れないや」
「あぁ、分かった」
「……」
「……なんじゃ?まだなにかあるのか?」
「いや、ネリの方こそ他になんかないのかな?」
「はあ?儂に何を言えと言うのじゃ」
「頑張ってとか?」
なぜ疑問詞なんじゃ。といううか、お主めちゃくちゃめんどくさそうじゃったではないか、なのに頑張ってと言って欲しいなど何かがおかしくないか?
「よく分からんが…じゃあ頑張れよ」
「うん、頑張る!」
……一体なんなんじゃあいつ、まんべんの笑みで帰ってったぞ。
※
そして、ソラも帰って日も赤くなり始めた頃、儂は王宮に忍び込んどった。なんども色々な場所に忍び込んどるが、やはり王宮ほどの所となると普通の場所より警備は厳しいは魔術師はいるはである意味一番楽しい場所じゃ。
(何より情報の大きさが他の比じゃないからの)
しばらく天井裏を這っていると向こうの方から話し声が聞こえてきた。確か、あっちは応接間か……と少し考えてその話し声のする方向に向かって進んだ。
「――ぃょ―」
応接間の真上までやってきたはいいが、ここからでは声は聞こえても誰が話しているかは分からんし……ちと覗いてみるか。天井裏から小窓を通って抜け、応接間の窓の方に外から移る、そして少しだけ頭を出し中の様子を窺う。ご丁寧に窓はステンドグラスになっとった。
(こういう豪華さが他にはない弱点なんじゃよなぁ)
そう思いながら中にいる2人の人物を確認した。1人は見覚えのある人物、確かあやつはこの国の宰相じゃよな……もう1人は誰じゃ?赤い髪のそこそこ年のいった男で30か40代くらいかの。格好からして大分身分の高い奴じゃ。
するとその赤髪の男が喋り出した。普通なら分厚いステンドグラスで聞こえんほど小さい声じゃが、この猫の耳で聴力の上がった儂には余裕で聞き取れた。
「じゃあ盗賊団はこちらの騎士団で対処していただけるのですね」
「えぇ、そのように」
(……盗賊団に騎士団じゃと?)
「こちらとしても国境沿いの大切な場所を乗っ取られてはたまりませんし」
「はっはは、そりゃそうですな」
(……なに笑っとるんじゃこいつは?)
しかし、盗賊団に騎士団、国境沿いの大切な場所……もしかすると今朝ソラが言っとった事件の事か。それにしてもこの赤髪の奴は一体誰じゃ?
「では、私はもう帰らせていただきます。そちらが対処していただけるとして安心しました、隣国は残念ながら今は手が出せませんので」
「でしょうね」
(隣国の者か……)
そう言うと赤髪の男は豪華なソファーから立ち上がり軽く一礼をして部屋から出て行った。しかし、さっきのこいつの態度、なんとなくじゃがおかしかったのぅ……
(追うか)
儂は窓から移動してまた天井裏へ、そしてあの赤髪が出て行ったと思う廊下の上まで行く。じゃが、どうやらもう出て行ったようで廊下には奴はおらんかった。この廊下からは確か庭園に繋がっとるはずじゃ、おそらくそこから外に出る気じゃな。
今度は廊下の天井裏から夕暮れ時になった庭園へ移動する。庭園なら草木が沢山あるし、隠れることくらい余裕じゃと思いながら移動すると庭園に入って直ぐに奴を見つけた。どうやら付き添いと思われる青年も一緒にいるようじゃった。
「あの、本当に大丈夫何ですか?」
「何が?」
「だって、王宮騎士団ですよ!あの最強と言われたクライアン家の団長もいますし!」
(……あいつ、そんな風に言われとるのか)
「大丈夫だよ、そもそも盗賊団なんて始めからあてにしてないし。捨て駒だよ」
「じゃあ……」
「勿論、あの騎士団が盗賊団倒したらうちの軍が攻め込む作戦だ」
……なんじゃ、それは。
奴らは隣国の者のはず、なのに盗賊団を捨て駒じゃと?それに、騎士団に隣国の軍を攻め込ませるなど…まさかアリアナを裏切って強力な騎士団を倒す気なのか?けど、それじゃあまるで……戦争
その言葉が思いついた途端。儂の頭の中にはあの時の、初めて死んだ時に見たあの映像が蘇った。
(嫌じゃ、もうあんなのは見とうない)
人が、物が、場所が、果てていく悲劇。いくつもの悲鳴と真っ赤な視界――
『……ネリ』
――!
頭の中で流れる悲鳴の映像の次に浮かんだのは…あいつの、ソラの笑顔と儂の名前を呼ぶ声。
(ソラ……)
儂はその場から走り出し庭園を抜け王宮から外へ、そして暗くなった道を全力で駆け抜ける。真っ直ぐ東を目指して、頭の中ではずっとソラの声が響きながら。
『大丈夫だよ、俺が守ってあげるから』
「バカ!バカが!お主が危ないんじゃぞ!あんな事言ったくせに!」
視界がじんわりと滲んで来ると少しだけ目に溜まった涙を直ぐに拭いてさらに速く駆け抜ける。
「絶対に間に合わせる!」
じゃから……お願いじゃ、死なないでくれ。ソラ。




