とある少女の都会
「大好き」だと言ってくれた君に、残された私が小さい頭で季節を越えるほど長い長い時間、考えて考えて…私が出せた答えはたった1つ。
私も愛斗が大好きだ…ということだけ。
なんで愛斗とさよならしなくちゃいけなかったのだとか、これからどうすればいいのだとか、あぁしてれば、こうしてれば…そういうことも考えたけど、分かったのは『悩む事は疲れる』という持論だけだった。
だってわっかんないんだもん!
考えて考えて…それでも分かんなかったんだからもう考えるのは止め!後回し!いつかもっと落ち着いて考えられるようになったらまたいっぱい悩めばいいよね。
だって、私これから…愛斗の見えない世界で生きていかなきゃいけないんだから……
「璃々愛」
「ん…お母さん?」
「寝てたの?」
「…うん」
「そう。でももう直ぐ着くわよ」
ガタンガタンとリズムに乗って走る電車の窓ガラスから、揺れる景色を私はそっと眺めた。
寝ちゃう前は…ずっと桜並木だったのに……桜も田んぼも、森も林も見当たらないや。
「空…ちっちゃい」
どうやら、ここはもう、いわゆる『都会』と言う所らしい。
プシューと、空気が抜けるみたいな音がして私とお母さんが乗っていた電車がゆっくり止まる。お母さんに手を引かれながら駅のホームへと歩き出した。
「……」
ガヤガヤ…
「……」
ガヤガヤガヤガヤ…
……ひ、人がいっぱいだぁ!?
な、なに?今日はなんかのお祭りなの?みんなでお花見なの?何でこんなに人がいるの!?あと何で異様にスーツ率が高いの!?
「あれ?」
人込みにあわあわしていた私はふとあることに気が付いた。
さっきまで私と手をつないでいたお母さんが…いない。
「えっ!?あれ?お母さん!?」
私が呆けてたのはたかが数分。されど数分!
あのお母さんがアレを起こすには十分すぎる時間なのです……
「まさか……」
『迷子のお預かりのお知らせです。西口3番線付近にいた、迷子の晴上百合――』
「え、駅で迷子放送流さないでよばかぁああああああああ!」
私は走る。たった1人で今まで見たこともない人込みの中を、迷子センターを目指して。
どうやら、初めての都会は『はらんばじょう』な事ばかりのようです。
※
「ごめんね、ごめんね璃々愛……」
「もういいから、ちゃんと歩いてねお母さん」
「うん……」
ぎゅーっと繋ぎ合うお母さんと私の手と手。そう、それはまさに…飼い犬を繋ぐリードのよう……うん、これ以上の表現のしようがないと思う。この手を離したら最後、好奇心のままに動くお母さんを知らない街の中で探し続ける事になる。絶対的にそれだけは勘弁です。
「急がないとお昼になっちゃうんだから」
なんて言ったってここに来るまでに、徒歩で40分バスに揺られて1時間電車を乗り継ぎさらにもう1時間…合計で2時間40分もかかってる。
正直、今日都会に来て私が一番強く思ったのは自分の体力の無さだった。
うーん…おかしいな、これでも愛斗とよく駆け回ってたからそれなりに体力には自信があったのに……どうやら、人込みを歩くのにはまた別の体力が必要だったみたい。
「はぁはぁ…り、璃々愛……ちょっと休憩…しない?」
「……」
とりあえず私の体力はまだ大丈夫な方みたい…心配ないって思えてきた。息切れ凄いよ、ぜえぜえ言ってるよ、まだ歩き始めて数十分位なのに。
「ねっ?」
「だーめ」
「え゛っ…」
「お母さんのペースに合わせてたら夜になっちゃうよ、無理駄目不可能なの」
「璃々愛…お母さん倒れちゃう……」
「ふぁいと」
たとえ理不尽と言われても構わないのです。
人はときに厳しい逆境が必要なのです。お母さんとかお母さんとかお母さんとかに…ね。
※
白い壁に、高い天井、静かな雰囲気なのに人はたくさんいる…ここは、そんな大きな大きな病院だった。
ここに来たのはお母さんの体の検査と治療の為。こんな遠い場所の、こんな大きな病院で検査しなきゃいけない理由は私にはわからないけど、ただ…愛斗とさよならして、2回の冬を超えて春先に入ろうとしたそんなある日にお母さんは高い熱を出して、真っ赤な血を吐いた。
あの怖さは今も覚えてる。自分の事じゃないのに怖くて…痛いの。いつもの町の小さな診療所じゃなくてこの大病院にやってきたのは…お母さんが何かの病気だからなのかなって考えちゃってるの……
「晴上さーん、晴上百合菜さーん」
「はぁーい」
「受付はそっちじゃなぁああい!」
「ひゃぁああ!ごめんなさぁああい!」
「……あの…晴上さん…」
「すみませーん、今行かせます」
「……璃々愛…たくましくなったわね」
大人になったと言ってほしい。まったく、誰のせいだと思っているのだか。
病気かもしれなかろうと何だろうと、それはそれ、これはこれなんだから。
ズルズルとお母さんの手を引っ張りなが……引きずりながら受付のお姉さんの所まで連れて行く。
「よろしくお願いします」
「あっ…はい」
「よろしくお願いされます……」
そのまま奥の扉に入っていったお母さんに手を振っていると、その扉から出てきたナースさんが私に気付くと、にっこり笑って話しかてくける。
「えっと、君、お名前分かる」
「分かるよ」
一体私を何歳だと思っているのですか。もう7歳の誕生日を過ぎたんですからね!大人の階段上り詰めてますよ!なのに何でみんな幼稚園生だと間違えるの!!
「晴上…璃々愛です」
「そう、じゃあ璃々愛ちゃん。お母さんね、かなり時間がかかっちゃうんだけど…璃々愛ちゃんはどうするか聞いてない?」
「……待ってます」
「え…結構な時間だよ?誰かお迎えに来てくれたりしないの?大丈夫?」
「ううん、へーき」
待つのは嫌いじゃないです、寧ろ好きなくらい。だからお母さんが戻ってくるまで待ってるの。それにお迎えなんて誰も来ません。
私にはお母さんしかいないんだから当然です。大丈夫!お昼代はもらいました!お札だよ!お札!『のぐちひでお』さんだよ!
いきいきとお札を自慢する私にナースさんは何故か若干一歩後ろに引いた気がします。
「そ、そう…わかったわ。じゃあ軽食所の隣に待ってられる所があるからついてきて」
そう言ったナースのお姉さんの後をせっせとついて行く。
……というか、最後まで私の事を幼稚園児か何かだと思ってたよね、このナースさん。
そもそも私は周りの人がこんなに大きい人ばかりだとはこの間までついぞ思わなかった。家の近所にはおばあちゃんとおじいちゃんか、おばさんとおじさんしかいなかったし…村の学校じゃあ全学年まとめて1クラス、人数は10人ちょっとしかいなかったから年上の人ばっかりだった。
……まさか私って小さいのかな…色々と。
うーん…いや、でもまだ7歳!望みはあるはず!これからぐんぐんおっきくなってくんだもんね!色々と!
なんて事を思っていたら軽食所の隣の、ガラスの壁をしたお部屋に到着した。
床はなんだか柔らかくて、四角やら丸やら三角やらの柔らかくて大きい積み木みたいのがあったり、おもちゃがいくつか転がってる。よく見ると、隣の軽食所と繋がっていて、そっちではテレビを見たり新聞を読みながらコーヒーを飲んだりしてる人が何人かいた。
「トイレはあっちね。病院内はあんまりうろちょろしたらダメだよ」
「はーい」
そう言って立ち去っていくナースのお姉さんに手を振りながら一通り見送った後、私は直ぐに迷わずある一カ所に向かってダッシュする。
向かったのは軽食所と待ってるお部屋の間にある本棚です。
「子供向けの絵本か医療の本しかない……」
あとは新聞と雑誌……ぐぐ…本が…活字が足りない。
本は好き…物語が、知識が、意志が、たくさん詰まってるから。好きすぎてお家の本はもう全部読み尽くしました。
お母さんが読んでくれた事もあったけど、お母さんは文字を読むのも書くのも、ものっすごく下手だった。もうなんとも言えなかったけど、とにかく下手だった。
途中から私がお母さんに読んであげる形になってたし……
「しかたない…とりあえず右から一通り全部読んでこっと」
私は仕方なく『よいこのくるま』とかかれた児童図書に手をさしのべるのだった。
※
「璃々愛ぁああー!」
「あっ、お母さ――むぎゃぁあ!?」
「もうやぁ!寂しかった!」
「お母さん…ぐ、ぐるしい……」
タップ、タップしてます!抱きしめって人を苦しめる行為だったっけ!?
ぐぬぬ……!
「だって…璃々愛とあんなに離れてたんだもん。さーみーしーいー」
「……それってただの過保ご――いだだだだ!!」
へーるーぷー!私の体は小さ……まだ小さいんだから!丁重に!丁重に扱ってよ!
「……晴上さん」
「はい?」
「ぶはっ…はぁ、はぁ…」
空気が…空気の大切さが今身を持って痛感した気がします……
解放された私は声のした方を見上げると白衣を着た若い男性のお医者さんが困ったような顔でお母さんと私を見ていた。
「あなた私の診断聞いてました?」
「……なんでしたっけ?」
「……」
……ごめんなさいお医者さん。これが…これがお母さんなんです。
「『だいのう』の『かいば』がおかしーのかもしれないですね……」
「えっ…あぁ、海馬か。よく知ってるねお嬢ちゃん」
「本に書いてあった」
子供向けの絵本やらを読み尽くしちゃったからついさっきまでむずかしー病気や体の本を読んでたのだ。
「本って……内容…分かったの?」
「それなりに」
読めない字はわかんないけど、ふりがなもふってあるし。読めばだいたい分かる。
特に…愛斗とさよならしてからは読めば読んだだけ理解できた。何でだろう…まるで、愛斗が一緒に考えてくれてるみたいだ。
「それはまた凄い。君は…晴上さんの…いや、百合菜さんの娘さん?」
「はい、晴上璃々愛です」
「やっぱり。私は百合菜さんの担当医になった一ノ瀬 司と言うんだよ」
「いちのせせせんせい」
「……司でいいよ」
「つかさ先生!」
いちのせんせいは言いづらいからね!私にはまだ早いですよね!
お母さんの…担当医?担当するお医者さんって事だよね。
「うん、それじゃあ百合菜さん。ちゃんとさっき言った事。覚えておいてくださいね」
「はーい」
「……お願いしますよ、あなたの体は特殊なんですから…」
特殊…?
つかさ先生はそのまま軽く挨拶をするとお仕事に戻ると言って、その場から立ち去って行った。
つかさ先生の言葉に首を傾げていると、ふと、窓から差し込む日の光が夕焼け色に染まっているのに気がついた。
「ねぇ…お母さん。夕方のお花の水まきの時間過ぎちゃったよ?」
「そうねぇ…もう、太陽が寝る時間ね。……これからどうしましょうね」
「……お家に…帰るんじゃないの?」
「……」
「お母さん?」
見上げたお母さんの横顔はお母さんの長い茶色の髪が夕日が光ってキラキラ流れてた。
でも…なんだか……怖い。
すると、お母さんは私を見つめたかと思うとひょいと私の体を持ち上げて抱っこしてくれた。
体力の無いお母さんだけど、私の体は軽いらしいからよく抱っこしてくれる。お母さんの髪がちょっとくすぐったい。
「璃々愛、お母さん頑張るね」
「…?何を?」
「全部。今からも…これからも」
「今から?」
「……璃々愛、お母さんと一緒に行こう」
どこ…に…?
その答えをなんとなく聞きたくなくて、そう言わなかったのに、お母さんは寂しそうに笑いながら私に告げた。
「お父さんの…お家」




