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生きるちから。

「うーん…あっれぇ?これってまさかヤバい?」


あとはアルトに任せてさっさと消えるつもりだったんだけど……ちょっと振り返ってみてみれば状況が一瞬の内に一変してた。


「いやぁ…まさか…アルトが消えるとは……」


予想外も予想外。まぁ、人が消えるなんて事態、さすがに俺でも予想も想定もできないけどね。しかも、本…もといmemoryメモリーだけが残ってるとこを見ると、どうやら本の中にでも吸い込まれた感が半端ないんだよなあ……うっわぁー何これ本格的におもしろ――じゃなかった、ヤバい事態っぽい。


「どうにかしたほうがいいよねぇ、これ」


書斎に残ってるのは悩む俺と、アルトがmemoryを読んでいる最中に意識のなくなったリリアちゃん…いや、今はマナトくんかな?まぁ、そっちは唐突にじゃなくて書斎の椅子に座って、バッチリ準備してからだったから驚いてはいないんだけど……まぁ、とにかくアルト消失の緊急事態、これはこれでおもしろそうではあるけれど事が事だしどうにかする事にしよう。


「はぁ、まったく世話が焼けるなぁ、まぁ……」


それがおもしろいんだけどさ。




     ※




『ああ……静かにしてください…璃々愛ちゃんが眠れないじゃないですか』

「眠らさせる気は毛頭ない」

「それに関しては同意。ていうか近い、ウザい、璃々愛から離れろ、イラつく」


……後半の主張の方が真剣そうに聞こえるのは、できれば俺の偏見だと信じたいが…無理か。

彼…マナトとは長く関わってきた訳ではないのだけれど、そのリリアのみに対する異常な執着については…俺としては微妙な気持ちをひしひしと感じざるをえない。本当に姉弟…なんだよな……?


「とにかく離れろ、今すぐに」

『……そう……では、お言葉に甘えさせて貰いますね』

「!?」


そう言うと、キキョウと言う名のナースの女性はリリアを抱えた態勢のまま、柔らかい…それでいて歪んだ黒のような笑みを浮かべてみせた。

目の前でその表情を向けられ、それを見つめたのは俺からしたら今が初めてだが…確かに、リリアが感じたのと同じ…酷く気持ち悪い。気味が悪いではなく、気持ち悪いの一言に尽きるのだから相当だ。


『邪魔は…しないでください…ね』

「「っ!?」」


刹那、あの奇妙な風に再び視界が奪われたと思った時には、既にそこにはリリア達の姿は影も形もなくなっていた。


「……誰が璃々愛と一緒に消えろって言った!誰が!!」


どうやら、彼女が離れたのはリリアではなく俺達のようだ……と、隣で盛大に怒りをぶちまけているマナトの声を聞きつつ俺はそんな事を考えていた。

そして、それと同時に俺は辺りを観察し、状況を整理する事に努め始めていた。

実際の所、俺自身ここが何処なのかだとか、どうしてこんな場所にいるのかは全く検討がついていない。完全に行き当たりばったりでの行動しかしてないが……まぁ、どうにかなると信じたい。


「あ゛ぁああもう!文句ばっか言ってらんない!!ほら!行くよ!」

「……!場所の検討がついているのか」

「ボクに思考破綻者の行動が理解出来るわけがないじゃん、バッカじゃないの?」

「……つまり…」

「勘と勢い」

「……」


……あぁ…リリアには悪いけれど、やっぱりこの2人は非常によく似ている…あまり良くない方向に。

少し頭が痛くなってきた…体調不良とかじゃな方向の痛みで。




     ※




私の意識がだんだんと掠れていくような感覚だった。

…………子守歌が…聞こえる…?

お母さんの歌…じゃない。お母さんはよく音を外してたし、歌詞もよく間違えてた……


『……♪…ゆっくり休みましょう……愛してる。愛してるわ…   』


そう囁かれた名前が誰の名前なのか…私には分からなかったんです。

このまま…私は『しぬ』のでしょうか……桔梗さんの…思いのままに。悲しみから逃れる為に。


(あれ……?なんで…)


なんで…涙が出るんでしょう……

ぼろぼろと涙が溢れる瞳がゆっくり、ゆっくりと閉じて……



「リリアっ!!」

「っ!?」


バッ!と、閉じかけていた瞳が反射的に開かれます。

溜まっていた涙をぽたぽたと落としながら私は辺りを見渡した。


(今の声…!?…)

『こんな所までっ……きゃあ!?』


私はその声に反応するように、私を抱えていた桔梗さんを精一杯の力で押しのけ、その勢いで地面に転びながらも彼女の腕から離れる。

冷たいコンクリートの地面と、吹き渡る冷たい冬の夜風からここが病院の屋上だと直ぐに理解した。


いつの間に屋上に?でも、声が聞こえたのは…下から…!


「はぁ、はぁ…!」


こぼれ落ちる涙を拭い屋上の鉄柵に手をかけると下の中庭に人影を見つけた。そのまま、私も名前を力いっぱい叫ぶ。今、この場所で私の名前を呼ぶはずのないその人の名前を。


「……!アルトさん!!」

「リリア!上にいるのか!」


アルトさんの声が、姿が私にあの世界の記憶を奮い立たせた。もうひとつの…私の生きていた世界で過ごした日々が、ページをめくっていくように瞬いていく。

そんな中、暗闇に慣れた私の目には一瞬息が止まるような、思いがけないものが映る。


「っ!?なん…で……!」


アルトさんだけじゃない!その黒い容姿が暗い夜の闇で見えにくいけど、私には分かる。アルトさんの隣にいるのは間違い無く愛斗だ…!

頭がごちゃごちゃで何を考えればいいのか分かりません。

アルトさんは、愛斗は、どうしてここにいるの?どこまで…知ってしまっているの?


『……   ……璃々愛ちゃん…!』

「桔梗…さん」

『どこに…行くの?なんでそっちに行くの?どこにも行かないで!もう苦しませないから!もう離さないから!!だから……私と一緒に死に続けて!!』

「ひっ…!?」


叫び声を上げた桔梗さんが酷く動転した様子で倒れ込んだ姿のまま這うように私の元に近づく。

その桔梗さんの言葉が酷く私の心に刺さって、ぐちゃぐちゃになっていた私の気持ちが膨れ上がって……弾ける。


「嫌…嫌ぁあああ!!来ないで!誰も近づかないでっ!!」


静寂した夜の空に私の悲鳴が、悲痛が、狂ったように響き渡る。

悲しくて、怖くて、目が真っ赤になっても涙がこぼれてしまう!心が落ち着かなくて動悸が息を止めてしまいそうなくらい苦しい……!

そんな私に愛斗だけが誰とも違った表情を向けていた。


「……璃々愛…」

『璃々愛ちゃ……』

「私は生きるのが怖いんです!愛されるのが怖いんです!…私だって…!誰かと離れるのは辛い!もう後悔したくない!失いたくない!傷つけられたくない!殺したくない!こんな…!こんな私…わがままばっかりで…ひっぐ……怖い事から逃げて、それが…悲しくて……」


……こんな私…バカみたいに惨めだ。

何がしたいのか分からない。どこに行けばいいのか分からない。どう生きればいいのか分からない。だから、逃れるように桔梗さんの手を取った。けど……


「…死に…たくないよ……」

『…だ、大丈夫ですよ璃々愛ちゃん!私も一緒だから…怖くないよ、辛い事は逃げてしまえば――!』

「違う!」


桔梗さんの言葉を遮ったのは下から響くアルトさんの声。

声を上げたアルトさん自身、必死な表情で私を見つめていた。


「リリア!怖いのなら逃げたいのなら、君が逃げるのは彼女(そっち)じゃない!俺達(こっち)だ!!」

「…アルトさん……」

『うるさい!うるさい!うるさいっ!!あなた達に何が分かる!璃々愛ちゃんの何が……!』

「わかるよ、ボクなら誰よりも分かる!痛みも悲しみも、ボクらは共有してきたんだ!……ねぇ、あんたに…璃々愛の何が分かるって言うの?」

『っ…!?』

「愛斗……」


アルトさんがここにいてくれて、また手をさしのべてくれた事が、愛斗の声をまた聞く事が出来た事が…嬉しい。

私は…生きるのは怖い、整理のつかない感情を抱えるのは苦しい。

でも、あの慌ただしくて騒がしい世界なら……みんなの所なら……


「私は…生きていいのかな……?」

「偶然かもしれないけど…ボクらはきっと、生まれなおす為にあの世界に来たんだ。だから帰ろ、こんな場所じゃない…ボクらが求めた生きる場所に」

「生きられ…ますか…?」

「大丈夫だ…怖いなら守ってあげるよ。一緒に死ななくていい。俺も、ルウやミキ達も、一緒に生きてくれれば…それでいいんだよ、リリア」


生きてさえいれば……




『生きれる?』


違う!生きれるかじゃない!生きたいんです!生きて――


「一緒に…いでくれますか……!!」

「「いつまでも!!」」


一切の迷いのない真っ直ぐな言葉が私の中に広がった。


「愛斗…アルトさん……」

『駄目……』


…今の…桔梗さ――


「…えっ……?」


ドンッ!!

と、背中からの衝撃によって私の体が前方へと倒れ込む。

私が捕まっていたはずの屋上の柵も、彼女の手によってなのかまるで最初からそんなものは無かったかのように一瞬の内に消え去っていた。ただただ、重力の示すままに空中を私の体が舞う。


「リリアっ!?」

『はぁ…はぁ…!駄目ですよ璃々愛ちゃん。本当は一緒にって思ったのに…順番が狂っちゃったじゃないですか』

「や…きゃぁああぁあああああああ!!?」


嫌!だって私…やっと…!やっと一緒にいて、生きたいって思えたのに!まだ…愛斗に言ってない事だってあるのに!

私はバタバタと手足をバタつかせます。それでも落ちていっているっていう現実は1ミリも変わりません!

すると、落ちていく私の視界に今までで一番必死な表情で駆け寄るアルトさんの姿があった。

でも……


(駄目…!いくらアルトさんでも間に合わない――)


そんな答えが出てしまったその刹那、直ぐ目の前にまで近づいた地面から逃れようとするように、私はギュッと両目を閉じる。


下から感じる夜の風が力強く吹き荒れるまでは。


「っ!?」

『嘘っ…!』


可笑しな風は私の体を駆け抜けて行くように直ぐに止んでしまったけれど、体にかかった重力がほんの数秒だけ消え去った。

強烈な風で言葉が出ない…でも、その風が不思議と暖かかったから私の中にあった恐怖は消え去ったんです。


「っ!」

「受け止めて!!」


最後に見えたのは、一瞬だけ映った両腕を伸ばすアルトさん。そしてその腕に縋るように、求めるように、飛び込んでいた。

一瞬グラグラと傾いた意識と視界で前が見えなくなった。でも、体に触れる熱が…その体温が意識を戻させる。


「生きて…る……?」

「おかえり、リリア」


その時私の目に映ったのは、優しいアルトさんの優しい笑顔だった。




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