とある少女の時間
大好きな人の名前を呼ぶ時、なんでこんなに心が弾むんだろう……
「愛斗ー、愛斗ー」
トテトテとちいさな足音がちいさな家の中に響き渡っている。
裸足の足にシフォンのワンピースを揺らしながら家中を歩き回る。
「愛斗どこー?」
布団の中やテーブルの下、棚の中も探したけど一番上までは手が届かなかった。
あんまり大きくないこのお家じゃあ隠れる所なんてそんなには無いけど、愛斗を探すのは一苦労だ。
「まーなーとー」
そっと押し入れの扉に手をかける。
そのまま横にスライドすると、見慣れた黒髪が目に入った。
「あっ、愛斗みっけ!」
「あっ、見つかっちゃった」
ちょこんと押し入れの中に座り込んでた愛斗が私を見上げるように顔を上げた。
その顔は私が鏡を見たときとほとんど同じ顔。でも少しだけ男の子の顔。
「次は愛斗が鬼の番」
「うん。ねぇ璃々愛、ちょっとこっちおいで」
「こっち?」
って…どっち?
というか…どこ?
「ここ」
そう言って手招く愛斗が指差したのは狭い押し入れの中の、愛斗の向かい側だった。
「や、やだよ…暗いもん」
「怖いの?」
「……そ、そんなわけないよ。私怖くなんてないし!」
「じゃあ、早く」
「……」
私…断るはずだったような……
なんで…なんでこんな暗くて狭い押し入れの中なんかに……
ぶつぶつ文句を心の中でいいながらも私は愛斗の向かい側に座り込んで押し入れの扉を内側から閉める。
「これでいいの?」
「おっけい。しーだよ?」
「?」
口元に人差し指を当てて静かにといった愛斗に小首を傾げていると、閉めた扉の向こうから声が聞こえてきた。
「璃々愛ー、愛斗ー?」
あ…
そっか、愛斗がしたかったのはこれだったんだ。
私達2人のいつものいたずらだ。
(いつ気づくかな?)
(いつだろーね)
クスクスとバレないようにこっそりと笑う私達。
「もー…目をなすとすぐいなくなるんだから!お家で迷子なんてしちゃだめなんだよー!」
……
((お母さんには言われたくないねー))
ハモった、綺麗に私達こ声がかぶってまたクスクスと小さく笑う。
大体、迷子だなんて失礼な。お家で迷子になるのは私達じゃなくてお母さんだ。
「りーりーあー、まーなーとー!」
ちょっと鼻声混じりの名前を呼ぶ声に寂しくなって泣きかけてるお母さんの姿が手に取るように想像できた。
(そろそろ飛び出してあげよっか)
(そうだねーお母さんが迷子になる前に……)
どんがらがっしゃぁああああああああん!!!?
「……」
「……」
激しい激しい騒音。
なにやら金属やら箱やら物が大量に崩れ落ちる音が響き渡った。
扉越しに聞こえたその音に、私達はお互い「やれやれ」とため息をつく。
そしてガラガラと扉を開けて2人一緒に押し入れから出ると、音のした方へ視線を向ける。
「お母さん、大丈夫?また棚にぶつかったの?」
「うぅ…ち、違うのよ璃々愛!確かにいつもはぶつかるけど今日は違うの!蹴躓いただけなの!」
……結局ぶつかったんだよね?言い訳がへたっぴなのは今更かな。
でも、いつも思うんだけど、どんな風にぶつかれば棚の中身が全部床にぶちまけられるんだろう?
「いつも思うけどなんで全部床にぶちまけるんだろう?」
「あ」
「あ?」
「今ね、愛斗とおんなじこと考えてた!」
「……おそろい?」
「おそろい!」
えへへと2人で笑い合う。
押し入れを出るときに繋いだ手を愛斗がぎゅーっと握り替えしてくれる。
「あら?璃々愛、愛斗も一緒なの?」
「うん、ここにいるよ」
そう言って、立ち上がったお母さんに見えるように、愛斗と繋いだ左手を上げる。
するとお母さんはぱぁあっと笑顔になって私達に視線を合わせた。
視線を合わせたっていっても、お母さんの背は低いから中腰になるくらいだった。
「璃々愛、愛斗。お花を摘まない?」
「お花?お庭の?」
「そう、花束を作るの」
「「……」」
私達はお互いに顔を見合わせた。
お母さんのにっこり笑顔をもう一度確かめる。
「でも、お庭のお花は大事だってお母さんが言って。あげる時以外摘まないのに……?」
「今日はいいの」
「?」
首を傾げる私の隣で愛斗は俯きながらに訪ねる。
「ボクもいいの?」
「お母さん、愛斗がボクもいいの?だって」
「もちろん。なんで?」
「だ、だってボク…お花にさわれないし……」
「……」
そう…愛斗は花に…物にさわれない。
どんなにおいしい料理も、どんなに温かいものでも、愛斗はそれを感じれない。
それだけじゃない。愛斗の声も体温も存在も……この世界のどこにも、お母さんにだって届きはしない。
でも……
「愛斗」
「なに?」
「あのね、愛斗はお花にさわれないけど、私は愛斗と一緒がいいの」
「……一緒でいいの?」
「うん、一緒がいいの!それに、私は愛斗にさわれるもん」
愛斗が感じられるのも、愛斗を感じるのも私なら出来る。
世界中で私だけ。
「じゃあボクも璃々愛と一緒にする」
「一緒、一緒ー」
私と愛斗はにっこり笑う。
楽しいから、嬉しいから、お互いがお互いを好きだから。
「あらあら。じゃあ愛斗と璃々愛は相思相愛だねー」
「「そーしそーあいってなぁに?」」
「…さぁ?意味は知らない。あ、でも好きな人どうしは結婚するの!」
「「へー」」
お母さんが珍しく物知りだ。
「よし。それじゃあ、璃々愛、愛斗。花束作りに行こうか」
「うん」
「あ、そうだ。ねぇお母さん、なんで今日は特別なの?」
今日はクリスマスでもお正月でもないし、何かすごい事も特になかったのに……?
「今日はね、誕生日なの」
10月20日。
今日は…お父さんの誕生日だ。
※
私の家族のお話をするのなら…
まず、私の一番大切な人はお母さんだ。
私のお母さんは、天然で、ドジっ子で、かいめつてきに常識がなくて、足し算も引き算も上手に出来ないのです。
色々困ったお母さんですが、お花の事だけは誰にも負けません。
「匠くんの…お父さんの誕生花は桔梗だから、今日は低めの花束にしようか」
このお家のお庭は、ほとんどがお花で埋め尽くされてる。
今は春じゃないからちょっと少なめだけど低いお花も、高いお花も、小さいのも、大きいのも…みんなお母さんの手でキレイに咲いてるのです。
「璃々愛、これ」
「あ、可愛い!お母さんこれもいいー?」
「いいよ、撫子キレイに咲いたね」
「愛斗が見つけだの!」
「璃々愛が摘んだの」
愛斗は珍しくふにゃっと柔らかく笑った。
愛斗は……生まれた時から隣りにいた、私の一番大好きな人。
だから、どこに行くにも何をするにも一緒で多分死ぬときも一緒なんだとずっと思ってる。
「……愛斗、髪伸びたね。短くしないの?」
「しないよ」
「なんで?愛斗男の子でしょ?」
「璃々愛とおそろいにする」
「ふぅーん……」
愛斗の長い黒髪は私と違って真っ直ぐなストレートで……うん、ちょっとひっぱってやりたくなってきた。
「こんにちは百合菜ちゃん。お花の手入れ?はかどってるー?」
「あ、宮野のおばさん。こんにちは」
「こんにちはー」
「璃々愛ちゃんも大きく…………今日も可愛いわねー」
「ありがとー」
宮野のおばさんひさしぶりに会ったけど、可愛いって言ってくれた。
嬉しくなった私はにこにこ笑う。
「宮野のおばさん。こないだは野菜ありがとうございました」
「いいのよ、あんなの規格外の奴ばっかなんだし。あ、そうだ百合菜ちゃん。どうせならまたお花ちょっとわけてくれない?」
「いいですよ。プレゼントですか?」
「そんなたいしたのじゃないわよーちょっとお仏壇のお花切らしちゃって。ほら、この辺花屋どころかお店だって少ないでしょ?結構みんな、百合菜ちゃんのお花ありがたく思ってるの」
「そうなんですかー」
この雰囲気を私は知ってる。
こんな田舎じゃ仕方ないかもしれないけど……大人の世間の話しは子供な私達は付き合えきれないのですよ。
「お母さん。愛斗とお父さんのお花、飾ってきていい?」
「あ、ありがとう璃々愛。花瓶わらないようにね」
「お母さんじゃないからへーき」
「あー…ソウネー……」
棒読みなお母さんの声が聞こえたのは多分気のせい。気のせいなんです。
「愛斗いこー」
「うん、行く」
「百合菜ちゃんも若いのに大変ねー……」
「大変です」
「そういえば、璃々愛ちゃんの『ごっこ遊び』もまだ続いてたのねー」
「……遊びじゃないんですよね……」
「え?なあに?」
「いえ、なにも……」
※
「璃々愛、聞こえてた?」
「聞こえた。でも聞かない」
「璃々愛はすごいね」
「別にすごくないよ……」
愛斗の事を信じてもらえない私は…すごくなんてないんです。
周りの人はお母さん以外、愛斗の事をいないって言う。『ごっこ遊び』って……
でも、愛斗は確かに今ここにいて、私と一緒に成長してる、命がある。
だから、私は…私だけは絶対に愛斗を想い続けるの。
この世界に『愛』なんて言うのがあるのなら……私にとってのそれは、きっと『家族』なんです。
これが…この頃までが……私の記憶の中で一番、幸せだった日々。
なにかを失う痛みも、独りきりの怖さも知らなかった……私の幸せな時間。




