曇天、所により口喧嘩。
「あぁ、それなら向こうの川沿いに1年中あるけど……ぼうず、そんなもんどうすんだ?」
「ぼうずじゃありません、嬢ちゃんです。分かりました、ありがとうございます」
最後にお礼を言いながら頭を下げると私は店の前から立ち去った。
後ろの店主が以外そうな顔をしていた気もしたが、とりあえず無視しておく。
「まぁ、今は間違えられても仕方ないけど……」
何を隠そう今私が性別を間違えられたのには私の格好に問題がある。
男物のシャツにズボン、頭にはいつもの紺色のキャップ。しかもその上にブカいローブを着ている。ちなみに、全てアルトさんとミキの昔の服を借りた物である。
ふっ…悲しきかな、かなり昔の服を借りないと着られるサイズがまるでない。
しかしまぁ、顔も殆ど見えないこの姿では、男に間違われるのも分かるけど……
「だからって声を聞けば分かるだろうに」
仕方ない、少なくとも後9日間はこの格好でいなきゃいけない。
と言うのも、理由は今日から始まったファイさんとの2週間の特訓だ。
この2週間の間は騎士団が休みなので私は騎士団の制服を着ることはない、でもファイさんとの特訓をするにはいつものワンピースでは動きづらい。その結果、こんな男の子のような格好になってしまったのだけど……私自身は全く気にしてないが、家を出る際テナさんから逃げるのにはてこずった。物凄くてこずった。
そして、今まさにファイさんとの特訓からの帰り道だ。
「てか…身体痛い……」
完全に全身筋肉痛だよ。
実は歩くのも結構辛いのだけれど、このまま真っ直ぐは帰る訳には行かない。さっきの店の人の話しでは、私の目的は向こうの川沿いにあるらしい、とにかく行ってみよう。
私はポッケットから騎士団の懐中時計を取り出すと、おもむろに時間を確認する。
「今は12時か、お昼もあるし1時には帰らなきゃかな」
パタンと懐中時計の蓋を閉め、目的地目指して歩き出した。
※
……さて、どうしたものか。
「いや、話が上手すぎるとは思ってたんですよ。ルウちゃんの誕生日間近でこんなタイミング良く休みになったりサラッと目的の物の場所が分かったり……」
だからって、だからって……
私の視界の先。目的地である川沿い、雪の月で寒さは増していたが、川は太陽の光でキラキラと輝いていて綺麗だし、草原にこの季節の野花なんかも咲いていてとってもいい場所なのだけど……
その草原に気持ちよさそーに寝ている1人の男性。
「なんでこのタイミングでこの場所で寝てるの!冬ですよ今!あぁ言うのは普通春にやるものですよね!!」
と、そんな叫びをなるたけ小声で言うと、一旦落ち着くために軽く深呼吸をする。
しかし、落ち着きはしたものの問題は一切解決していない。
今更ながら私は若干男性恐怖症だ。ある程度慣れた人なら良いんだけれど、初対面の人ははっきり言って無理。怖い、マジで怖い。
でも、私は今あの川沿いに行かなきゃいけない理由がある、しかも残り1時間以内に。
「どうしよう……」
そんな事を呟きながら川沿いの近くの道を行ったり来たりしてみる。
行く、行かない、行く、行けない、行きたい、行けない……
小一時間ずっと悩み続け、歩き続けていると、急に川沿いの場所のから大きな声が飛んできた。
「あぁもう!うっせぇえ!!さっきから行ったり来たり!じれったい!!」
「ひゃぁああ!?」
何!?何なの!何なんですか!!怖い!怖い!怖い!!
急にこっち向いて怒鳴らないで!寿命が縮むから!
けど、少し顔を上げて確認すると、私に怒鳴ったその男性は私と同い年位なんだと気づいた。
真っ赤な赤毛は左右にハネていて、上につり上がった茶色の吊目が少し怖い雰囲気を出ていた。
「おい、お前」
「はいっ!?」
その怖い吊り目でキッと睨まれたかと思うと、その人は自分のいる場所を指差しながら私に問いかけた。
「この場所に用があるんだろ?」
「えっ……?」
「用があるのかないのか」
「あ、あります!」
唐突にそんな事を聞かれ思わずビクッと体が反応してしまった。
見た目もだが、少し低い声も怖く近寄りがたい雰囲気を醸し出してる。
でも、私は絶対にこのまま帰る訳にはいかない。
すると、私の言葉を聞いたその人は一度小さくため息をつくと、そっけない感じで私に言う。
「ならさっさと来い」
「……」
……怖い感じの人…だけど、悪い人じゃない…のかな?
そんな事を考えながらも、恐る恐る私は川沿いの方へ坂を下っていった。
しかし、その途中で私はとある単語を耳にする。
「たく、子供は子供らしく素直に行動しろ」
……こ、子供…同い年位の奴に子供呼ばわり――
わなわなと震える手をグッと握りしめると呆れた様子のその人をキッと睨む。
「わ……」
「あ?」
「私は15歳だぁああああああああああああ!!」
ついでに言うと今年で16歳だ!元の世界なら結婚出来る年齢ですよ!て言うかなんならあなたと同い年位だよ!この世界に来てから何回叫んだセリフ!もうパターンとかしちゃってますよ!!
「はっ?私?15?」
しかし、その人は変わらぬ様子で私を上から下へと一通り見た後少しだけ意外そうな顔をした。
「えっ…女……?」
「えぇ、れっきとした15歳の女の子です」
てか、性別から勘違いされてたのか。
まぁとにかく、ようやく分かってもらえた。
年下に勘違いされたままなんて状況、放置しておけばそのままズルズルと引き延ばされて最終的には勝手に年下認定されちゃうんだから。
まったく、理不尽な世の中だ。
すると、確認するのを終えたその人は一度だけ深く考えたかと思ったら、納得したような面持ちで言い放った。
「あぁ、見栄っ張りって奴か」
「…………はっ?」
「安心しろ、8歳にしては十分大人に見える」
「はっさぃ――!」
さ、最低年齢を叩き出すなぁああああああああああ!!!?
12歳に間違われる事はあっても8歳はなかったですよ!いくらなんでもおかしいでしょう!ついでに言いますとこの人完全に私の話し信じてないですよね!!
もう分かりました!こうなればもう遠慮しません!!
「何処をどう見たら私が8歳児に見えるんですか!」
「諦めろ、全てが8歳児に見える」
「――っ!うっさいこの吊り目!!」
「あぁああ!?吊り目バカにすんなよ!好きで吊り目に生まれた訳じゃねぇえ!」
「私だって好きで童顔低身長に生まれたんじゃないんですよ!吊り目は性格が作用してるんじゃないですか!」
「い、今謝れば許してやるぞロリ」
「――!?言いましたね!今絶対言っちゃいけないこと言いましたね!誰が謝りますか!!」
「お前が先に吊り目って言ったんだろ!」
「あなたが先に8歳児って勝手に決めつけたんでしょ!」
お互いの顔を睨み付け合いながら延々と口喧嘩を繰り広げ続けた私達。その様子は収まるどころかどんどん荒れて行った。
最初に見た時に怖い感じの人だなんて思ってたが……こいつは怖い人なんかじゃない。
嫌な奴だ。
「どっからどう見ても8歳児だろ、8歳児!」
「私は15歳だって言ってるでしょ!」
「お前のどの辺が俺と同い年なんだよ!」
「全てがですよ全てが――!」
しかし、その口喧嘩の最中私の視界と体がぐらりと傾いた。
思えば、今は雪の月。普段大雪に見舞われる季節だが、今日は珍しく晴れ渡っていて、積雪も昨日の夜の内に溶けていた。しかし、今日の天気は昼前位から崩れはじめ、今では気温も低く曇り空となっている。
さて、するとどんな事が起きるのか……
答えはとっても簡単。
溶けた雪解け水が冷やされて固まり、氷とかす。地面はとても滑りやすくなり、下手をすれば転けてしまう人もいるだろう。
例えば急いでた人や、注視していなかった人、高いヒールを掃いている人……
そして、坂道で口喧嘩をしてた人。
「って!あぁああああっ!!!?」
「っ!?バカ!何やって――!!」
一瞬、誰かに腕を掴まれた気がしたけど、それを認識するよりも先に奇跡を疑う程の素晴らしい勢いで私達の体は坂道から一気に滑り落ち、気付けば目の前に広がるのは綺麗な水面。
「冬の川は洒落にならない!冬の川は洒落にならないぃいいいいい!!」
「バカァアアアアアア!!」
私達のそんな叫びは、体が水面へたたき落とされる音で、見事にかき消されていった。




