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とある少女の死別

12月25日。

世間一般的に言うところのクリスマスと言う奴です。

けど、みんながお祝いするのは24日のクリスマスイブだと本やテレビで知った。どうやら、25日…クリスマス当日のこの日を祝う私達はとてもとても少数派なようなのです。




「……雪だ…」


マンションのお部屋の窓から見えた景色は真っ黒な空からしんしんと降り積もる真っ白な…吹雪でした。


「……しんしんと…ってレベルじゃないですね……」


雪も水気の多いぼた雪で積もる見込みもないヤな感じの雰囲気に、思わず小さなため息をつく。ホワイトクリスマスって言うやつなのでしょうが、昔みたいにはどうにもはしゃげません。

でも直ぐに切り替えて暖かさの誘惑であるお布団からずりずりとにじり出て、出かける支度をする。

白いセーターに袖を通して赤いスカートと靴下を穿く。

そして、お母さんにもらったアンティークの鍵とガラスのお花のネックレスを首にかけた。


「今日は…特別な日ですからね」


サイドテールに結った髪を少し揺らしながら、コートを手にとって誰もいないお部屋に「いってきます」と小さくつぶやきました。





「……変態さんがいないと…ずいぶん早く病院に着くんですね」


まぁ、その変態さんがなぜ居ないのかというと――


「即売会が!」

「ライブが!」

「限定版が!」

「「「クリスマス聖地イベントがぁああ!」」」



…………うん、私にはよく分かりません。

はてはて、なぜ変態さんはいないんでしたっけ?理由を聞いた気もしますがどうでも良かったので忘れた気がします。てか、忘れろ私。


「まぁ…とりあえず。今日はちょっと早く着きそうですね」


今日はお母さんとのクリスマスパーティーの日です。

きっと、お母さんとのかけがえのない時間の中でも、私の中に刻み込まれるような大事な思い出になるはずです。だって、クリスマスですから。

そう思いながら、私はさっきより軽い足取りで病院の敷地に入っていった。




     ※




「……?」


その異変に気づいたのは病院に入ってお母さんの病室がある階に、エレベーターで到着したその時でした。

いつもなら階に付いて直ぐに見えるカウンターみたいな造りになってるお仕事場にいるはずのナースさん達が今日はいないのです。

それだけじゃありません。廊下を歩く人の姿も、廊下から見える給湯室の中にも誰もいないんです。

不思議に首を傾げながらお母さんの病室を目指して歩いていると、不意に、向こうの方からパタパタと急いだ様子のナースさんにようやく出会いました。

そのナースさんは顔見知りで……確か、明るくて気さくな感じのナースさんだったはずです。


「こんにちは、どうしたのですか?」

「あ……」


私に声をかけられ立ち止まったナースさん。しかし、一瞬困ったような顔をしたかと思うと、直ぐに顔を逸らして俯きながらに固まってしまいました。

……急いでるみたいだったし…タイミングが悪かったのかな?


「あの…」

「っ!?璃々愛ちゃん!今っ…!百合菜さんが!!」

「お母…さんが……?」


嫌な考えが私の頭の中をぐるぐるする。

違います。そんな訳ありません。

だってまだ…約束がたくさん……


「とにかく!早く病室に――!」








一歩、また一歩と足を進める度に、静寂した空気から少しずつ喧騒が強くなっていった。

でも、そんなうるさくなっていく喧騒よりも私の頭にはピッ…ピッ…と、無機質な電子音だけが響いていた。

……とても…嫌な感じがする。

胃の中がぐるぐるして吐き出してしまいそうだ。頭もガンガンと叩かれてるみたいに痛いし、正しく息が出来てない感じがする。


「璃々愛ちゃん」

「っ……」


不意にナースさんに名前を呼ばれ、私が既にお母さんの病室の前にいることに気づいた。

中からは…色んな声と、やっぱりあの無機質な電子音が響いてる。


ピッ…ピッ……ピッ………


私が思う限りの最悪の事態を瞼の裏に想定する。それを首を振って否定すると、無機質な電子音の音が変わった。


ピッ…ピ───────


「……!?お母さん!」


力任せに開いたドアが音を立てているのを遠くに感じながら、私は目を見開いた。

毎日通ったお母さんの病室。お花が好きなお母さんがいつも飾っていた花瓶のお花…クリスマスの今日は緑の葉と鮮やかな赤い花が綺麗なポインセチア。

…その横に並べられた見慣れない機械と必死な表情のつかさ先生や何人かのナースさん。

……そして……


「おかぁ…さん……?」

「!?璃々愛ちゃん…!」


つかさ先生達に囲まれて、ベッドで眠るお母さん。気持ち悪いくらい伝わる…その匂いに、姿に、感じる温度に……お母さんの全てに死がまとわりついているのが――


「なん…で……こんな……」



今、この瞬間をずっと覚悟はしてました。でも、なんで…今日なんですか?だって、今日はクリスマスでお母さんとのパーティーの日で、私……


ピ───────


「嫌…ぃゃ……」


ピ─────────────


「ぁ…あぁあ……」


私の耳をつんざくその音を遮るように両手で耳を塞ぐ。

いつの間にか私は、その場にしゃがみこんでぼろぼろと涙をこぼしながら泣いていた。


「うぅっ…ぁ、あぁああああああ……!」


嫌…認めたくなんてない。お母さんが…もう私に話かけてくれないなんて、触ってくれないなんてまもう…会えなくなるなんて……嫌だ…そんなの、怖すぎる!


「…あぁあ…ああぁあ!あぁ…っぁあああ!!」

「……璃々愛ちゃん」

「つかさ…っ先生。わた…私……」


しゃがみこんだ私の前で膝をついたつかさ先生を下から見上げるように見つめた。そのつかさ先生の瞳には、うっすらと…それでも確かな痛みで、辛さや悔しいうな気持ちが見えた気がした。

その瞳を見た瞬間、私はさらに涙が溢れて…言葉が止まらずに溢れ出してしまう。


「知って…たんです。うっ…おか、お母さんが……死んじゃうんだって」

「なっ…!?璃々愛ちゃん、どこでそれを――!」

「でも…分かってても覚悟してても、痛くて痛くて仕方なくて……私、私……」

「璃々愛ちゃん!!」


ギュッと、力強く肩を掴まれる。不意にされたつかさ先生らしくない行為に思わず溢れていた涙が止まりました。

さっきまで…悲しい目をしてたはずのつかさ先生の目が、今はなぜかとても怖い目をしていました。


「つかさ…先生……?」

「璃々愛ちゃん、君は――!」






「一体どこでそんな嘘を聞いたんだい!?」


「……………………えっ…?」


う…そ…?嘘って……


「だって…お母さんはもう死んじゃうって……」

「百合菜さんが死ぬなんて分かってた訳ないんだ!だって百合菜さんは――!!」

「司先生!!」


ガラッと大きな音を立てて開かれた病室のドア。

男のお医者さんが何人か慌てた声を上げてつかさ先生に呼び掛ける。そして、お医者さんに腕を掴まれたその人は……


「ありました!ロッカーの中に!やはり彼女が――!」

「っ!バカ…!璃々愛ちゃんが……」

「……璃々愛…ちゃん」



「……………………桔梗さん……」


笑っていた。めったに笑わない桔梗さんが…いつも下ばかり向いていた桔梗さんが…今は真っ直ぐ私を見つめて笑ってる。


「なんで…桔梗さんが……捕まって…」

「分からない…どうしてですか?私は頑張ったのに……」

「なにを…!患者を死なせてなにが頑張っただ!君が患者の点滴の中に薬品を入れた所を見た奴がいるんだ!その薬品もロッカーに――!」

「分からないですよ!!」


大きな声を上げてお医者さん達を睨んだ桔梗さん。その姿がとても怖くて、私は上手く声が出せなくなった。


「き…きょぉ…さ……」

「璃々愛ちゃん…私、百合菜さんに苦しんでほしくなかっただけなの。璃々愛ちゃんは知らないですよね。百合菜さん…璃々愛ちゃんに投薬中の姿を見せなかったから。百合菜さんの治療はね、それはもう泣き叫ぶ程辛いの。そんなの可哀想……」

「でも…だから、桔梗さん…お母さんが死んじゃうって!」

「死んじゃうんですよ」

「嘘!だって……」


私は、困惑しながらも後ろに立つつかさ先生の方を振り返った。

そして、確かめるような視線をつかさ先生に向ける。

つかさ先生は、手を固く握りしめながら桔梗から、私から目線をそらして恐る恐るつぶやき始めた。


「桔梗さん…なんでそんな事を……なにより、百合菜さんは…………」

「退院が決まってた事ですか?」


退院――――

お母さんが…?

死ぬのが嘘で、退院が本当?私が信じたことは間違ってて、私が知らなかったことが真実……?

お母さんは…死ぬはずじゃなかったの?


「はい…どうして、あなたはそれを知ってたはずなのに!」

「退院なんて……どうせ出来ないんです!そして死んでしまうんです!だったら苦しみ続ける前にって!」

「そんな訳!」

「私の娘はそう言われて結局死んだじゃないかっ!!」


ビリッと部屋の空気が震えた。そして桔梗さん以外の全員が何も言えずに口をつぐんでしまう。

何も言えないというより、言葉が出ないんだ。


「その言葉がどれだけ嬉しかったか…でも!結局死んだ!発作だのなんだの――!どうせ最後に死んでしまうなら私が…私自身で殺したのに!私にはあの子しかいなかったのに!!」


さっきまで笑っていた桔梗さんが泣いている。なんて、綺麗で透明な涙だろう。

なんて事を思いながらも私の中はぐちゃぐちゃで、 呆然と立ち尽くすばかりだった。

でも、桔梗さんの涙は何の前触れもなく、唐突に桔梗さんの笑顔にかき消された。


「だからね、璃々愛ちゃん。本当にありがとう」

「ありが…とう……」

「はい。璃々愛ちゃんがたくさん悩んだ私を格好いいって言ってくれたから、でも最後には悩む前に行動をとるべきだと教えてくれたから。私は百合菜さんを救う事が出来た……」

「桔…梗さん。……お母さん…死んじゃったんですよ……?」

「はい。だから百合菜さんはもう苦しまない……璃々愛ちゃんのおかげね」

「「――!!」」


私…

そうだ……私……


「桔梗さんを連れて出るんだ!」

「でもまだ説明を……」

「いいから!早く!」

「…は、はい!」


お母さんを殺した……桔梗さんが殺しました。

生きるはずだったのに、クリスマスパーティーも、その後も……ずっと。

違う…違うんです。


「ほら!行くぞ!」

「っ!璃々愛ちゃん!!」


力強く体をひねって、ずっと掴んでいて緩まった腕の拘束を振り解くと、彼女は…桔梗さんは私の体をぎゅうっと優しく…抱きしめた。

そしてつかさ先生達の声を遠くに感じるほど、桔梗さんに耳元で囁かれる言葉に聞き入ってしまった。


「璃々愛ちゃん。百合菜さんに聞いたの。だから今日頑張ったんです……今日は12月25日だから…メリークリスマス、璃々愛ちゃん」










「お誕生日おめでとう」



気づけば桔梗さんは私の体から引き離され、病室の外に連れ出されていた。

そして、それに続いて行くように静かになった病室から、お母さんが運び出されていった。


お母さんを殺した……桔梗さんが殺した。


「違う……」


お母さんを殺したのは……私の言葉じゃないか――!!


「ぁああ…あぁああああああああああああああああああああ!!」


私が!桔梗さんにそんな事を言わなければ!背中を押すような事をしなければ!お母さんは死ななかった!

桔梗さんじゃない…お母さんを殺したのは、私の言葉で、声で、私の存在だった!


「あぁあぁああああああああああああああああああああ…うっ……っあぁ…ああぁあ……!」

「璃々愛ちゃん……!」


お母さんは私を愛してくれたのに…なのに私は……

どうして私が生きてるの?なんでお母さんが死んじゃったの?全部私のせいだったの?

もう、何もわからない……


「あぁあああっ――あ――っ――――――!!」

「……!?璃々愛ちゃん…声が……!」


息が上手にできなくて。声もないまま叫び続けていた私は……

唐突に、ブツッと…頭の中で音がした。

私と悲しみにまみれた世界とを絶って、暗闇に包まれる。




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