とある赤毛の約束
ただただ剣を振るって夢を見ていた頃は楽しかったんだ。夢を叶える事しか考えていなかったから。
そして出来れば、ずっとこのままでいたかった。
特待だってのに、個人試験以外の実践試合なんかじゃ周りの奴等が俺より遥かに高い成績を出し続けていく日々は死ぬほど息苦しくて。
うまく行かない時でも努力しりゃあいつか報われるだとかおめでてぇ事をつらつらと考えて、考えて考えて考えて……
結局、俺はたった1人で空回り続けてただけだったんだ。
学舎での日々は駆け抜けるかのように早く感じ、気がつけばもう半年以上が経った。
そんな学舎の夏休みも、もう終わる頃に入っていた。
「おい、じじいいる――がっ!?」
「はっはは!隙まみれなのだよ我が孫よ!お前にじじいなどと言われとうないわ!!」
「うるせぇ!わざわざ少ねぇ夏休み削って来てやった孫になんつー態度とってんだクソジジイ!!」
ベッドの上で堂々と仁王立ちをする爺ちゃんに思いっきり顔面にぶつけられた籠を感情にまかせて思いっきり投げ返す。
綺麗な放物線を描いた籠は丁度上を見上げた爺ちゃんの顔面のほぼ目の前へと飛んでいっていた。
「がばぶっ!?ぐっ…これしきの事でやられるような奴じゃな……ぐはっ!!」
「弱っ!?てか、血を吐くんじゃねぇ!」
真っ白なシーツが完全に事件後状態じゃねぇか!怖ぇよ!
つか、んなことしたらシーツの染みが抜けなくなるだろうが!誰がその真っ赤な染みを抜くと思ってんだ!早くシーツを取れ!血が固まっちゃう前に冷水で手洗いした後洗濯して染み抜きしなきゃなんねーんだよ!
とかなんとか言いながら半ば強引に爺ちゃんのベッドのシーツを引っ剥がして洗いに行く。
「まだ戦える…お、俺はまだ戦えるんだぁあああああああ!」
「老いぼれの老体でてめぇはまだ何を成し遂げる気だこのクソジジイ!」
側にあった洗濯用のタライを血を吐きながらどこかに手を伸ばし続けてるじじいの顔面にぶち当てる。
ぐわんっ!!
と、甲高い金属独特の音が鳴り響いたが、気にせずにシーツの洗濯に意識を戻す。
たく、死にかけの兵士みてーなセリフ吐いてんじゃねーよ!完全に死亡寸前のフラグじゃねーか!略したら死亡フラグだろうが!
「お前に爺ちゃんをいたわる気持ちは無いのか!」
「んなもん数十年前も昔に捨てきったわ!!」
綺麗さっぱり跡形も無くな!
「ぬうぅ……いや、しかし孫よ。お前見るたびに家事の腕が上がっていくな」
「誰のせいだ!誰の!」
「俺のせいとでも言うのか!」
「洗剤と柔軟剤の違い」
「分からん」
「キャベツとレタスの違い」
「分からん」
「塩と砂糖の違い」
「まっったく分からん」
「だから、な・ん・でそんなんで半世紀以上も生き残れてんだよ!!」
「ノリと勢いに決まっとるだろうが!!」
「ギャンブラーとかの天職にでも転職してこい!」
しかし、こんな爺ちゃんでも俺が学舎に行っている間は1人で暮らせていけてるから謎だ。
俺に振る舞われる料理の8割方はゲル状だし、洗濯は適当にタライにぶち込んで洗うし、掃除は部屋中に水ぶちまけるのに何故この家は通常を保ってられてんだ?
「とにかくな、家事をするのは有り難いが、だからといってお前が俺の為になんでもかんでもしなくていいんだぞ?」
「はぁあ?なんだよ突然」
「お前もお前で大変だろうに、最初に自分の心配をする事をどんなときでも忘れたらいかんしの……」
「……」
もしかして心配してんのか……?
「べ、別にお前を心配してる訳じゃ無いんだからな!」
誰得だそのツンデレはぁああ!
齢60過ぎたじじいのツンデレのどこに需要があんだよ!!
「たく、家族に心配すんのはいいが遠慮してんじゃねーよじじい」
洗い終わったシーツをひとまず置いておいて、爺ちゃんのいるベッドのすぐ近くに立った。いつも前だけは見続けている爺ちゃんには似合わない、少しだけ不安な表情を晴らすように俺は精一杯笑ってみせた。
あまり笑うのは得意じゃねえが、それでも俺にできる限りの笑顔で弱気になんかなってやがる俺の好きな爺ちゃんを子供みてーに元気づけようとした。
「確かに俺の夢叶えんのはすっげー大変だよ。全然上手くいかねーし、何やっても空回りばっかだし」
周りの奴らばっか上にいくし、自分が夢を叶えた後の覚悟も分かってねぇ。
『最低の特待』だとかなんて、よく言ったもんだ……
「でも、もし全部失敗して何もかも駄目になった時に、俺は爺ちゃんと過ごした時間を…爺ちゃんの為にした全ての事を絶対に後悔したりしない、悔やんだりしない」
あの日、あの時…爺ちゃんにあの青い騎士団を見に連れ出されてなきゃきっと、俺は夢を見ることすらなかった筈だ。
だから…それは……
「俺にとっちゃあ夢を叶えるのに大事な時間なんだよ」
「…………そうか」
すると、さっきまでの不安げな顔とは打って変わってにっこりと暖かく微笑んだ爺ちゃんは俺の事を真っ直ぐに見ながら言った。
「こんな出来の悪い爺ちゃんでも、出来の悪い孫の役に少しでもたてるのか……」
「役に立ちたいとか思ってんなら弱気になんかなってねーで家事のひとつでもまともにやってみろクソジジイ」
「あー…たく、せっかく上がったお前の好感度が下がっていくではないか」
「そりゃなによりで」
60過ぎたじじいに好感度とか言われて嬉しい10代が何処にいるってんだ。
「だがな、孫。絶対に夢だけは叶えてこい。何があっても絶対だ」
「あぁ…まぁ、分かってるよ……」
まだ、いろんなもんを守れる騎士になれるかは分っかんねーけど、俺がこの夢を叶えたいのは確かだ。
だから、俺だって絶対に叶えるつもりなんだ。
「うむ、で?お前いい加減学舎で友人の1人でも作れたか?」
「……」
ぐぐっとゆっくり爺ちゃんから顔をそらしてあらぬ方を見る。
そんな俺の態度を見て何かに気付いたのか、爺ちゃんは哀れむような目で俺を見てきた。
「おい、まさかお前いまだにぼっちのぼっちのひとりぼっちなのか?」
「いや…それは……」
それはまた…別問題……
※
夏が過ぎ、秋も過ぎ…気がつきゃ冬になっていた。
窓の外を覗けば、雪で視界が全て真っ白になっていくような、そんな季節だった。
「お前に話がある」
そう言って、俺を呼びだしたのは俺に愛想つかした…俺に『最低の特待』と言うふたつ名を酔った勢いで付けたあの教官だった。
正直なにを言われんだろうって少しだけ不安になっていたが、武道場で突然放たれたその一言でそんなもん一瞬で吹き飛んでいった。
「地方ではあるが、お前のような奴を募集要項にしている騎士団がある」
「……はっ?」
「基礎能力重視の騎士団だ。初めは雑務がばかりだが、実践的な事をじかに体に叩き込んで叩き込んで叩き込みつくしてくれるだろう」
……それってつまり……
「教官が探してくれたんですか……?」
「ふん、生半可な覚悟しか出来ていないような奴でも生徒なのでな」
なんとも言えないあったけぇ何かがこみ上げて来た気がした。
愛想つかされてもうどうにもならねぇって思ってたからか、ただただ嬉しさと感謝の気持ちだけが高まってた。
「あ、ありがとうございます!」
「あ、あぁ…ま、まぁ、これくらいなんて事無いってもんだ……(酔った勢いで愚痴った『最低の特待』ってのがここまで噂になるとは思ってなかったからなー……)」
俺は何故か少し遠くを眺めるような目をしていた教官に少し不思議に思いながらも精一杯お礼の言葉を口にした。
俺でも騎士団に入れるかもしれねぇ!個人能力や基礎能力だけは得意だ、散々やってきた。実践的な事のなにをどう叩き込みつくされるのかはちょっと想像したくはねぇが、地方の騎士団で――
「あれ……?」
地方の…騎士団……
それはつまり、あの青い騎士団ではない別の騎士団って事で、でもそれは……
「ん?どうした?」
「…………俺は、王宮騎士団になりたくて、入りたくて、憧れてて…それが夢だから学舎にいる訳で……」
「……夢と現実を天秤にかけてるわけだな」
頭ん中がぐるぐるぐるぐる色んな事を考え続けてる。
短所、長所。欠点、美点。夢、現実……
「ま、今のお前の実力じゃ王宮騎士団は夢の夢だろうな。あそこは完全実力主義だ」
「あ…で、でも王宮騎士団も受けてみて駄目なら――」
「無理だ。王宮騎士団の入団検定日とこの地方の騎士団の入団検定日は同日の、ほぼ同時刻だ」
「なっ――」
「しかも、地方の方の騎士団の募集は2年に1度だから次お前が受ける時には卒業して特待って後ろ盾は消える。そうなると、入団出来る確率が一気に落ちる事になるだろう……」
今、俺にある選択肢は…夢の為に落ちる可能性の塊でしかねえ王宮騎士団を受けるか、俺の実力にあった地方の騎士団を受けるかの2つに1つな訳か……
もし…俺が無理無理王宮騎士団を受けて努力なんて1つも実を結ばねえまま学舎を出る事になったら……今、家にはいくらぐらい貯金があるんだ?学舎に行く分でかなり削ったし、爺ちゃんの体ももう元気とは言い難い。俺と爺ちゃんの2人分でどれぐらい保つ?
こんだけ悩んでるけど、そんなん地方の騎士団に行けばここまで悩まなくちゃいけねぇ程悩む事も無いだろうし……
「駄目だ…いくら考えても…ちっともまとまんねー……」
「……まぁ、悩み続けてしまうほど、真剣ってことだ」
すると、そう言ったその教官はついさっきまで適当に腰掛けていた椅子から立ち上がると悩み続ける俺にゆっくりと、落ち着いて話しかける。
「一応両方の騎士団の詳細は掲示板の所に掲示しておいた。悩むなら悩み続けてちゃんと答えを出す事だ。お前は覚悟が些か足りない分、余計にな。だから…頑張れ、お前は頑張る事の出来る奴だよ」
それだけ言うと、その教官は静かにその場を去っていた。
静かで無音の部屋に悩み、考え続ける俺だけがいた。
「夢と現実を天秤に……」
どっちに傾きゃいいんだ……この天秤は。




