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平凡で非凡な日常。

「~♪」


浮かれ気分でカチカチと時間を刻んでいく時計を眺めた。

昨日の夜にアルトさんに直してもらった懐中時計は、まるで何事もなかったかのように今を示して動いている。

それだけで嬉しい気分になる、思わず笑みがこぼれるほど。


「……何でリリアは懐中時計なんかを見て笑っているのだ?」

「何か頭の中で想像でもしとるんじゃろ。俗に言う擬人化フェ――」

「違います、私にそんな性癖はありません」


キッと私に対してあらぬ事を言い出したネリさんを軽く睨みつけた。

ネリさんはそんな視線を無視して流すと、何の躊躇いもなくはっきりと言い放った。


「じゃが、そう見えてもおかしくないような姿じゃったぞ、今のお主」

「えっ…そんな事は……」

「あぁ、確かにそんな感じだに見えた。ちょっと変人みたいだったぞ」

「ファイ、お主がそれを指摘するのはかなり無理がある」

「む?何故だ?」

「いい加減自覚を持つ気は無いのかお主には」


やれやれと呆れた様子でため息をついたネリさんを横目に、私はまた懐中時計を眺めながら、ふとあることを考えていた。


(そういえば…これを直してもらってた時のアルトさん。いつにもまして変だったなー……)


なんとなく焦っていたような慌てていたような、そんな様子だった。

またエルさんによからぬ事を吹き込まれたのかと少し……かなり疑ったが、突然おかしな事を言い出したり、会話が噛み合わなかったりした訳ではなかったのでとりあえずその事には触れない事にしたけど……

何であの人は定期的に奇行に走るんだろう?


「結局は性格の問題じゃろ?」


はっはははは、やはりこの方には心の声なんぞ丸聞こえですか。もう慣れた!もう慣れきりましたよ!悲しい事に!!


「てか、性格って…さすがに酷いですよネリさん」

「にゃあ、そうかぁ」

「一体なんの話だ?」

「おかしいアルトの話じゃ」

「様子を付けてください、様子を。アルトさんの本質がおかしいみたいじゃないですか」

「……内容はよく分からないが、今の騎士団の状況ではアルトがおかしくなるのも仕方あるまい。目が回るほど大変なのだし」

「えっ?そうなんですか?」


確かにここ最近のアルトさんはとても忙しそうだった。

事件の内容については詳しく聞いてないけど、思い返せば昨日だってアルトさんはとっても遅くに疲れて帰ってきてた。

それなのに、私の壊れた懐中時計を直してくれたんだ。


「じゃがまあ、その事件を差し引いても、元々この時期は騎士団は何かと忙しい時期なんじゃがな」

「そうだな、雪の月が開ければ直ぐに精霊の月だ。新入団員の確保にその試験、王宮の催し物の警備、協会もこの時期は活動が活発になるしな」

「相変わらずの激務じゃのぉ、騎士団は」

「……あの、一応ファイさん達も騎士団の…しかも上部のトップなんじゃ……」


その悠々たる余裕は一体なんなんですか?

アルトさん達が忙しいんだったらファイさん達もかなり忙しいはずじゃ……


「そりゃあ、いつもと比べれば格段に忙しいが……しかし、私達はあくまで騎士団の司令塔。どちらかと言えば直接的に大変なのはアルト達なのだ」

「はぁ……」

「いや、私達とか言っとるが、別に儂は騎士団の人間じゃないんじゃがな」

「まぁ実際、仕事が大変だろうが何だろうが私は私がやると決めた時しか働かんがな!」

「働け!この給料泥棒めが!エルはどうでもいいが、アルト達が忙しそうじゃと聞いたばかりじゃろう!」


……やっぱりどうでもいいんですね、エルさんは。

しかし、騎士団の上部と騎士団はまるでどこかの会社の部下と上司みたいだ。まぁ、実際本当に部下と上司なんだけど。

偉い人とが忙しくないって言うのは都市伝説だと思ってたんですが、この人達を見ているとあながち間違いじゃないと思えてきた。


「それはそうとリリア、そこの片付けが終われば今日の特訓は終了だ。帰ってもいいぞ」

「あっ、はい。分かりました」


ファイさんにそう言われ、私は眺めていた懐中時計をポケットにしまうと、ファイさん達との特訓で使っていた道具類を片付け始めた。


木刀や竹刀、防具に砂袋にロープ、針、火薬、高枝切りばさみ、アイアンメイデン、モーニングスター……

後半は完全に私は手を触れていないような物なんだけど……何でこの人達はこういう物も武器として使いこなしちゃうかな?

恐ろしい事だよね、これって。

そんな事を考えながらも、ある程度片付けを終えた私は最後にファイさん達に挨拶をして騎士団をあとにした。




     ※




「忘れてた……」


いや、この場合考えないようにしていた、と言うのが正しい。

そう、心のどこかでその可能性があることを私は分かっていた。分かっていたからこそ、そんな事はないとその可能性の存在を忘れる事にしていたのだから。

でも、可能性が目の前で実現していたら……それはもう、忘れている事は出来ないだろう。

まるで……


「やっぱり、また来たか。8歳児」


……まるで今の私のように。


「な、何であなたがまたここにいるの?」

「この川沿いが俺の休憩場所だからだ」

「へ、へぇー……」


さて、どうやって逃げようかこの状況。

もし『逃げるだなんてかっこ悪い!』なんて思っている人がいたのなら、それは断じて違う。

そもそも『逃げる』と言う言葉は2種類の意味がある。


1つは問題からのがれると言う意味。これが大多数の人が思う『かっこ悪い』事だ。

しかし2つ目はその場からのがれ去ると言う意味。私が今からしようと考えているのはこっちだ。

こちらは決して『かっこ悪い』事とは限らない。なぜなら強大な相手からのがれ去る事は、大きな勇気と力を必要とするのだ。


つまり!私は戦えないから逃げるのではなく、逃げられる実力を持っているから逃げるのだ!!

決してこれを『かっこ悪い』だなんて言わせない!


「それじゃあ、私はここでさような――」

「って、おい。まちやがれ8歳児」

「むぎゃっ!?」べちんっ!


逃げ出した瞬間捕まりました。思いっきり足を掴まれた。

何コレ、すっごいかっこ悪い……

何だったんですか、あの無駄に長い言い訳は。全てが無意味になりましたよ、寧ろ単なるフラグでしたよ。


「なに敵前逃亡しようとしてんだよ」

「な、何のことでしょうか……」


敵前逃亡?何それ知らない。

そしてそんな風に私を睨まないで、吊り目が作用してより一層怖い。あなたの目はメドゥーサか何かですか、怖すぎて逃げられないじゃないですか。

てか、いい加減私の足から手を離してほしい、地味に痛いし雪で服塗れちゃってるんだけど。


「あんだけ盛大な口喧嘩した相手によくそんな台詞が言えるな」

「あ、あなたと喧嘩する気はもうないんです」


もうあんな死にかけるような目に合うのはいくら私でも御免だ。何よりせっかくアルトさんに直してもらった懐中時計がまた壊れるような事には極力関わりたくない。

それが例え、私の名誉…もとい身長に関わることだとしも。


「俺だって子供と喧嘩する気なんざねぇよ」

「こど――!じゃあ何で私を引き留めるんですか!私はこの川沿いに用があるだけであなたに用はないんです!」

「俺はお前に用があるんだよ」

「…………はっ?」


オレハオマエニヨウガアルンダヨ?

何を言っているんですかこの人は?

怖い、怖い、怖い!何されるの私!私の身に危険が迫ってますよ!危険です、危ういです、デンジャラスです!!


「おい、8歳児」

「な、何ですか……」

「ちょっと身ぐるみ一式はげ」

「身ぐるみ……って追いはぎ!?」


いや、思いっきり足を掴まれて倒れさせられているこの状況だと寧ろ略奪だ!

誰か…誰か助けてください!ここに悪人がいます!!


「私の身ぐるみなんてはいでも美味しくないから!全然不味いから!」

「誰がお前の身ぐるみなんざ食うか!いいからとっととお前の持ってる懐中時計を見せろ!」

「私の身ぐるみなんかよりもっと美味しい物が世の中にはあるはずで……って、えっ?懐中時計?」


えーと、マニアックな追いはぎ……ではないですよね?




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