とある少女の景観
目覚めると窓の向こうは絵の中の世界のようだった。
「……雪だ」
雪だ…雪だ雪だ雪だ!
キラキラキラキラ。今もまだゆっくりと空から白い粒が落ちてる。
「愛斗!愛斗!」
「ん…璃々愛?」
「起きて起きて起きて起きて!」
「璃々愛が起きたなら起きてる…よ…Zzz」
「お・き・て!」
「んん……」
くしくしと眠そうに目元をこする愛斗の姿は黒猫みたいで毎朝見てて可愛いけど、今はそれどころじゃないんです。
「愛斗!雪だよ!雪が積もってるの!」
「雪?」
「雪!?」
「あ、お母さん」
ガバッと起き上がったお母さんはすぐさま窓の外を確認すると目をキラキラ輝かせていた。
「雪だぁ~!璃々愛!愛斗!早く支度して!早く早く!」
雪は子供のテンションを上げるっていうのは本当らしい。
お母さんは一応大人だけど、見た目と中身以外は。
「雪…?ふぁ…なにがどーしたの…璃々愛」
「雪が降ったの!遊びにいこ、愛斗!」
「うん…わ…かった……」
「愛斗本当に分かってる?」
というかちゃんと起きてる?
「分かってるから…璃々愛は支度してきなよ。お母さんはもういっちゃったよ?」
「えぇっ!?ちょっと待ってお母さん!お母さん一人じゃ髪も結べないのに~!」
バタバタと私も走ってお母さんを追いかける。
私が立ち去る後ろで、まだ眠そうな愛斗がふらふらとベッドから降りたのが少しだけ見えた。
※
……そんなバカな。
お母さんの支度が終わって、愛斗を呼びに行こうとしたら愛斗が見つからなくてようやくこのお部屋で愛斗を見つけたって言うのに……
「寝てる……」
「……すぅ」
しかも床で。冷たいよ?寒いよ?凍っちゃうよ?
「まーなーとー」
「……起きてる」
「目を開けてから言って」
「……起きた」
あ、目開いた。
「愛斗は寝るの好きだねー」
「うん、好き。ひとりでも出来るから」
「そんな理由?」
「璃々愛と一緒に寝るのも好きだよ?」
「ふーん…ありがとー」
よくわかんないけど、とりあえずありがとうって言えばいいのかな?よくわかんないけど。
「璃々愛ー?愛斗ー?」
「あ、おかーさん」
私がそう大きな声で言うと、廊下にいたお母さんがお部屋の扉を開いて顔を出した。
「あー、まぁたお父さんのアトリエにいるー。イタズラしてない?」
「してないよ」
「してない」
「ならいいけど、なんでここにいるの?」
「あ、そうだ。璃々愛ちょっと来て」
「なぁに愛斗?」
愛斗は眠気で少しふらつきながらも、確かな足取りでお部屋の一番奥にいった。
この部屋には壁にも天井にも床にさえもたくさんたくさん絵がある。
キャンバスに描かれた絵。画用紙に描かれた絵。スケッチブックに描かれた絵。紙に描かれた絵。木や石に描かれ絵もあるし、直接壁や天井に描かれているのもある。
ただ、そのどれをとっても言えるのはただひとつ。
全部…涙がでるくらい、綺麗。
お父さんの描いた絵は殆どが風景の絵だけどこの世界のどこにも見たことがないものばかりで、すごく焦がれる気持ちになる。
「あった。璃々愛、コレ」
そう言って、愛斗が指差したのは1つの絵。
紙の白と黒と青色で描かれた雪景色の絵だった。
「これをね、思い出したんだ。窓の外の景色と同じだったから」
「あっ、本当だ。お母さん、みてみて」
「なぁに?って、あぁこれね」
「窓の外と同じだよ」
「懐かしいなー。これはね、確か…匠くんが春に描いたやつだ」
「「…………春?」」
思いっきり雪景色なんだけど……
なんでわざわざ春まで待ったの?素直に冬に描けばいいんじゃないの?
この田舎じゃ冬になれば問答無用で雪が積もるのに……
「変なの……」
「変だね」
「かっこいーよね」
「「えっ?」」
「え?」
……私と愛斗はお互いに顔を見合わせる。
この話は終わりにしようとでも合図するかのように2人一緒にうなずく。
「「お母さんお外行かないの?」」
「あっ!そうだった。早くしないと雪が溶けちゃうかもしれない!」
お母さんの将来が今日も不安かもしれない。
そんな私の心配をよそにお母さんはパタパタと音を立ててお部屋から出て行った。
愛斗と私もそれに続い出て行く。
しかし、私はふと、このお部屋の入って一番最初に目に入るその場所に置かれた、大きなキャンバスの前で立ち止まった。
「璃々愛?」
「……私は…やっぱりこの絵が一番好きだなぁ……」
「……うん。ボクもこれが一番好き」
お父さんにお母さんに愛斗に私。
お父さんが一番最後に描いた世界でたった1つの家族の肖像画。
そして…叶うことの無かった空想画。
※
「愛斗。雪だるまって何段だと思う?」
「?二段じゃないの?頭があって、体があって…バケツとマフラー」
「うん。でもね、この間私見ちゃったの」
「な…なにを?」
「三段の…雪だるま」
「……それってこの間のテレビの?」
「あれって、頭と体とあと一個は何なんだろうね?」
「頭と体と足?」
「頭とじょーはんしんとかはんしんかもしれない」
「うーん…?」
愛斗が首をひねる。
家の裏の林で私は雪玉を作り続け、愛斗はそんな私をずっと見ていた。
愛斗は首を傾げるけど、でもやっぱり気になるの。あの下の二段はそれぞれどこの部分何だろうって。
あと三段ある時点でそれはもう雪“だるま”では無い気がする。
「だから璃々愛は雪だるま作るって言い出したの?」
「作ってみれば分かるかなって」
「いいけど…またお母さん埋まってるよ?」
「ふぇ…璃々愛……愛斗……たす…」
「おかぁあさぁああああん!?」
どうりで静かだと思った……!
なんでまた雪の下敷きになってるの!?それはもうドジってレベルじゃない!不幸って奴だよ!一体何回埋まれば気がすむの!!
それから、どうにかこうにか必死の発掘作業のおかげでお母さんは復活できたけど…そろそろいい加減にしてほしい……
「ごめんね…いっつもいっつも……」
「「本当にね」」
「はうっ!?た、確かにお母さんが悪かったけど……で、でも璃々愛だって雪に埋まったことあるでしょ!」
「ないよ」
「え?あるよ?」
「あるの!?」
「うん。ちょうどねあれくらいの雪の坂道を璃々愛がでんぐり返ししながらゴロゴローって」
「ま…愛斗の記憶違いじゃ……」
「ボクが璃々愛の事で記憶違いしたことあった?」
…………ない……!
一回もない、全くない……それどころか私の知らない私の事も愛斗は知ってたりするんだもん……
「雪の中に埋まっちゃって出てきた時璃々愛がすっごい大きな声で泣いて……」
「あー!あー!聞こえない!聞こえない!聞きたくなーいー!!」
「あらあらやっぱり璃々愛もあるのねー。でも気をつけてね?お母さんみたいに璃々愛もまた埋まっちゃうかもしれないわ」
「そんな簡単に何度も落ちないんだか――」
スボッ!と、左足が何かに埋まる音。
……嫌な予感がする、嫌な予感がする、嫌な予感がす――
「らぁあああああああああああ!?」
バランスの崩れた体が後ろに倒れたと思ったら、すぐさま林の雪の坂を勢いよくでんぐり返しで転がり落ちる。
なんで私は嫌な予感だけは当たるの!?
そして…そのまま一番下まで転がり落ちると、下にたまっていた雪の山に背中から思いっきり突っ込んだ。
「り、璃々愛!?大丈夫!」
「うぅ……」
「わぁああ!?ご、ごめんね璃々愛!お母さんが変なこと言ったから!」
すぐさま坂の上から下りてきた2人が体の半分が背中側から埋まった私の顔をのぞき込みながら、心配そうな表情を浮かべてた。
「璃々愛?」
「こ……」
「こ?」
「怖かった……!」
坂を落ちるのだけでも怖いのに、それを後ろ向きにでんぐり返ししながら落ちた時には、心臓がいくつ合っても足りないかと思えるほど怖い!本当に怖い!
「な…泣いてない?」
「泣かないよ…泣かないけど怖いんだも――!」
ふと、倒れ込んだまま恐る恐る瞳を開けて見た空は…キラキラと光の粒が降り注ぐ。
舞い上がった雪が太陽の光に反射してできたそれは…とても……
「……キレイ…」
「……えっ…?」
「とっても…とってもキレイ……!空が光ってる!」
「本当…真っ白で……天国みたいね」
「……天国…」
もう、転がり落ちた怖さなんてどっかにいって。私は目を輝かせながら笑顔で…その降り注ぐ光の粒を眺め続けた。
※
そのれから数日の間はずっと吹雪だった。
朝は穏やかでも、夜には強く吹雪く日が何日も続いた。
そして…今も鍵のかかった窓こ向こうは冷たくて荒々しい雪の怖さがむき出したように何度も何度も窓をガタガタと震わせる。
そして…ボクの体もまた、小さく震え上がっていた。
「ごめんね…璃々愛」
ボクは璃々愛のものだけど、璃々愛はボクのものじゃない。
そんな事はわかってる。けど…少しだけ…少しだけ、璃々愛をボクに貸して。
「あら…こんな夜中に起こされたと思ったら……ようやく会えたわね、愛斗」
お母さんはにっこりと笑うと、そっと璃々愛を抱き寄せた。
生まれて初めて感じた璃々愛以外の温かさは…涙が出てしまうくらい、温かかった。




