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2〜出会い〜

春のくせに…。


熱い日差しを浴びながら、空をにらむ。しかし、そんな事をしても、照りつける太陽は、涼しくなんてなってくれなかった。


外壁に視線を落とし、自分が落ちないように、足場にしっかりとつかまりながら、塗料をぬりこんでいく。外壁は、生まれ変わったかのように真っ白になってゆく。


これがオレの仕事。もちろん、太陽をにらむ事じゃない。いわゆる、塗装屋と呼ばれるものだ。

作業中は、塗料をムラなくぬりこんでいくだけでいいのだが、最近は、太陽をにらむのも職務になっている。金にならないが。


「おーい!」


ふと、背後から女の声が聞こえる。


「そこの塗装屋さーん!」


オレの事か?

しかし、そう思っても振り向かないのは、オレが事なかれ主義といわれるゆえんだな。


「そこの黒い作業服着てて黒い髪の毛で作業中なのにヘルメットかぶってないおにいさーん!」


完全にオレの事だな。

ここまで言われて、ようやく振り返る。声の主は、隣の家の庭にいる奴だろう。たぶん、オレと同年代くらいか。


「……はい、なんですか?」


“近所の家の人には、やさしくしとけ。”


仕事の先輩、シンさんがそう言っていたのを思い出した。こういう仕事は、近所の人が仕事っぷりを見て、自分の家もやってくれ、というのが少なくない。オレはもてるかぎりの営業スマイルを送ったつもりだ。


しかし、オレの顔は笑ってなかっただろう。

相手には怒ってると思われただろうな。


「まあまあ、そんな恐い顔しないで〜!」


ほらな?


女は、自分の横にある、犬小屋らしき物を指差す。

それは相当古いのか、木製のそれはかなり黒く変色していた。


「これ、ちょこっと塗ってくれません?」


この人のちょこっとは、どういう基準なのだろう?塗料を一滴たらせば十分か?



……いやいや、やさしくやさしく。


その犬小屋は、そこまで大きくなく、10分もあればできそうだ。

腕時計を見る。時刻は12時10分前だった。


…早めの昼休みって事にするか…。


「…いいですよ。何色がいいですか?」


彼女は肩で切りそろえられた髪を大きく振りながら、飛び跳ねるくらいに喜んでいた。


「じゃあ、虹色!」


「…無理です。」



―――――。



犬小屋のやねに、ローラーを転がす。犬小屋は今の空と同じような色合いになった。

まあ、結局、色は水色に決まった。

名字が水野だからだそうだ。


「うわぁ!綺麗になりますね!」


当たり前だ。これで汚くなったら仕事にならないだろ。

と、心の中で皮肉はいうが、そんな事を口に出せるわけがなく、あいまいに、はあ、そうですね。とだけ言った。


「そうですねって、あなたが塗ってるんでしょ?」


彼女はクスクスと笑っていた。


その笑い声を背中で聞きながら、作業の仕上げをする。


「フゥ、できた。」


犬小屋を塗りおわり、へんな所につかないようにするための養生ようじょうと呼ばれるテープを剥がす。


「1時間くらいで乾くと思うんで、それまでは気を付けてください。」


そう言いながら振り向くと、彼女は手を合わせて驚いていた。


「すごい!こんなに変わっちゃうもんなんですね!」


オレはここまで喜ばれると思ってなかったので、すこし照れながら、はあ、まあ。と、またあいまいな返事をした。


「そうだ、ポチにも見せなきゃ!ポチ〜!」


…ポチ?まさか犬の名前か?なんてありきたりな…。ありきたり過ぎて逆に珍しいぞ…。


彼女は口の前に、手で輪っかを作り、その名前を読んだ。

すると家の奥から、ドタドタと足音が聞こえてきたと思うと、小さな柴犬が現われ、彼女に飛び付いた。

彼女は小さな悲鳴をあげながら、しっかりその犬をキャッチした。


「この子がポチです。なんにでも飛び付く癖があるんですよ。」


ポチは彼女の顔をひとしきり舐め回したあと、自分の小屋の異変に気付いたようだ。尻尾をふり、かなり興奮しながら犬小屋を見つめている。


ポチは一回元気に鳴くと、一直線に犬小屋に向かう。


「あっ!ポチだめ!」


彼女の制止を気にも止めず、ポチは自分の癖を存分に発揮した。



乾ききってない犬小屋に。


「あーあ……」


彼女は、愛犬がみるみるうちに青ざめていく様を、止める気力もないような声を出して見つめていた。


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