とある文官の悲痛
文官さんことレイさんの番外編です。レイさん視点でお楽しみください、まる。
いつからだろう、彼女の剣が見切れなくなったのは。
いつからだろう、彼女に勝てないと気付いたのは。
いつからだろう…強くなる事を疑うようになったのは。
剣を始めたのは僕の方が先だった。それから彼女が一緒に剣を始めた頃は、がむしゃらに戦いあって、戦う事が楽しくて、勝って負けてを繰り返した。
その頃の僕等はただ、憧れていた。
誰よりも、強かった人に。何よりも、優しかった人に。
子供心なんて単純な物で、ただ純粋に。「僕等も同じぐらい強くなりたい」と、夢見続けてた……
けれど、諦めず努力をすれば夢が叶う訳じゃない。諦めない事や努力をする事が出来ると言うのも1つの才能なのだから。
夢を叶えられるのは才能がある人間だ。
その事に、僕が気付いたのは、彼女が大切な人達を失う少し前だった気がする。
※
広い資料室。
現在、王宮騎士団にあるこの部屋は……非常に散らかっていた。
「てか、何で俺達まで資料の片付けなんだろ」
「うるさい、黙って片付けろ」
「うーん、まぁ別に片付けはするんだけどさ。でもアルト、俺にはお前が何故本を全部逆さまにしまってるのかが分からないんだけど?」
「っ!?ち、違う!これはただうっかり……」
「へー…うっかりねぇ…っと!?ヤバっ、落とした!」
「お前も片付け出来てないじゃないか、エルルク」
「苦手なんだから仕方ないよ」
「開き直るな」
片付けと言うには些か…かなりぎこちない。寧ろ散らかしているようにしか見えない。
そんな2人を横目に見ながら片付けに集中する。
しかし、不意にその2人から声を掛けられた。
「先輩さーん。これ、後どれぐらいあるんでしたっけ?」
「……先輩さん?」
「エルルク、お前名前覚えて無いだろ」
「何か、すっごい面白い名前だった事は覚えてるよ~」
……要は覚えていないのでは?
と言うか、自分が面白い名前である気は一切無いのですが……
「レイ・アールグです。後どれぐらいかと言われますと、4つ…ぐらいですかね」
「……ちなみにレイさーん。その4つって何の数字ですか?」
「私達が片付ける資料室の数ですが?」
即ち後4部屋。今この部屋も大分散らかっているが、これでもまだ片付いている方で、残りの部屋はいまだに目も当てられない状況だ。
「うわぁ…それって俺達が掃除役の1週間以内に片付くのかなぁ……」
「さぁ?私も資料室が全て片付いた所を見たこと無いので分かりませんね」
いまだにどの掃除役も全て片付けるどころか、寧ろ散らかして終わってしまうのがほとんどなのも事実だった。
彼はそれだけ聞くとヤバいと感じたのか、無言で片付けに戻って行った。
そしてしばらくは皆が静かに片付けをしている平穏な空気だったが、突然それがバァアンッ!!と言う大きな音により盛大に壊された。
「やっと見つけたぞレイ!」
「……」
「げっ、団長……」
木製の扉をこれでもかと言う程勢いよく開けて…もとい、壊して資料室に入って来たのは、現在この王宮騎士団に1つしかない女性用の制服を身にまといながら、ビシッと指を指している団長…ファイ・クライアンだった。
……とりあえず、とりあえず落ち着こう。こんな事日常茶飯な事とはいえ、少し対応を間違えれば彼女に思いっきり巻き込まれる事になる。
「扉を、壊したら駄目だよファ……」
「アルト、エルルク。しばらくレイを借りるな。返すことは無理そうなので、その棚が片付き次第終わっていいぞ」
「……」
……落ち着いた意味がなかった。
話しを全て無視したファイにものすごい速さで半ば強制的に連れ出されてしまった。
連れ出されるまでの流れが無駄にスムーズだった。抗う隙も無いほどに的確に連れ出され、既に資料室を過ぎ去って廊下を進んでしまっていた。
「ファイ…いきなり何なの……?」
「緊急事態だレイ。お前に今すぐ会ってほしい奴がいる」
「会う?一体誰に……」
「大きな声では言えない奴だ」
彼女の様子はいつもより真剣で、心なしか緊張しているようにも見えた。
それを見て、それ以上質問をするのを止めて素直について行く事にした。
※
ファイの言った会ってほしい人とは、とてもとても小さな少女だったが、同時に彼女がとてもとても会いたかった人の1人だった。
「なんじゃ、あんなにちっこかったと言うのに。お主は随分大きくなったんじゃな……」
「黒…猫……」
そのしゃべり方、頭に付いた黒猫の耳、長い銀髪。
それだけで、その少女が何者なのか分かるには十分だった。
子供の頃、2人で憧れ続けた何よりも優しい人。ファイの義姉になるはずだった人……
「黒猫さん、なのか?」
「あぁ、久しいのレイ」
それから、ファイ黒猫さんに聞いた話しは突拍子も無い話しばかりで、理解するのに少し時間がかかってしまった。
全ての話しを聞き終えた後、最後に1つだけその少女に聞いた。
あの人は、あの誰よりも強かったあの人は、何故いなくなってしまったのか……
しかし、少女は何も答えずに、悲しそうに微笑むだけだった。
※
「王宮騎士団上部に?」
「あぁ、行こうと思う」
黒猫の少女、ネリの話しが一段落し彼女が去った後、ファイは1つの紙を机の上に置くとそんな話しを切り出した。
王宮騎士団の者が騎士団上部に行くにはいくつかの方法があるが、その内の1つが机の上にあるこの“昇格状”だ。
これはその時の騎士団が優秀な働きをした場合、その団長に送られる物で試験も検査もする事なく王宮騎士団上部に行く事が出来る。
「兄様が守れなかった物を守るのに、兄様がいたからなどと言って、いつまでもこんな所にくすぶってはいられない」
「それで、上部にか……」
ファイは随分前にこの“昇格状”を手に入れていた。
当然と言えば当然だ。彼女が団長になってからこの騎士団の活躍は著しい物だった。女性が団長になどなれる訳ないと思われていたあの頃が嘘のように。
「けど、上部に行けば団長なんて関係なしだよ、トップになるにはファイでも時間がかかると思うけど……」
「何を言っているんだレイ、君も一緒に行くんだよ」
「はっ?」
「“昇格状”で上部へ行けるのは2人までだろ?1人は団長と決まっているが、もう1人は規定なしだ。だから私はレイを連れて行く」
「……そのもう1人は副団長の筈だよ」
例え規定されてなくとも暗黙の了解でそうなっている。現に今まで“昇格状”で騎士団上部へ行ったのは全て団長と副団長だ。
何の位も無い、ただの団員を連れて行った例など一度もない。
「だから何だと言うんだ。誰もやっていないからと言うのは諦める理由にはならない」
「その考えはファイだけだよ」
「……前代未聞な事をして成功する者は多々いる!」
「そう言う理屈で考えられる事じゃないんだよ!」
これが、彼女との間にある深い溝。
価値観の違いと言えば分かりやすいかもしれないが、その本質自体はそんな簡単に表そうと思って表せる物ではない。
そもそも、2人の間には違いがありすぎる。溝ができたってなんら不思議じゃない。
「誰もやった事が無い事は誰だって怖いし、臆病になる。ファイには、それに打ち勝ち続けられる力があるから言えるけど、弱い人間はそれから逃げる事を考えるんだよ」
「……確かにそうかもしれないけど……」
その言葉を否定出来ないと思ったのか、ファイは分が悪そうにしたかと思うと、直ぐに真っ直ぐ前を見ながら力強く言い切った。
「でも、それならレイは強いじゃないか!」
「…………強い?」
「一緒に剣術をやっていた時はあんなに強かったじゃないか、レイが剣術を止めなければきっと――!」
ファイのその言葉に今はもう忘れた筈の痛みが襲いかかった。
そして反射的にバッン!と立ち上がると鋭い痛みを感じながら彼女に言葉をぶつけた。
「……俺が強くない事を、誰よりも分かってるのはファイの筈だよ」
「あ……」
彼女が悲しい顔をしたのが分かっても、一度出て来てしまった醜い自分の酷い言葉は止まらずに、彼女にぶつけ続けた。
「俺が目を逸らさないでいるのに、ファイが目を逸らさないでよ……」
そのまま、不穏な空気に包まれたその部屋で2人とも黙ってうつむいていたが、しばらくして俺の方から何も言わずに立ち去ろうと彼女に背を向け、団長室の扉のドアノブに手をかけたとき。不意に後ろから聞こえてきた彼女の声。
「それでも…どんな理屈も抜きにして、前代未聞な事をやってのけてだってやりたいと思うのは間違っているか?」
「……ううん、間違ってない」
それだけ言うと彼女の返事を聞かずに扉を開いてその部屋から立ち去った。
そして、廊下を歩きながらある事を考えた。
彼女の隣りで背中を預けて戦うような人間にはなれない。なれる程の強さを持っていないから。
あの頃のように、2人だけで剣を振り回していた時には戻れない。
……それでも、やっぱり彼女を支えていたいと思う気持ちが哀れみじゃないでほしいと思っている自分がいる。
「……別に、“昇格状”なんてなくたって……」
そう小さく呟くと、覚悟を決めてさっきまで向かっていた方向と反対の方へ進み出した。
出来るかどうかなんて分からない、それでもやりたいと思ってる。
「……やっぱり、間違ってない」
もし、もしも2人の間の大きな溝が少しでも縮まったなら……また彼女と……




