3〜友達〜
「もうじゃんじゃん食べてね!」
彼女、水野さんはそう言いながらメニューを差し出す。
そう言われると、何にすればいいのか迷うな…。
「なんかオススメみたいなのない?」
「オススメって…ここファミレスですよ?」
「ですよネ…」
昼。オレ達は、ファミレスに向かい合いながら座っていた。
水野さんは犬小屋のお礼をしたいと言った。オレは断ったのだが、
「お礼といってもお金とかじゃ味気ないよね……そうだ、お昼御飯おごりますよ!あ、でもお金あんまりないから、ファミレスでいいですか?よし!そうと決まったら混む前に早く行きましょうっ!」
と、まくしたてられ、いつのまにかオレは水野さんとファミレスにいる。
「ダメだ。水野さんが適当に決めてくれ。」
散々迷った挙げ句、オレは自分で決められなかった。自分の意見が無いと、こういうときに困る。
オレはメニューを水野さんに返す。すると、もう、呼び出しボタンを押して、ウェイトレスにメニューを言い渡している。
「スペシャル理恵ちゃんメニューにしました!」
オレに元気に笑いかける。小さなえくぼが出るその笑顔は、彼女の性格そのものが出ている気がした。
……彼女は、オレと正反対だな。自分をちゃんと持ってて、いつでも笑顔を絶やさない。
……でも、オレはオレのやりかたで正しいと思う。
人に笑いかけて、得るものはない。あのポチみたいに、誰にでも尻尾を振っても、得るものは何もないんだ…。
「どうしたんですか?そんなに私を見つめたら、私に穴が開いちゃいますよ。」
その声で、オレは考える事をやめた。
「あ、いや…なんでもない…」
その時、ふと、ウェイトレスが目に入る。
ウェイトレスは、手いっぱいの食べ物を重たそうに持ちながら、こちらに歩いてくる。
…まさか…。
「お待たせしましたー!」
ウェイトレスは、眉をひそめているが、なんとか営業スマイルを保ち、食べ物をどんどんテーブルに置いていく。
テーブルはこの店のメニューを全部頼んだんじゃないかってくらいに、所狭しと食べ物が置かれている。
「…これは…なんだ…?」
「ん?スペシャル理恵ちゃんメニューですよ?すごいでしょ?」
すごすぎるだろ…。
「あ、食べ残すっていうのは一番やっちゃいけないことなんですよ?」
彼女は、さっきとまったく同じ笑顔を見せる。
「…いただきます…」
―――――。
1時。昼休み終了の時間だ。しかし、オレはまだファミレスにいた。
「な、なんとか食えたな……」
「おいしかったですね!」
いや、最後は味なんてわからなかったよ…。
彼女はまだ腹八分目といったような、余裕の表情をしている。
対するオレは、身動き一つとれずに、ひたすら胃の中の食べ物が消化されるのを待っている。
「そういえば、えーと、紺野さん?」
彼女はオレの着ているベストの胸を見ながら言った。オレはうなずく。
「紺野さんは何歳なんですか?見た目は、私と同じように見えるけど。」
「水野さんは何歳?」
「16です。高校2年生。」
「じゃあ、おなじ。オレも16ですよ。」
「へぇ〜!偉いですね!同年代なのに仕事してるなんて。」
「いや、バカだから高校に行ってないだけだよ。」
オレは嘘をついた。
たしかに授業は適当に受けていたが、成績は悪くなかった。いや、上から数えたほうが早いほどだ。
でも、オレは高校には行かなかった。早く独り立ちしたかったのだ。
誰にも迷惑をかけたくなかった。誰にもオレの生活に干渉して欲しくなかったのだ。
「たとえ紺野さんがバカでも、仕事をするのはすごいと思いますよ?今ぐらいの歳は遊びたい盛りじゃないですか。」
……高校行ってないのはバカにしないんだな。
オレはそのことが少しうれしかった。
「そう…かな…。はは、ありがとう。」
と、オレは自分でも驚く程に正直に答えてしまった。
彼女はおもむろに携帯を取り出すと、オレにも携帯を出すように促す。
「番号、こうかんしましょう?」
いつもなら断るのだが、今日の気分は、よくわからないが、なんだかいつもと違かった。
オレは言われるままに番号を交換してしまった。
「これで、あなたと私は友達ですね!」
その言葉に、オレの心臓は不整脈を打つ。
…ともだちか…。
オレは心の中で、自嘲気味にわらった。
「…ああ、そうだな。」
心にもないことを言った。友達の存在を肯定するなんて、心にもない。
「じゃあ、敬語もおかしいですね。よろしく!紺野君!」
オレの心も知らずに、彼女は元気に微笑みかける。
「ああ。よろしく、水野さん。」
……この時は、こいつがオレの生活に大きく影響するなんて、思ってもみなかった。
オレと水野さんは一緒に現場に戻った。
するとそこには、見慣れた作業服を着た人がたっていた。
その人がゆっくり近づいてくる。
「冬貴くん…?現場の様子を見にきたら、昼休み過ぎても現場に戻ってこないと…なんですか?これは…?」
「あ、シンさん…お疲れさまです…」
シンさんは口の端と、眉の端がつり上がる。
「昼休みに女の子といちゃいちゃですか?いちゃいちゃですか?いちゃいちゃですか!いんざすかい!?」
あ。壊れたね。
オレはこの後、何故かいじけてしまったシンさんをなだめるのに労を費やした。
…この現場は、当分終わりそうにない。