とある子猫の前章
あれから、どれだけの月日が過ぎたのだろう。何百、何千、何万と繰り返し続ける魂は様々な生を歩んで来た。
耳が生えた途端捨てられた時もあった、捨てられる事は無く生き続けた時も、自ら命を絶った時もあった……が、どれ1つとして幸せだと思えたものは無い。
そもそも、誰かと出会ってそいつがこの耳や尾の事を気にせず接してくれたとしても数十年も経てば直ぐに死んでしまうのだから……
長く生きたからか言葉も変わり、いつの日からか人から隠れ1人で生きていく事が多くなった。
記憶がはっきりした頃に自らその場所を抜け、どこかに行くわけでも死ぬわけでもなくただ1人生き続ける。
それが今のあり方だ。
※
「……猫か」
幾度となく続く生き死にを続けていた儂は今の体になる10年以上前、ひとつ前のこの体でとある森の中の廃墟で1人過ごしていた。
そしてある日、儂は目の前でもぞもぞと動いている1匹の猫を見ていた。
その猫は麻布で出来た袋の中で鳴き声を上げながらそこから出ようと必死に体を動かしていた。
「……」
その麻袋は儂が獲物を得るために仕掛けた罠。兎ぐらい掛かっていればよいと思って仕掛けた物じゃったが……
儂は麻袋の口にそっと触れると、その袋の出口を塞いでいる紐を取った。
猫は脱兎の勢いで逃げ出すかと思いきや、怯えた様子でなかなか袋から出てこなかった。
「行け、猫は食っても意味がない。何より儂は猫は嫌いじゃ」
そう告げると猫は恐る恐る麻袋から出て、そして出た瞬間一気に儂の前から逃げ出し茂みの中へ入っていった。
そういえば、この体になって何年くらいたったのだろう。
こんな森の中の廃墟で適当に生きているからか自分の年齢も分からん。だが、自分の体の容姿を見るかぎりおそらく18か19……もしかしたら20年以上生きとるかもしれん。
今の体は一切切っとらん銀髪をただ長く伸ばし、廃墟にあった元々は綺麗じゃっただろうドレスを短く、動きやすいように破いて着ている。もちろん黒い耳と尻尾は忌々しく儂の体に付いている。
「まぁ歳など、知った所で意味も無い事じゃな……」
とりあえず今日も適当に食べ物でも探して過ごすか……
と、そう思って猫が逃げた茂みから離れようとした時。
ガサガサ……
ふと、茂みが大きく揺れ始めた。この揺れ方は風じゃない、確実に何か…いや誰かがいる。
直ぐに後ろを振り返ってその茂みを見下ろす。
儂の存在が気に食わん奴か?前来たときにやられまくって逃げ帰ったと言うのに、懲りん奴らじゃ……
じゃが、ひさびさの戦いは悪くないか。
「さっさと出た来い、儂がお前の相手を――」
ガサガサ!
「にゃー」
「……猫?」
こいつは確かさっき儂が逃がした猫じゃが……いや、問題はそこじゃない。問題はその猫が張り付いている物だ。
猫は手足をしっかり広げてぴったりと誰かの顔面に引っ付いていた。
「お主何者じゃ、前回儂を襲った奴らではないようじゃが――」
「にゃーにゃー」
「……そいつらの仲間ではなさそうじゃなもしかし――」
「すみません、猫取ってくださいませんか?」
「あぁもう!いちいち儂の喋りを妨害するでないわっ!」
さすがに何度も話しを止められてイラついていたからかそやつが言葉を発した途端に怒鳴ってしまった。ついでに蹴ったくってしまった。
が、儂が蹴り上げた瞬間その猫はびっくりして蹴りが入る前にそやつの顔から離れまた逃げ出した。
結果、こいつの顔面には儂の盛大な蹴りだけが入った。
「しまった、儂としたことが敵も確かめずに蹴ってしまった!」
「いや、とりあえずその足を引っ込めない……?」
儂は自らそんな事を言いながら、片足はずっと軽く上げ続けていた。こいつはいつでも儂が蹴り上げる気でいると思っとると気づいてとりあえずゆっくりと足を地面に下ろした。
「お主、敵か?」
「違うよ」
「……即答か、逆に怪しすぎるな」
「えー」
そやつはそう言うとへらへらと笑いながら入っていた茂みから出てきた。
見れば水色の髪に青い目をした男だった。しかも着ている服も剣も青色か水色の物ばかり……黒ずくめならぬ青ずくめじゃ。
しかしそやつが着ていた青い服には見覚えがあった。
「お主、王宮騎士団の……団長じゃな」
「あれ?俺有名人?」
「バカか、お主の服に付いとる騎士団のエンブレムは団長用の奴じゃろうが」
儂はそう言いながらそのエンブレムを指差す。
だがそやつは団長と言い当てられた時より驚いた様子で儂を見た。
「寧ろ、そっちを知ってる奴の方が珍しいよ?エンブレムをわざわざ見せる人なんて限られてるから」
「あぁ、そういえばそうじゃったの」
普通の奴じゃそんな細かい所など気にもとめんか、わざわざ比べて見せられたら気づくじゃろうが。
もちろん儂がそんな事を知っていたのは見比べてみた事があるからではない。
「ただ、暇つぶしで知っていただけじゃ」
「暇つぶし……?」
いつまでも生き続けられる儂は有り余る時間は暇で暇でしょうがない。人から離れ暮らしていくのに最低限の情報集めをしていたが、まぁ暇になれば誰だってそんな事でもはまれると言う訳じゃ。
この体になってから聴力や身体能力もやけに高いしの。
「じゃが、そんな事はどうでもいい。儂の前に王宮騎士団の団長が来たんじゃ。お主、それなりの覚悟はあるんじゃろうな?」
「あっ、そうだ俺なんでこんな所に来たんだ?」
「……とぼける気か」
さっき敵かと聞いた時もそうじゃったがこいつは何を考えとるのかいまいち分からん。大体の人間は目を見れば嘘をついているのかぐらいわ直ぐに分かるのじゃが……
「いや、俺騎士団から王宮に行くつもりだったんだよね」
「ここから王宮へは真逆じゃろうが!」
前言撤回!こやつは目を見るまでも無い!明らかに言っとる事と現在の状況とが一致しとらん!どう考えても大嘘じゃ!
儂は怒りを一度抑えると冷たい声色で目の前の奴を睨みつける。
「お主、儂に殺されたいようじゃな」
「ん?」
儂は懐から剣を一本取り出すとそやつの首筋に当る。あとはこのまま剣を軽く引きさえすればいい……
じゃが、そやつは怯えるどころか自分に当てられた剣さえ見ずにただ真っ直ぐに儂を見て、さっきまでのへらへらした笑顔とはまた違った笑みを見せながら言った。
「止めときなよ、君じゃ俺を殺せないから」
「……」
「君がスッゴく強いのは見れば分かるよ。だから俺、君を殺したくないし」
剣をそやつの首筋に当てたまま儂はそやつの目を真っ直ぐ見つめた。
「せっかく強い人と戦えるのはいいけど殺し合いだとせっかく強いのに君死んじゃうかもしれないじゃん。それはやだしさ」
こいつの目は嘘偽りなどない。それどころか、まるでただの子供のような、殺しや戦いまでもを何事もないかのように受け止める。混じりなど一切ない。こいつは……無垢じゃ。
へらへらと笑い出したそやつの首筋から儂は当てていた剣をそっと離した。こいつは一瞬びっくりした後またにっこり笑って「ありがとう」と言った。
それを見た儂はこいつから目を逸らし、剣を懐にしまった。
「……儂に用が無いのなら早よう帰れ、儂はお主の相手などしとうない」
儂とて敵の力量も計れんわけではない、こいつの言う通り戦えば儂は負けていたかもしれん。強い無垢程厄介な者はおらんしな。
じゃが、こいつの目や態度を見る限り儂を襲う気など無い。そもそもこいつにとっては儂など襲う意味さえ分からんじゃろう。
「王宮ならお主が来た道を真っ直ぐに戻ればよい、直ぐに建物が見えるじゃろう」
「おー…なるほど、ありがとう。来た道を真っ直ぐだな!」
そう言うとそやつは茂みをガサガサと揺らしながら戻って行った。
騒がしい奴がいなくなって辺りは少し静まり返った用な雰囲気になる。
儂は軽くため息をつくと今度こそ茂みから背を向けて歩き出す。
……そういえばあやつ、なんで儂を襲う気など無いのにあんな大嘘ついたんじゃ?いくらバカでも王宮に行くはずがこんな廃墟に来たなどあり得るはずがないじゃろう。
「まぁ、もうどうでもいい事じゃな」
それに、あやつ。儂を見ても何も言わんかったな。どんな奴でもこの体を不気味そうに見ると言うのに……
「あれ?またここに来ちゃった?」
「お主なぜそこにいる……?」
今まさに儂が屋敷に入ろうと戻って行った矢先。儂の目の前のさっきとは違う茂みからまた奴は出てきた。
儂は真逆と言ったはずじゃが?
「いや、おかしいんだって。真逆だから東南に向かったんだよ、東南だから自分の右後ろの方を目指したんだけどさぁ――」
「……」
こいつ方向音痴か!?
前方角の基準が自分の前が北と言う事になっとるな!じゃから東南と言われてその時自分から見た右後ろを目指したなこいつ!
自分が東を向いていようと西を向いていようと自分が向いている方角は北と言う180度間違った考え方をしとる!
「この際何でもいい!儂を通り越して真っ直ぐ行けば王宮じゃ!じゃからさっさと――」
ぐー……
「……なんか食べ物無い?お腹減ったから行くの止める」
「んなもんがこんな廃墟にあるわけないじゃろうがぁあああああ!!」




