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8〜悪夢〜

―――夢を見る。


ああ、またか。と、いつもの感想を述べる。


オレは車の助手席に座っていた。運転席には母さん。


それは、母さんが死んだ日の夢だった。


あの日のオレが何かを喋っている。オレはそれを客観的に事を見つめる。


オレは、あの日のオレの中にいるのに、あの日のオレは言うことを聞かない。

オレの意志とは関係なく、あの日のオレが行動する。過去は変えられないと言わんばかりに。


…そう、見ているしかないんだ。夢が覚めるまで。

なにも変えられないんだ。オレが叫んでも、あの日のオレも、母さんも誰も気付かない。


オレと母さんが楽しそうに会話を弾ませている。

あの日と全く同じ会話。


その時だ。

いきなり子供が横断歩道から飛び出してきた。


ここは国道で、信号が青だったことも加え、車は50キロ近く出ていた。


母さんは咄嗟の事に、子供を巻き込むまいと、ハンドルを思いっきり切った。



運がいいのか悪いのか、ちょうど電信柱に正面衝突し、子供は無事だった。が、車のフロント部分は大破していた。ガラスは飛び散り、煙が上がり、かなり危険な状態だった。


誰かが呼んだ救急車の音で、オレの意識は覚醒した。


朦朧とした中で、自分の状態を把握する。

しっかりシートベルトを絞めていたので、車外には放り出されなかったが、頭からは、かなり出血していて、全身もガラスで切り刻まれていた。


母さんは……。


オレは隣を見て愕然とした。


下半身が…潰れていたのだ。


どうやら、右側から正面衝突したらしい。オレ側のフロント部分はまだ形があるが、母さんの方は見る影もない。まさに、大破だ。


オレは母さんにすがった。母さんは大量の汗をかきながら、大丈夫、大丈夫だから。と、うわごとのようにオレに呟いていた。


「大丈夫ですか!?」


救急隊員の声に振り返る。

それはとても皮肉に聞こえた。

大丈夫?これを見て大丈夫だと?


救急隊員は車内の状態を把握すると、オレに手を差し伸べてきた。ドアは事故の時にすでにドアとしての機能を失っていたようだ。


「とりあえず、君は出なさい!」


救急隊員にシートベルトを外され、引き出されそうになるのを、必死で抵抗する。が、体が思う様に動かなかった。

ケガをしていたということもある。しかし、一番の理由は、恐かったのだ。いまの状況が。

フロントからは黒煙が溢れるように出て、救急隊員は、危険だ、とか、もう時間の問題、などと喚きたてている。


オレの、母さんから離れたくないと思う部分が、唯一母さんの腕をつかみ、離れなかった。


母さんはオレの手の上に手を重ねた。


「…冬貴は…先に出なさい………母さんは…大丈夫だから……」


母さんがそう言って微笑んだ瞬間、オレは全身の力が抜け、つかんだ腕を離してしまった。

車外に出るが、いまだに車内に戻ろうとするオレに、救急隊員がオレの腕を後ろから組みつけ、離さない。


母さんの優しさに甘えたかった。大丈夫って言っているんだから大丈夫なんだ。

オレの恐れている部分が、必死に言い訳をする。


……そんな訳がない。

大丈夫な訳ないだろ。


オレは車内を凝視する。

母さんは、いまだにオレを見つめ、微笑んでいた。


「母さ――」


一瞬、オレの視界が真っ白になった。続いて、耳をつんざく爆発音が轟く。


何が起こったのか、理解できなかった。したくなかった。


車は、母さんを車内に残したまま、炎上していた。


救急隊員の喧騒がより一層激しくなる。

オレは地面にへたりこんだ。


――母さんが大丈夫って言ったから。


そうじゃない。


恐かったんだ。この状況が。


逃げたかったんだ。母さんを残してでも。


……だから、大丈夫だって“思った”んだ。


あの時、一緒に死ねたら……。


母さん……―――



「―――……っ!!」


視界には闇が広がる。

目が慣れてくると、ここは家のベットだというのに気付く。

ベット脇のデジタル時計に目をやると、夜の11時と言う事がわかる。


目が染みると思ったら、オレは全身から大量の汗をかいていた。

それを拭いながら、ベットからゆっくり降りて、乾いた喉を潤そうとキッチンへと向かう。


キッチンに着き、水道の蛇口をひねる。

規則的に流れる水に窪ませた両手をかざし、そこに溜まった水を喉に通す。

それを繰り返して、一息つつくと、周りの静けさに違和感を覚える。


リビングに目をやると、誰もいなかった。


もしかしたら……。


ありえない事だとは思う。でも、オレはそんな無理な希望を信じたかった。


オレは焦る鼓動を抑えつけ、母さんの部屋へと早歩きで向かう。


もしかしたら…もしかしたら…。


ドアノブに手を掛け、一気に押す。


「母さん!」


誰もいなかった。

オレの声だけが、この部屋に響く。

部屋は、母さんの柔らかな匂いと、何年も手付かずのカビ臭い匂いがした。


…そう、母さんはもういないんだ。ここには、オレ一人しかいない。

いや、ここだけじゃない。どこにもだ。


……オレは逃げ出したかった。この現実から。この現実を見せ付ける空間から。


どこかに居るかもしれない。オレの存在に気付いて、オレに笑いかけてくれる人が。

……いるはずだ。


オレは、そう自分に言い訳をしながら、軽い服を着て、玄関のドアを開けた。


外はいつの間にか、雨が降り付けていた。

オレは構わず外に出た。

傘さえ持たずに。



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