10〜日曜日〜
オレは朝日の眩しさと、ベット脇にある時計の、耳障りなアラーム音で目が覚めた。
ベットの上でとりあえず上体を起こし、大きくあくびをしながら伸びをして、ベットから降りる。
眠気を覚ますため、シャワーを浴びにシャワー室に入る。
頭からそれを浴びている途中、仕事というフレーズが浮かび、また少し顔がほころんでしまう。それと同時に、何故か違和感を感じる。
疑問に思いながら、シャワー室から出て、洗いたての白いシャツを着る。その後作業ズボンを履いて、ベストを着てボタンを閉める。。
財布と携帯電話をポケットに入れて、タビと予備のシャツをバックに詰め込む。これで、もう朝の準備は万端だ。
玄関を出て階段を下り、ガラス張りの扉を開けると、ゴミ捨て場のあたりで、管理人がこまめに掃除をしていた。
「おはようごさいます。」
オレの声を聞いた管理人(中年の女性。…平たく言うとおばさん)が、驚きの表情をしながら口に手の平を当てるというオーバーリアクションをした。
しかし、そんな行動をする気持ちも、わからなくもない。
オレは、自分から挨拶する事はかなり珍しい。
大体は、向こうから挨拶され、それを無言の会釈で返す。
いつもそんな挨拶しかしないオレが、いきなり自分から挨拶したのだ。された本人は、相当驚くだろう。
「アラアラアラアラ。珍しいわね。紺野さんから挨拶するなんて。」
そう言いながら、手に持っていた箒を逆さまにして、さっきのポーズのまま、管理人はオレに近づいてくる。
目線はオレを定めたまま、上半身をまったく動かさずに近づいてくるものだから、オレは心なしか少し後退りしてしまう。
「は…ハァ…。まあ……」
オレは目前まで迫った管理人に、なんとかそれだけ言った。
今日はなんだか気分が良かった。まあ、その理由はハッキリとしているが。
管理人は、遠慮も無しにオレの事を上から下まで見ると、含みのある笑いを見せた。
「ははぁぁ〜ん。さては、昨日の可愛い女の子とチョメチョメしちゃった?彼女なんだか怒ってたわよ?まさか無理矢理?」
なっ…なんで理恵が来た事を知っているんだ!?
「チョッッ…!してませんよ!」
オレは、かなりの大声で否定する。オレが大声を出すことも珍しいので、管理人は、それ以上理恵については聞かなかった。
管理人はつまらなそうに作業に戻る。
掃除を続けながら、管理人が独り言のように喋る。
「まっ、いいけどね〜。管理人様はなんでもお見通しなんだから。それよりもご苦労さまね。日曜なのに仕事なんて。」
オレは管理人を見つめたまま固まってしまう。
「……………え?」
「だから、日曜なのにお仕事ご苦労さまって言ったの。」
管理人は、さも当たり前の様に言った。
辺りは、小鳥のさえずる鳴き声と、管理人の、箒を地面に擦る音しかしなくなる。
「ええェェェッ!?」
いきなり出したオレの大声に、管理人は肩をすくめ、箒を地面と水平に構えながら、辺りを素早く見回した。
「なに!?地震!?雷!?火事!?カーネルおじさん!?」
「あ…いや…。か…カーネルおじさんです…。」
「出たのね!奴が!奴は、人々を自分と同じ体型にしようと必死なの!見てみなさい!?あの手を!あの手は何を求めているの!?」
「あ…。自分、帰ります…。それじゃあ…。」
オレは踵を返して、放心したまま、マンションに戻っていった。
「あの手はアレね!多分、美人の女でも想像しているのよ!どうりであの顔!死んでも悔いは無いって顔してるもの!ああ、ケダモノ!男はいくつになってもオオカミなのよ!気を付けなさい!きりきり舞いよ!きりきり舞いよ!あら?これは違う曲ね………――――。」
―――…今日は日曜?どうりで違和感があったわけだ……。
オレは自分の家に戻って、とりあえず作業服を脱ぎ、デニムパンツを履いた。
……張り切りすぎた。日曜なのに仕事があると勘違いするなんて。
ひとまずリビングのソファに腰掛ける。壁掛時計をみると、短針は7を指していた。日曜日に起きる時間じゃない。
今日一日の出鼻を挫かれたような気分になり、することが無く途方に暮れていると、携帯の着信音が鳴りだした。
オレは自分の部屋の、ベットに放っていた作業服のズボンから携帯を取り出す。
バイブレーションの振動が伝わる中、二つ折りの携帯を開くと、画面を見る。
その画面に表示された名前に、少し胸が高まる。
通話ボタンを押して、耳にあてがう。
『おっはよ〜!』
電話先の、相変わらずの喧騒に、少しおかしくなってしまう。
「おはよう。……どうした?」
挨拶を返した後に、今は日曜の早朝と言う事に気付き、疑問に思う。
『頼みたいことがあるんだけど……いいよね?』
理恵が断れない雰囲気を出しているが、まず、内容を聞かなければ了承できない。
「まあ、用事は無いし、構わないけど……どんな事?」
『そっかそっか!頼まれてくれるか!』
「いや、まずどんな事か言ってくれなきゃ。」
『うんうん!ありがとう!じゃあ、10時に私の家ね!』
……会話が噛み合わないな。電波が悪いのか?いや、多分、理恵の頭の電波が悪いんだろうな。
「理恵、電波大丈夫?」
「ん…?私の携帯は全然大丈夫だよ。」
いや、頭の。
……なんて言えるわけがない。
『じゃあ!そういうことで!』
理恵がそう言うと、プチッ、と、通話の切れる音がした。
…いや、何がそういうことなのか分からないんだけど…。
そんな事を思いながらも、日曜の真っ白だった予定が少し黒に染まったことに、そこまで悪い気はしなかった。