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痛みと傷みと激痛。

彼の話を私は黙って静かに聞き続けていた。あの日、アルトさんが私にそうしてくれたように。


「結局ダメだった。いくら剣を振り回しても、いくら前へ進もうとしても弱い俺じゃあ全部無駄だった……」

「……」


チクリと、私の中の奥深くが痛む音がした。

私は知っている、自分が無力な為に全てを失ってしまう痛みを……

きっと、この人の傷はまだ治っていない。


「後はもう、あいつ等が考えたか通りだ。俺は特待から落ちて、あいつはその特待で有名な騎士団に行ったらしい」


その傷を、その痛みを…治して…あげられたらいいのに……


「俺は、あいつ等が怖くなって…結局、卒業を待たずに学舎を止めちまってた……今考えりゃあ、まだ立ち向かうすべはあったんだ。それに、俺はあの日の恐怖から気づけなかった」


震える体を押さえながら俯くその人の瞳は悲しくて、痛い程の後悔が伝わってきた。


「……あなたは、今もまだ…怖いんですか?」

「――!」


ピクリと、私の質問を聞いた彼の体が少しだけ反応した。

それを聞いた理由はなんとなくだったけど、どうやらあながち見当違いではないようだ。

そして、そんな彼の姿を見て、私はゆっくりと言葉を続けた。


「あの人達への憎しみ以上に、恐怖がまだあなたの中にあるんですか?」

「……そう…かもな……」


怖かった、痛かった、辛かった……そんな似合いもしない弱気な言葉を、それでも彼は私に告げた。恐怖や痛みや悲しみは嬉しさや楽しさや幸せ以上に深く体に刻まれる。楽しい思い出より悲しい思い出の方が強く残ってしまう事だってよくある。そしてそれは、薄れる事はあっても消える事はない。

だから、この人は…まだ……


なんて私が考えていると、突然彼は軽くため息をつくと何かを吹っ切るように言い出した。


「でも、あの時後悔に気づけたから、俺はまた1人でも諦めてねぇんだ……」

「あの時……?」

「爺ちゃんが死んだ時」

「……!」


死……

それを聞いて、今度は逆に私の体が震えだした。


「なんにも出来ずに学舎出てきちまって、カラッポのまま帰ったらさ死んだって聞かされた」

「……ぁ」

「でもな、それでようやく思い出せたんだよ。『何があっても絶対に夢を叶えてこい』って約束」


どうにか声を出そうとした私より先に彼はそんな言葉を口にしていた。

そしてその横顔はほんの少しだけ晴れやかなものだった。


「そん時の悲しみとか痛みに比べりゃあ、あいつ等にされた痛みなんかちっせぇもんだしな」

「……」


あぁ…そっか。

この人は確かに傷ついていた。でも、この人はちゃんと立って、歩いて、前を見ようとしてたんだ。

どんなに辛い事があっても、少しでもいい方へ、怖い事があっても少しずつ克服出来るようにって……


「……強いなぁ…みんな……」


ギュッと震えていた体を抑えるように自分で自分を抱き寄せた。

すると、私の呟いた小さな小さな言葉がどうやら届いていた彼はそんな私を見ると、見たこともないような優しい笑みで言った。


「なにいってんだ、お前だって強いだろ?」

「…………あなた」


私はジッと彼を見つめると、もっと顔をよく見る為にゆっくりと顔を近づけた。


「笑うと少しだけ幼い…と言うか、可愛らしい顔をしてるんですね」

「っ!?はぁあ!ふざけんな!誰が可愛らしいだ!!」

「あ、戻っちゃった」


む、残念だ。かなりレアだっただろうに……


(私も、痛みを抱えてなお向き合えるくらい強くなれるといいな……)


なんて、私は考えると、その場から立ち上がった。

すると、同じように立ち上がった彼は唐突に私に尋ねてきた。


「なぁお前、なんで俺の事を嫌いだけど嫌いじゃねぇって思ったんだ?」


少しだけ、真剣な顔……

それを見ていたら、何故か少しだけ私の顔に笑みが浮かんだ。


「……私も、さっきまではそれがなんでなのか分かりませんでした。だけど、あなたの話を聞いて、あなたの事を知って…なんとなく分かったんです……」


向き合うようにその場に立っている私達の間に、冷たい冬の風が流れた。


「私とあなたが同じだから」

「……同じ?」

「似ているんですよ私達」


ただ、私とこの人の違いは後悔して、向き合ったかどうか……

私は泣いたり泣けなかったりするばかりで全然ダメだったから。


「それでも傷を持っていることは同じだから……」

「……」


なんとなく、静かになってしまった空気を壊すように、私は慌てて歩き出した。


「……今日はもう帰ります。あなたの修行、今日は手伝えなかったけど……」

「それは別にいいが……お前…じゃなくて……」


何かに悩む素振りを見せたかと思えば、突拍子もないような言葉が飛んできた。


「名前」

「えっ?」

「『えっ』じゃねぇよ、いい加減知らなきゃ不便だろ」

「あっ…そう言えば……」


お互い、まだ名乗ってなかったんだった。

吊り目だとか8歳児だとかあなたとかお前とかそんな風にずっと言葉を交わしてたんだ……

私は静かに自分の名前を彼に告げる。


「リリアです。遠い場所で『愛の溢れる子に』と言う意味ですよ」

「愛……俺は…ユウ……!」

「……ユウ?」


ユウ…ゆう…?……優しいの…優秀の優?


「ぷっ、あはっはははは!!」

「っ!?んだよ!」

「いや、あまり似合わないなと……」

「う、うっせぇ!お前の名前も変だろうが!」


まぁ、確かに璃々愛りりあは漢字にしてみなきゃどの辺に愛って意味があるのか全く伝わりませんからね。


「嘘ですよ。似合います。ちゃんとあなたの為の名前です」

「……あ、当たり前だ!」

「あは、それじゃあ!」


私は軽く手を振ると振り返って帰路を進み始めた。

自分の事もままならない私だけど、私はあの人の力になりたい。

そんな事を考えていた。




     ※




フローリア家の扉は大きい。

私が小さいとか大きいとかは関係なく、まったく関係なく、フローリア家の扉は大きいのだ。ついでにそれなりに厚さもある。

さっきから私が何を言いたいのかと言うと……


「ただいま帰――」

「ドーーーーン!!なのですよ!」

「みぎゃぁあ!?」


ガンッ!!


そんな扉の直撃を喰らった私の痛みはとにかく壮絶な物なのです……


「がっ……頭が…割れる……」

「ひぃやっ!リリアお姉ちゃん!?大丈夫なのですか?」

「ルウちゃん…扉は静かに開けようね……」

「えっ…でもリリアお姉ちゃん。そうすると突然扉を開けたらうっかり『うりん』や『うわき』現場を見てしまって物語が起承転結の転にならないのですよ?」

「そんな転は多分起きない方がいいんだよ、ルウちゃん」


どうやらルウちゃんの格好と装備と持ち物を見たところどこかへ出かけるようだ。しかもちゃんとしたよそ行きの格好で。


「ルウちゃんお出かけ?」

「はい!ちょーさですよリリアお姉ちゃん!りさーちなのです!」

「なん――」

「秘密なのです!」

「……」


聞き終わる前に即答されてしまった……でも本人であるルウちゃんはとても楽しそうな顔をしていたのでとりあえず素直に見送ることにした。

そう思っていると、私の視界にはフローリア家の玄関から出てきたテナさんが目に入った。


「あらリリアちゃん、お帰りなさい。ちょっとルウと出かけてくるわ」

「あ、はい。分かりました」


見てみるとテナさんもルウちゃん同様よそ行きの格好で……てか、この人本当に二児の母ですか?白いワンピースを20代かのように着こなすなんて若々しいにも程があると思うんですけど……


「はっ!まさかテナさんも昔はロリ――!」

「残念だけど私は20代で成長が止まっただけよ?」

「デスヨネー……」


私のような人間がこの世に何人もいるとは思えませんしね。まぁ、私はこの世と言うかこの世界の人間ではないですが。

と言うかテナさん、それは成長が止まったと言うより老いが止まったと言う方が正し――


「そう言えば言い忘れてたわ、リリアちゃん」

「偶然とは思えないタイミングですが…何ですか?」

「今日はアルトがもう帰ってるわよ」

「えっ?アルトさん…今いるんですか?」

「えぇ、なんか『誘拐事件が誘拐事件になった……』とか(精神的に)ボロボロになりながら言って帰って来たわ」

「……」


夢遊病?いや、正確には夢中遊行症かな?

『誘拐事件が誘拐事件になった』ってもう言葉になってませんよ?アルトさん…夢魔にでも取り憑かれてしまったんでしょうか……?


「ただ単に疲れてるだけだと思うわよ?」

「……そうですか」


そうなんですか。




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