とある赤毛の終わり
足早に進んで行った雪の月も、もう末期。精霊の月に入ればバタバタと忙しく日々が進んでいく。
俺が選択を考える事が出来る時間も、もう半月を切った。時間は止まることを知らず、着実に時をきざみ続けていた。
「はぁ……」
ため息が出てきた。幸せが逃げていくのだろうか…いや、たかだか1回ため息をついただけで不幸せになるんだったら幸、不幸ってのは随分単純すぎるシステムだ。
「どうすっかなぁ……」
この台詞は一体何回目だろうか…三桁くらいは言った気がする。
うじうじ悩むのは嫌いだし、性に合ってるとはまっっったく思わねぇ。だが、こればっかりは悩む…と言うか、考えなきゃなんねーと思う。
「後悔すんのはもっと嫌いだからなー……」
「おやおやー?後悔するのが嫌いだなんてーもしかして君は恋愛にでも向いてるのかなー?」
「……またお前等か」
俺の座っていた長椅子の後ろにいつの間にか音もしないうちに2人組の男が立っていた。
と言っても、2人組の内の1人は男と言うより男の子と言う方が正しいようなちっっせぇや――
「壁に耳あり障子にめありってねー言葉は慎もうかー吊・り・目くーん」
「俺はまだ言葉にしてねぇが?」
「君のこわーい顔がそう語ってるんだよー」
相変わらずこいつは人の神経逆撫でする台詞をよくもまぁつらつらと言ってくれるもんだなおい。
「それにさーまたって言うほど僕達は君に会ってないんだよー?ほんの34回くらいだよー」
「ほぼ周一じゃねーか」
「そうとも言うかもねー」
クスクス笑いながらそいつはくるりと回ると後ろに立っていた相変わらず背の高ぇ男の後ろに逃げるかように隠れて行った。
すると自分の後ろに隠れたそのショタを見た背の高ぇ男はゆっくり薄く笑うと、後ろに隠れたそいつに向かって棘のある言葉をぶつけ始めた。
「随分と面白い行動をしてくれるじゃないか、人の後ろと言うのはそんなに安全すぎて居心地がいいのか?」
「いやいやー君の後ろほど気味の悪いものはないってーまぁ、君が悪いから仕方ないかー」
「安全に満ちた空間は危険過ぎるぐらいには危険思考になるものだ。良かったな、俺の後ろならお前の悪い思考も直るかもな」
「……おめぇら仲良いのか悪りぃのかどっちなんだよ……」
「そもそも良い悪いと線引きするような仲ではない」
「あっそ……」
こいつ…ぶっちゃけこのショタ野郎よりもたち悪りぃんじゃねーのか?
こいつ等の会話を聞く限り、ショタの奴が一方的にこいつに嫌われてるようにしか見えねぇが……
「しかし、後悔するのが嫌いなどお前は随分と当たり前すぎるぐらいには当たり前な事を言うのだな。聞いてて不愉快だった」
「最後の一言取り消しとけ、この性悪野郎」
だがそいつは俺の言葉を聞くと、怒る訳でもなく、フッと小さく笑ってみせた。
ショタ野郎の言葉を使うのは気が引けるが、こいつの笑みは腹の底が痛むような気味の悪りぃ笑みだった。
「お前が何に後悔しそうなのか、俺は知っている。知らないぐらいには知ってる」
「はっ?お前なんで――」
「君んとこのきょーかんがこのあいだの飲み会で酔って愚痴ってたって噂になってるよー」
「……」
あんのっ酒酔いへべれけ教官……!人の個人的情報ぺらぺら愚痴りまくりやがって、いい加減にしやがれ!
なんて思いながら拳をぎゅぅうっと握って多少怒りを抑えている俺にそいつは変わらぬ気味の悪りぃ笑みで続けて言った。
「お前は後悔したくないのだろう?」
「当然だ、後悔して嬉しい奴なんていねーよ」
「ふーん……」
またあの気味の悪りぃ笑みを浮かべたかと思うと、そいつは一歩一歩とゆっくり俺の目の前まで近づいて来た。
「なら、俺が絶対に後悔しない為に教えてやろう……」
絶対に後悔しない……?
「無理だよ。お前ではお前の夢は夢すぎて、叶えるなんて不可能だ」
「っ!?」
バッと反射的に足が動いた。そいつのその言葉が、表情が、声が…あまりにも気味が悪すぎたから。
俺はその場から一気に地面を蹴ると、後ろの方へと後退していた。そして、その言葉を口にしたそいつをゆっくりと見つめながらに言った。
「てめぇ…どういう意味だ」
「どういう意味かも分からないのか?愚かすぎるほど愚かで同情すらするものだ」
「あ゛ぁあ?」
「もー『君なんかの力じゃ王宮騎士団なんて無理だよー』ってふつーに言えばいいじゃーん」
……こ・い・つ・らぁあ~!!
ブチッと、何かが切れる音がした。
※
「きょぉおおおかぁああぁああああん!!」
バァァアン!!!!
「うぉおおおぉおおおお!?何!!何事!?」
壊れるかのような勢いで教官の部屋の扉をぶち開けた。
そこには今まさに床下から『紅葉吹雪』と書かれた一升びんを取りだそうとしていた教官がいた。
「なんだ、お前か…脅かすなって――」
「俺は王宮騎士団に行く!ささっと書類寄越せ!」
「………………えっ?な、なんでいきなり…?てか、今から!?」
「それから!!」
ジッと教官が手にしていた一升瓶を見つめ、指さしながらに言い放った。
「てめぇは禁酒しろ」
「……………………はっ?」
※
夜。学舎の寮の同室に彼等はいた。
「ねーねー、彼はどこまで単純バカなのー?哀れすぎて笑えてくるんだけどー」
「哀れすぎるほど哀れなのはお前も同じだろう」
「君の毒舌は今更だしスルーするけどさー本当にこれでよかったのー?」
「これがいいんだよ、このバカみたいに真っ直ぐな気持ちが。あいつの芽を抜くにはな」
「ふーん。ま、あんな言葉に騙されると言うか乗せられる彼が悪いって事にしとけばいっかー僕等は悪くないでーす。何つってー」
「好きに考えればいい、好きすぎるくらいには」
「あはっ、楽しみだねー彼の末路ってやつがー」
※
寒みぃ。
精霊の月に入った今日。気温はマイナス、周りの景色は銀世界、そして……
あったはずの上着がなくなっているハンガー……
「パクられた……」
今日は午前は日が出ていてそこそこ暖かかったからか、教室の共同の洋服掛けに掛けておいた俺の上着は見事にパクられていやがった。
いや、それとも単なる嫌がらせか?
どっちにしろ、この極寒の中俺は今から王宮騎士団の試験に行かなきゃなんねぇんだが……
ヒュー…
ビゥウウウー…
ゴォオオオオオオー……!!
「……」
あれ?これだと俺、王宮騎士団に着く前に死ぬんじゃね?
「ヤバい…このタイミングでコレはヤバい……」
一度寮に帰って上着を取りに行くか?いや、それだと時間がかなりギリギリになる。間に合わねぇ訳じゃないとは思うが余裕はなくなる。
それか誰かに上着を借り――れるような奴は俺にはいないんだった。
「どうすっかな……」
「選択肢とは常に、予想しえない新たな選択肢と言うものが存在しすぎるくらいには存在するものだ」
「っ!?」
突然俺の真後ろから響いたその声に、俺はまたあの気味の悪さを感じた。
それに反応して直ぐに振り返った俺の視界にはまたあの2人が立っていた。
「おめぇら……」
「君が今まで悩み続けていた選択肢はってのはさー王宮騎士団を受けるか地方の騎士団を受けるかの2つだった訳なんだけどさー…」
その続きをそいつは言わずにこの気味の悪さを出していやがるこいつが今まで以上の気味の悪さを感じさせるような笑みで言った。
「『両方受けられない』と言う選択肢をお前は一度でも考えたか?」
瞬間、俺の目の前には振り下ろされた剣が迫っていた。
ガッ!!
「いっ――てぇええ!!」
俺の頭に直撃したその剣は学舎で管理されている木刀ではなく完全に個人の剣だったが、どうやら刃は全く研がれてねぇようだった。
だが、刃が研がれてなくても剣のような鉄の塊が頭に思いっきりぶち当てられて、俺は激痛に襲われた。
「あーあー血まで出しちゃって痛そーだよー?」
「痛くなかったら意味がないだろう」
「――っ!?てめぇら!コレは一体どういう事だ!!」
痛む頭を押さえながら目の前で剣を軽く回しながら雑談しているそいつ等をキッと睨みつける。
「言っただろう?弱い特待では足元を巣喰われると」
「はぁああっ?!」
「もーわっかんないかなー?」
そう言うとそのショタ野郎はクスクス笑いながら逃げ道を塞ぐかのように、教室の扉を閉めていた。
「君の足元を巣喰うのも掬うのも僕達って事だよー。つまりさー君ー騙されたって言うかー僕達に乗せられた訳ー」
「知っているか?特待がひとつも試験を受けないと特待の権限がなくなると言うことを」
「まさかそれを――!?」
それは、俺が特待として学舎に入る時に聞かされた特待の条件。
特待ってのはそう言う試験で合格して学舎全体の手本となるために存在する。俺は手本なんかには全くなれなかったがそれでも王宮騎士団を受けるっつー特待に必要最低限の事はやるはずだったんだ。
「俺はそれを知りすぎるくらいには知っていた、お前が特待でなければ直ぐその欠員を埋めようとするだろう。そして、俺ならその特待を勝ち取れるくらいには勝ち取れる」
「まー君みたいな弱い人が花の月の入試で来てたって知ってたらさー、こーんな努力はいらなかったんだけどねー」
「未来なんて分かりすぎないくらい分からない物だ。だから起きてしまった今を変える為に動くんだ」
「てめぇが言うと真っ当そうな言葉でも虫ずが走るように聞こえんな……」
こいつの気味の悪さの正体がようやく分かった。
こいつはずっと腹ん中でそんな考えをずっと抱えてたんだ。
あの日、俺と出会った時からずっと――
「んじゃー吊り目くーん。数時間ばかり僕達に痛めつけられるわけだけどー大人しーく泣き叫んどいてねー」
「今日は多くの騎士団や軍の試験日だ。安心しすぎるくらい安心するといい、殺しはしないし助けもこないからな」
「お前等こんな事したってバレりゃあ――!」
「ねーねーこーいうとき物語なんかじゃどーするか知ってるー?」
教室の扉に体重をかけながらそいつは俺を見つめながら呟いた。
「脅しをかけるんだよー例えばさー…『次は君だけじゃすまない』とかー……」
「っ!?てめぇら!」
「あはっ!反応が素直だねー吊り目くんはー」
次は俺だけじゃすまねぇ……俺の周りの人間なんて俺には1人だけだ。たった1人の…家族だけだ。
「物語だとしたらお前は悲劇に襲われる主人公で悪役は俺等か……よかったな、いつかすぎるくらいいつかは幸せになれるかもしれないな」
今まで黙っていたそいつはそう言って、握っていた剣をまた振り上げる。
俺も持っていた木刀を今度はしっかりと握りしめる。
「俺は、お前がなにしようと前に進む」
「楽しみすぎるくらいには楽しみだよ。お前のその意志が折れるその時が」
そうして放たれた剣を……俺は、見切ることが出来なかった。
「だから言ったんだ。お前の夢は夢すぎると……」




