とある子猫の中章
ガサガサ……バサッ!
「やあ、来たよー」
「……またお主か」
いつものように茂みから出てきたこいつは頭にいくつもの葉を付けてへらへらした笑顔で儂の前に現れた。
「今日は昼の弁当持って来たんだ」
「……」
さて、なぜこいつがこうも堂々と儂の前に現れるのか。今思えばかなりおかしな状況だった気がしてくる。
※
数日前……
「俺ってこういうサバイバル的な料理は初めて食べるんだけどさ、でも意外と楽しいものなんだね」
「帰れ」
「ん?なんか言った?」
「話しを聞け」
一体何回こんな会話にもならない会話をしたんじゃろうか。
こいつは一方的にペラペラと話し続けるくせに儂の話しは全く聞く気がないようで……自分勝手とか、自己中心的とはまさにこいつを表す言葉な気がしてきた。
「もういいから、それを食ったら直ぐに帰れ」
「大丈夫大丈夫、多分帰れるから」
「そう言う意味じゃないわ」
そうじゃ、こいつの場合帰る帰らないの前に帰れるか帰れないかの問題があるのんじゃった。今は腹が減ってるからだとか言って何か食べるまで帰る気がないみたいじゃし、さっさといなくなってもらうには何か食べさせる以外方法がない。そう思った儂は適当に見繕ってみたが……
「ところでこれ何の肉?」
「……知らん」
蛇の肉。とはさすがの儂でも言えん。儂ならば食えん訳ではないが、これが常識では普通の料理に値しない事ぐらいは分っとる。
じゃからといってこれ以外じゃとまた探しに行く所からしなくてはならんし、早よう帰ってもらうならこれが一番なんじゃが……いくらバカじゃとしても何の肉かも分からん物を食うなんて……
「ふーん、まぁいっか!いただきまーす!」
いいんかい。
「む?この肉は……」
蛇。
「魚の干物?」
蛇。
「なんか分かんないけどうまいよ」
見とるこっちが悲しくなってきた!
悪意が無かったかと言われれば無いとも言えんが、じゃからといって悪いとは思うとる。じゃが、ここまで気づかん程のバカを騙しとると思うと罪悪感が痛い!
「ま、まぁあれじゃ。うまいのならそれでいいんじゃ」
「うん…あっ、うさぎだ」
「にゃっに!?」
そいつが指差した先には確かに1匹のうさぎがおった。大分年老いとるのかヒョコヒョコとしか動けんようじゃが……
儂はうさぎの方へ駆け出してうさぎがびっくりして体をビクッと反応させるよりも先にバッとうさぎの両耳を捕まえる。
「おぉ~、速いねぇ~」
「……お主は黙って食う事も出来んのか」
「誉めたつもりなんだけどなぁー」
儂はもう一度じっとうさぎを見つめた。じたばたと暴れてはいるが、やはり年老いたうさぎだからかあまり激しいとは言い難い動きじゃった。
そして、そっとうさぎを石の台に乗せると儂は剣を抜いた。
うさぎを簡単に調理し終えると儂はその肉を奴の前に差し出した。
「食え」
「いいの?」
さすがに、蛇の肉であんな反応されてこのままにしておく訳にもいかんしな。
じゃからといってうさぎと言うのもあれかもしれんが、今の儂の生活じゃとこれはかなりの馳走じゃしな、どうにかなるじゃろう。
「さっきの肉よりはましじゃが、一応うさぎじゃし味の保証は出来な――」
「うまっ!うさぎうまっ!」
「……お主は注意と言う物を知った方がいいぞ」
「?」
なんの躊躇もなくかぶりついたぞこいつ、無垢にも程があるじゃろう。
すると、不意にこいつは食べていたうさぎを見つめて首を傾かせながら聞いた。
「これさっきのうさぎなんだよね?」
「あぁ、そうじゃ」
「そっか……ちょっと悲しいね」
「……」
こいつの言う通りじゃった。儂にとっては年老いたうさぎ1匹の命はとても重く感じている、もしかしたらそこら辺の人間より儂には重い物かもしれん。
人は死ねば皆、土の下じゃからな……
人は命が尽きたから死ぬ。じゃが、今儂の目の前におるこのうさぎは違う、こいつを食う為……食って命を繋ぐ為に殺される。一体、どちらが悲しいのじゃろうか。死ねばその体に意味の無くなる人間と、殺されその体を他の者の生きる目的になるうさぎ。
儂が考えるような事ではないか……
儂は、意味の無くなった体に背を向けてなおも生き続けるだけの魂なのじゃから。
「じゃあ、はいこれ」
「……なんじゃこれは?」
「スルメ」
いや、それぐらいは知識としてあるが。手渡された袋からはスルメが若干はみ出でとるし。が、なぜ今このタイミングなんじゃ?
「昨日のお酒のお供だよ、お礼にあげる」
「酒…お主15じゃったのか……」
見た目と言うより行動から考えて14、5歳じゃと思っとったが。この国じゃ酒が飲めるのは成人した15歳からじゃったはずじゃからこいつは15か。成人はしとったのか。
「いや、20歳」
「20っ!?つまり成人は――」
「えっ?とっくに過ぎてるけど?」
本当に!こいつが!20歳!?
わ、儂とほとんど変わらんかもしれんのかこいつ!いまだにうさぎと蛇の肉を食っとるこいつが!いや、食わしたのは儂なんじゃがな。
ん?てかこれ食べ物……
「お主これを食えば良かったんじゃなのか?」
「あー…うん、これおいしいから問題ないよ」
問題あるわ!こちとらあんな罪悪感を味わっとったのじゃぞ!何が楽しくて儂は蛇の料理を人に出したんじゃ!
「まぁまぁ、弁当もあげるから」
「あぁ、すまんの――って、じゃから食・べ・物!」
こんな会話をしながらも、結局儂はこいつの弁当とスルメ、奴は儂のうさぎと蛇の料理を食う事になった。じゃがまぁ、儂は久々にこういった食事が出来たので嬉しいと言えば嬉しいのじゃった。
そして儂もこいつも料理を食べ終えると奴は立ち上がりぐぐっと背伸びをした。こんな姿を見れば見るほど、こいつが20歳でしかも王宮騎士団の団長だとはやはり到底思えん。
今更ながら、本当になんじゃったんじゃろうな儂のあの葛藤は。
「何はともあれ、これでお主は帰るんじゃよな?」
「うん」
ふぅ、これならばあの長かった時間や会話も無駄では無かったかと言うことか。
さて、こいつが帰ったら今日は何をしようかの。いや、別に何がしなくてはならんことはないんじゃが、基本的に暇潰ししかしんし。
「おいしかったよ君の料理」
「あぁ」
「また食べたくらいだったよ」
「あぁ」
「うん、じゃまたねー」
「あぁ……はっ?」
またね?……えっ、また?
「つまりお主またここに来る気じゃ――!」
儂がそう叫んどった頃にはもう奴の姿はなくなっていて、儂1人がぽつんと残されただけじゃった。
「……」
変な奴に出会ってしまったと言うことかこれは。
※
それから本当にこいつはまた儂の前に現れた、しかもほぼ毎日。弁当を持ってきたり、なぜか時々玩具を持ってくることもあった。
てか、お主方向音痴はどうしたんじゃ、なぜこんな事に限って毎回毎回正確に来られるんじゃ。あれか?王宮を目指して毎回やって来とるのか?
「いつも言っとるじゃろう、帰れと」
「今日はいつもの弁当とは一味違うからね」
「こらこら、話しとは聞く為にあるんじゃろうが」
ガン無視にはさすがにもう慣れた。イラつかない訳ではないが、こいつの場合これが通常のようじゃし。なにより、いつものようにこいつが話しをするのを儂も適当に受け流して聞いていた。
「そういえばさ、今更だけど俺君の名前知らないんだよね」
「……本当に今更じゃな」
「結構一緒にいたのに聞かなかったからね、教えてくれる?」
「……」
今までの儂ならば誰かに名前を聞かれた時には、「知らん」だとか「お主が知る必要はない」だとか答えていたじゃろう。
じゃがなぜだか今の儂は素直に、じゃがそれでいて皮肉に答えた。
「フィオン、ミリア、サラ、マリー、アリデリア、リィ、イルミ……」
「……どこまでが名前?」
「全部、一度は儂に与えられた名じゃよ」
儂が生き、死に、そして置き去りにしてきた器たち。例えそれが自分の体じゃったものじゃとしても、儂はけしてそれを忘れ去る訳にはいかなかった。
もしかしたら、この者達は儂などではない別の者の魂がもらい受けるはずの体ではなかったのかと思うと、どうしても過去を消し去る事は出来んかった。
「じゃあ、今は?」
「今?」
儂がもう一度聞き返すと奴はまたいつものようににこにこ笑いながら質問する。
「その名前は今までのなんでしょ?俺は今、俺の前にいる君の名前を聞いてるんだよ」
「そんな事言われてもの……」
「無いの?」
「いや、なくはないが……」
「なに?」
こいつがにっこりとしながら純粋に、無垢に聞いてくるからか。儂は自然と今の儂に与えられた名前を言っとった。
「ネリ…じゃ」
「ネリか…うん、分かった」
「お主は、お主の名はなんじゃ?」
「俺?」
すると奴はその場から立ち上がると儂の前まで来て地面に片膝を付き片手を下にした。これは、騎士団の者が正式な場で自らの名を名乗る時の姿じゃった。
「俺は王宮騎士団団長、ソラ・クライアンだ」
そう名乗ったソラはまたにっこりと笑っとった。




