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とある青年の混沌

ゆっくりと重い足取りで帰路を進んで行く。

辺りはもう暗く、あいにく今日は曇り空だが、晴れていたのなら夜空には綺麗な星が見えていた事だろう。


「結局、今日も進展無しか……」


まったく、今回の事件には本当に困ったものだ。

おかげで帰る時間もこんな夜遅くになってしまっている。


「けれど、リリアと会う時間が減ったのは今の状況では有り難いか……」


あの演習以来、リリアと上手く接せれていない気がしてならない。

俺なりにいつも通り振る舞っているつもりだけれど、やっぱりいつもどこかでリリアの言葉が引っかかってしまっている。


『私、アルトさんが好きですよ?』

『なんたってアルトさんは、私の恩人さんですからね』



初めの言葉で気持ちが高ぶって、今まで感じた事の無い感情が溢れ出たかと思えば、次の言葉を聞いた瞬間、頭を思いっきり叩かれたかのような衝撃を受けた。

その衝撃が何なのかも、どうして起こったのかも分からない。

俺は、俺自身の事も、リリアとの事も全然分かっていないのだ。


「まだ…確証が無いからか……なのか?」


そもそも、その確証とは何の確証だ?

一体…俺はリリアに何を求めているんだろう……


「さっきから、疑問だらけだな」


そう呟きながらちょうど辿り着いた家の扉をゆっくりと開く。

おそらく、こんな時間では起きているのはミキかサリアくらいだろう。いや、もしかしたらどちらかはもう寝てしまっているかもしれない。

そんな事を思い、扉を開ける音をなるたけ小さくしようと努力しながら、扉を開け、家に入り、扉を閉める。


ギィ……


と、しっかり扉が閉まった事を確認すると薄暗い玄関へと視線を戻す。


「…………えっ……」


そこで俺は、ピタッと体の動きが止まってしまった。

なぜなら、玄関の一段上がった場所で寝間着姿で軽く毛布を被さりながら寝ているリリアを見つけたからだ。


「なっ……えっ……?」


何だ!?何が起こっている!

なぜこのタイミングでリリアが寝ているんだ!

前にもあったなこんな事!

内心大慌てでどうしたらいいのかひたすら考え続けていると、不意に横から声をかけられる。


「あれ?どうしたんですかご主人、そんな所で突っ立って?」

「――!?」


バッとリリアから目を離し、声のした方を振り向くと、そこには片手に灯りを持ちながら立っているミキがいた。

あまりのタイミングの悪さに心臓が飛び出すかと思った……


「なんだ…ミキか。いや、こんな時間にリリアがいるのに驚いただけだ」

「あー…それ、ご主人を待ってたんですよ」

「はっ?」

「『はっ?』って…だから、リリアはご主人を待ってたんですよ」

「……」


俺を指差しながら言ったミキの言葉が心の中をぐるぐると掻き乱す。

そのせいか、少し体が熱い。

なんとなく、前にリリアに『好き』と言われた時に感じた感情に似ている気がしたが、そんな感情の渦の中、俺でも分かった感情がひとつ……

『嬉しい』。

……だと思う……


「ごっ主人ー?」

「えっ!あぁ…そ、そうか……」

「そうですよー、ご主人に時計を直して欲しいんですって」

「…………えっ?時計?」

「はい、リリアの懐中時計がちょっと動かなくなっちゃいまして」

「……」

「ご主人なら直し方を知ってると思って。で、リリアがずっとご主人を待ってたんですが、10時を過ぎるとどうしても寝てしまうらしいから僕が夜の仕事をしている間でいいから定期的に起こしてくれって」

「……」


……リリアが待っていたのは時計の修理の為か!?

いや、リリアが待っていてくれていたと言う事実は嬉しいんだ、それは確かだ。

ただ…我が儘な子供みたいな話しだが、待っていた理由が修理それだと言うのが……その…嫌だ。


「ご主人、さっきから黙ってばっかで……なんか変ですよ?」

「はぁあ!?そんな事は微塵も無い!俺は至って正常だ」

「あれぇ~?まさかとは思いますけど、ご主人またなにか勘違いしてました?」

「……し、していない」


なかなか無理のある言い訳な気もしたが、必死に本当の事を誤魔化した。

それでもミキにはそんな言い訳など通じないようで、少しだけ楽しそうに笑うと俺の顔を下から覗き込んでいた。

しまった、こいつはこれでもエルの従兄弟で、ある意味エル以上に厄介な奴だった。

ミキと親友をしているリリアは一体どうやってつき合っているのか疑問にすら思う。


「まぁ、いいや。とりあえず今はリリアを起こさなきゃですかね」

「あ…あぁ……」


ミキと変なやりとりをしていた為か、リリアがこんな玄関先で寝ていると言うことを忘れていた。じっとリリアの方を見てみると、ぐっすると眠っていて起きる気配は全くなかった。

しかし、ミキはそんな事お構いなしにリリアの側まで近づいて行った。


「リリアー起きないのー?」

「……」

「んーと、何だっけ……あぁ、そうだ」


そんな事を言ったかと思うと、ミキは座り込んで寝ているリリアの前でしゃがみこみ、そのまま彼女の耳元で軽く呟いた。


「8歳児」

「誰が8歳児だこの吊り目ぇえ!」


……吊り目?


「おっはよーリリア!」

「って、あれ?ミキ…とアルトさん!」

「おはよう……」

「しかし、まさか本当にこれで起きるとは思わなかったよ。凄いね8歳児」

「うん、そうだね。でもちょっとごめん、今その言葉を連呼しないで、ストレスが溜まるから」


なんだか俺1人会話に入れていない。

と言うか話しの内容が全く分からない。リリアが8歳児なんて事を言われて起きるのはなんとなく分かるのだが……吊り目やストレスとはどういう事だろうか?


「んじゃ、ご主人も帰って来たし、僕は仕事に戻るねー」

「えっ?おい…ミ――」

「うん、ありがとねミキ。フレアさんの事頑張ってね」

「頑張る!」


その場から去っていくミキに隣りにいるリリアが手を拭りながら見送り終えると、途端に俺達の周りの空気が静かになってしまった。


……どうしたらいいんだこの状況。

今の俺にはリリアと2人っきりなのは非常に気まずい、考えても考えてもどうしたらいいのか全く分からない。

どうしてリリアの事になると途端に色々な事が分からなくなるんだ!


「……ァルトさん…アールートさーん」

「っあぁああ!?」

「ふあっ!何ですかそんな大きな声出して……」

「あ……なんでもない」

「?今日のアルトさんやっぱりどこか変ですよ?何かあったんですか?」

「いや、本当になんでもない。それより時計を直して欲しいんだと聞いたけど……」


とにかく今は普通に、いつも通りに振る舞うようしによう。

俺の中にある感情の正体が分からない今はまだ……


「そうでした、実は騎士団の懐中時計をちょっと川に落としてしまって……動かないんです」


おずおずとした様子でリリアはそっと手の内に握りしめていた懐中時計を俺の前に差し出した。

そんなリリアの目は、心配そうな悲しそうな目だった。


リリアから時計を受け取った俺は時計の蓋を開けて中を確認した。

彼女の言う通り時計の秒針は動いておらず、分針や時針もどうやら1時過ぎの辺りで止まったままのようだ。


「1回、バラしてみなきゃ駄目かな?」

「あの…な、直りますか?」


不意に、リリアが俺の服の裾を小さく掴みながら不安げに呟いた。

そんな姿を見た瞬間、心臓が飛び跳ねて、思いっきり動揺しそうになったがそれを必死に抑えながらリリアの頭を優しく撫でる。


「大丈夫、この時計なら何度か直した事がある、きっと直るよ」

「…――あ、ありがとうございます!!」


嬉しそうに笑った彼女の顔を何故か真っ直ぐ見えなくて、少し前まではそれを見ると彼女が少しでも幸せを感じてくれたんだと嬉かったのに。

嬉しいのに…何故だか恥ずかしい……


「どうしたら分かるんだろう……」

「えっ?なんて……?」

「いや、とりあえず道具がある部屋に行こう」

「はい」




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