とある青年の対処
「にゃあ、そう言う事か……」
「ひぃいっ!?」
バッと、つかんでおった手を離すと、其奴はそんな情けない声をだしながら壁際へと逃げて行った。
体格のわりに気が弱いやつじゃのぉ……
「な…一体今何を……」
「なんじゃ、別に危害は加えとらんぞ?ちょっと…視せてもらっただけじゃ」
ニヤリと…怪しく、それでいて相手に恐怖を与えるように笑ってみせた。
それだけで、その男はビック!と反応し体を震わせ始めた。
「なんとまぁ…愚かな者達じゃのぉ……」
「お、俺達が愚かなど……!何故なんだ!俺達は完璧だったはずなのに!!」
「知るか、勝手に悩め人間」
「……この化け物……!」
そいつは、ギリっと歯を軋ませながら憎々しく儂を睨んだ。儂を睨んだ所で、意味など無いのにのぉ……
にしても、化け物とは…随分久しい呼ばれ方じゃ。
「はっ!お主らごときに化け物と言われようとどうでもいいわ。それに、お主らの過ちなどたかが知れとる」
儂は其奴に背を向け、其奴の顔を見ずに翻すようにその場から立ち去りながら言った。
「精霊なんぞにすがったことじゃ、愚か者」
※
「はっははは、おいおいアルト、いくら最近機嫌が悪いからって俺が部屋に入ってそうそう斬りつけなくたっていいんじゃない?」
自分の顔から僅か数センチの所まで迫っている剣先を、持っていた資料の入った鞄で防ぎながら皮肉めいた口調でエルはそんな事を言っていた。
「お・ま・えは、今の今までどこに行っていた!」
「いやいや悪かった、悪かったって。ちょーと騎士団に戻らなかっただけじゃん」
「ほぉう、お前の中で一週間はちょっっとなのか」
「あははー……」
笑顔のまま目線をそらすな、反省しろ。
とりあえず、そんなやりとりを数十分ほど続けた後、一応剣をしまい山のようにつまれた仕事に戻った。
「それで?お前は本当に一週間何をしていたんだ?」
「あ、そうだ。聞いて驚くなよアルト、今の状況を現状打破する方法を遂に手に入れてきたんだよ」
「そうか、仕事しろ」
「あっ、信じてねーな」
「お前が持ってきた方法がまともだった試しが無いが?」
「いやいや、そんな事はあるかもしれないけどさ、とりあえず目通してみろって」
そう言って手渡された資料を戸惑いながらも、とりあえず目を通すことにした。
『現状打破』と大きく書かれた表紙をめくり、中身を読み始め――
「そう言えば、お前の機嫌が悪いのってやっぱリリアちゃんが原因だったりするの?」
グシャッ!!
「お、お前は何を言っている!!」
「おーおー、相も変わらず分かりやす過ぎる反応だねぇ」
ニヤニヤと笑うエルの表情で沸々と怒りの感情がわき出てきた。
気づけば、あまりの衝撃にエルに渡された資料を1ページも目を通していないのに握り潰してしまっていた。
「大体なんで俺の機嫌が悪いのがリリアと繋がるんだ!お前じゃあるまいし!」
「酷い言われようだな。じゃあ、リリアちゃんが原因じゃ絶対に無いって言い切れるの?」
「っ!?」
エルのその言葉に思わず戸惑ってしまった俺がいた。
とりあえず、一旦落ちついて冷静に考えてみることにした。俺が焦っていい結果になった試しが無いからな。
「……少なくとも、リリアの事で不機嫌になっている気は無い」
「ふーん、なるほどねぇ……そりゃそっか、お前が不機嫌になってるのは分からないからだもんな……」
「?おい、エル。それはどういう――」
「何をしとるか知らんが、とりあえず邪魔するぞー……うにゃっ!!」
「うおぉお!?」
唐突に、なんの前触れもなく天井裏から現れた…と言うより、落ちてきたネリが着地すると同時に近くにいたエルめがけて意味もなく蹴りを入れた。
そんなネリの姿はいつもと変わらない黒いゴスロリ服に、猫の耳と尻尾、スルメの入っている袋を持っている。
だが、この間リリアに長官からの特訓を知らせに来た時同様、その長い銀髪はふたつに縛られる事なく下ろされていた。
確か…りぼんを無くしたと言っていたか?
ネリの隣で蹴られた所を抑えながら苦しんでいるエルがいたが、俺としては自業自得だという感情が少なからずあったので蹴りについては特に何も言わない事にした。
「おいおい、エル。ざまぁないではないか」
「蹴りを入れた理由については答える気ないんだな」
「聞きたいのか?儂がお主の嫌いな所を延々と語るのを」
「それはさすがにキツいなぁ……」
そんなやりとりをぐだぐだと続けているエルとネリを横目に、俺はついさっきエルが言っていた事を少し考えていた。
(分からない事…と言うのは、少なからず思い当たる点があるが……)
最近、リリアと一緒にいると落ち着かない。
落ち着かない理由が分からない。
リリアと一緒にいると体の奥が熱くなる。
熱くなる理由が分からない。
リリアが笑う時、その顔をなぜか真っ直ぐ見れない。
見れない理由が分からない。
(リリアと一緒にいるときの…自分の事が何よりも分からないんだな……)
「おい、儂の話を聞いとるのか、アルト」
「うわ!?」
突然、俺の目の前に不機嫌そうに目を吊り上げながら俺を睨みつけているネリが現れた。
少し驚いたが、ネリがずっと話しかけていたのをずっと聞いていなかったのだと理解すると、俺はゆっくりとネリに問いかける。
「あ…あぁ、そうだ。ネリは今回は何の用事で来たんだ?また長官からの言付けか?」
「いや、今回はファイは全く関係ない。儂の問題じゃ」
「ネリの……?」
「時にアルト、お主は今儂の話を無視して何を考えとったんじゃ?」
「…………そ、それは今関係あるのか?」
「あるのぉ、大いにあるんじゃ。なにせ…珍しくお主は儂の魔術を警戒をしとらんかったからのぉ」
「な!?まさか視て――!!」
ニヤリと楽しそうに、怪しく笑ったかと思うと、ネリはクスクス笑いながら俺に近づいてきた。
「まぁ、お主がどんな感情を持っていようと、何がどう分からんでも、儂には関係ないのじゃが……」
次の瞬間。ネリは見上げるように俺を見つめながら、まるで人を弄ぶような表情をした。
そして、ゆっくりと呟く。
「やはり、空から落ちてきた少女は…気になるものなのかのぉ?」
「「!?」」
ネリのその言葉には、俺もエルも、思わず息をのんだ。
その様子を見ていたネリは変わらず笑い続けている。
「空から落ちてきたねぇ…これは、誤魔化した方がいいのかな?」
「にゃあ、無駄な事はせずともよいじゃろう?お主らとて、儂の実力くらい知っておるじゃろうに」
「そりゃま、嫌でも知ってるよ。あの長官に必要とされてるんだから」
エルとネリのそんな会話も、思考を巡らせていた俺の頭にはなかなか入ってこなかった。
だが…前からなんとなく、ネリには隠すことが出来ない気がしないでもなかった……それはやはり、ネリの力や雰囲気からくるものなのだろう。
「それで…お前はそれをどうやって知ったんだ?」
「にゃ?あぁそれか。なに、あの大罪を犯した教会の連中に話を聞いただけじゃ。聞く…と言うよりは視ると言った方が正しいがの」
「なに?遂にあそこにまで侵入しちゃったわけ?監獄だよ?監獄」
「よくもまぁ、そんな常識はずれの事を……」
「まったくじゃ、おかげでそこにたどり着くまでに半年以上もかかってしまったわ」
なぜか少し楽しそうなネリに呆れながらも、俺の思考は必死に巡っていた。
ネリはリリアの事を「空から落ちてきた少女」と言った。あの教会の連中から情報を取ってきたということは、逆に言えばあの教会の連中が分かっている情報しかネリは手に入れていないと言うことになる。
だがおそらく…ここからがネリの本領なのだろう。
「のぉ、アルト。精霊の召喚なんぞという儀式では精霊など現れぬ筈なのに、何故リリアは現れたのか……これから言うのは儂の予想じゃ、妄想で想像で虚像な話じゃ。じゃが、可能性がない話ではない……」
「……」
ネリは、笑うのを止めると、肩にかかっていた長い銀髪を払いのけながら真っ直ぐにまるで響くような声で言った。
「あやつは…リリアはこの世界の住人では無い、と言う予想じゃ。こことは違う世界からやってきた存在。……それがリリアじゃ」
「……異なる世界ねぇ…普通、そんな考えにはたどり着いても確信なんて持たないと思うけどねぇ」
「にゃあ。そもそも、思い返してみればリリアにはこの世界らしくない所がいくつかあったからの。それに…リリアには自分が異端者であるにもかかわらず、その容姿に頓着が無い。どんな異端者でも一度はこんな姿になんぞ生まれなければ良かったと思うはずなのじゃが…リリアにはそれが無い。まるで、それが当たり前のように振る舞っとる」
自分の持っている情報と自分が見聞きして感じたものを最大限にまで使って。その先を…真実を見いだす力……それが情報屋としてのネリの実力。
なんて事を思っていると、ネリは誘いをかけるように、鎌をかけるように再びニヤニヤと笑いながらに聞いてきた。
「のぅ、アルト。儂の今の話の答え合わせをする気はないか?」
「……それをするのは、俺達ではなくリリアだろう」
「……まぁ、それもそう…じゃな」
するとネリは、さっきまでは真剣な雰囲気ながらも口元は笑っていたのだが。フッ…と笑うのをも止め、少しだけ目をふせながら静かに呟く。
「ならアルト、ひとつだけ…答が違っとっても合っとってもいいから。ひとつだけ答えてほしい事があるんじゃ」
いつもと違う雰囲気でそんな事を言い出したネリを見て、俺とエルはお互いに顔を合わせながら驚くと、戸惑いながらに言葉を返した。
「……質問次第だが…できる範囲なら答えよう」
「……リリアは…会ったのか?あいつに…儂等が……精霊と呼ぶ者に」
そう聞いてきたネリの目は、すがるような…悲しむような…それでいて、覚悟と確かな強い光を持っていた。
その姿を見て、俺はなんとなく…本当になんとなくだが、ネリは本当はそれを聞きにここにやってきた気がした。




