第八話「魔法使いの幼馴染」
火精霊が魔力食いと戦っている後ろで、子供たちが泣きじゃくり、村娘がなんとか子供たちを逃そうとしている姿がフウリの目に入る。
フウリは急降下しつつ、魔力食いに風の刃を無数に叩き込む。
ふわりと、フウリが火精霊の前に降り立ったときには、魔力食いがいたところは、地面が抉れ土煙が立ち込めていた。
「間に合ったようで良かったです。そこの娘、子供たちは全員いますか?」
フウリは土煙の向こうを見つめながら、顔を向けずに村娘に話しかける。
村娘、リリィは目の前で起きた事象に一瞬呆然とするも、すぐにフウリの質問に答える。
「は、はい、皆います!」
「それでは、急いで逃げてください。私たちが足止めしますので」
全員いることに心の中で安堵したフウリは、守りながら戦うには心許ないと思い、冷静な顔で魔力食いと反対方向を指差し言う。
土煙がはれてくると、うごめく影が見える。
「分かりました!ほら、皆立って!逃げるよ!」
その影が見えたリリィは、急いで子供たちに向き返り促す。
しかし、子供たちは泣きじゃくり、なかなか移動しようとしない。
そして、フウリたちの事情などお構いなしに魔力食いが襲い掛かってくる。
魔力食いは、オークの変異のようだがほとんど原型を留めておらず、体中から黒い霧のようなものを撒き散らし、腕を振り上げて攻撃してくる。
「く、存外早い攻撃ですね・・・!」
避けると、後ろにいる子供たちに当たってしまうため、避けるわけにも行かず、フウリは魔力食いの攻撃を風で防ぎ、いなしている。
火精霊も隙を突いて攻撃するが、消耗が酷く有効打にならない。
魔力食いはすばやい動きで、消耗している火精霊を狙ってくる。
それをフウリがいなしながら、近づいて来ているであろう主の気配を探る。
「魔法に対する耐性も半端ないですねぇ・・・まぁ私は時間稼げばいいので」
そう言うと、フウリは突風を起こし魔力食いを吹き飛ばす。
しかし、魔力食いはすぐに木を蹴って戻ってきて、腕を振り下ろし攻撃する。
「守りながら戦うのは久しぶりです。主はあまり守らせてくれませんからね。しかし、もう終わりです」
フウリは魔力食いの攻撃を風で受け流し、体勢が崩れた隙に風の刃を数発叩き込み、足止めする。
瞬間、魔力食いの姿がぶれたかと思うと、真っ二つになり崩れおち、黒い霧となって消えていく。
成り行きを見ていたリリィは何が起きたか理解できなかった。
「遅いです、主。落第点です」
魔力食いの消え去った後にはクリスが立っていた。
「厳しいな!フウリがいないし、魔力もろくにない状態で、こんな急いできたのに!むしろピンチに来て颯爽と悪を倒した白馬の王子さまじゃないか!っていうか本当に切れてびっくりだわ!なんか黒いの出てたけど、呪われないよね!?もう呪いは嫌なんだけど!」
大分急いだのだろう、クリスは息も絶え絶えなのに、それでも大声で叫ぶ。
「次からもう少し早く来てください、危うく本気を出すところでした。あと、主の剣なら切れるって言ったじゃないですか。呪いは分かりませんが、魔剣が粗方吸ってたようなので、もしかしたら何かあるかもしれないですね。よかったですね、主」
「おいいいい、無理無理!魔剣何食ってるのおおおお!ダメでしょ!ぺってしなさい!」
フウリの発言を聞いて、クリスは大きく剣を振り回す。
その奇行の最中に、リリィと子供たちが目には入り、取り繕うかのように襟を正す。
「ま、まぁ、なんにせよ、無事でよかった。皆怪我はないかい?リリィも久しぶりだね?」
クリスはところどころ服がぼろぼろになり、枝が刺さっていたり、顔に傷ができてる。
そんなぼろぼろの状態でリリィに近づくと、キザったらしい笑みを浮かべ手を差し伸べる。
「主、その顔は気に障るのでやめてください」
「おま、気に障るってひどくない!?」
そんなクリスの行動をフウリはまるで無表情にばっさりと切り捨てる。
そこで、目を白黒させたリリィがやっと答える。
「えっと、そこの女性が守ってくれたので皆怪我は無いですけど」
そして落ち着いてきたリリィは、助けてくれたであろう青年の顔をみる。
「・・・あ、あー!クリス君!あれ!?何でいるの!?帰ってきたの!?その女の人だれ!?っていうかさっきの化け物なに!?どうなったの!?」
リリィは村でも元気がよく、その容姿と相まって結構村の男にも人気がある。
「おっと、帰って村長に報告しないと」
しかし、疲れているところでこの質問攻めに答えるのは面倒だとクリスは判断し、踵を返す。
「ちょ、ちょっと待ってよ!置いてかないでよ!」
慌ててリリィはクリスに手を伸ばし、逃さないとばかりにその服を掴む。
「後は任せた、フウリ」
「面倒を押し付けないで下さい」
「め、面倒ってどうゆうこと!?クリス君!」
服をリリィに掴まれたクリスは、その場でフウリに向き直るとリリィを指差し、差し出そうとするも素気無く断られる。
そのやり取りをみて、リリィは掴んだ服を引っ張りながら問い詰める。
「俺、ここまで超特急で来て、本当になけなしの魔力まで使ってふらふらなんだよフウリ」
「私も疲れました、帰って寝たいです」
「お前寝ると回復するのか・・・?」
「するわけないじゃないですか、気分です」
「ですよねー。んじゃ、二人で帰るか。家まで飛んでく?」
「いいですね。面倒事はいつも後回しにする主のその姿勢、私は好きですよ」
リリィを無視して仲良さそうに会話を重ねていくクリスとフウリに、リリィが疎外感から叫ぶ。
「うがああああ!無視するなー!」
「うがーって年頃の娘が上げる声じゃねえぞ!慎みたまえ!」
「そうですね、うるさいですよ娘。主との癒しの時間を邪魔しないでください」
叫ぶリリィを一瞥して二人はそれぞれ注意する。
「ふ、二人してなにさ!そんな怒鳴らなくてもいいじゃん!っていうか説明してよー!」
「俺は毎回あんまり癒されないんだけど、どうなってるの」
「仕方ない主ですね。今度とびっきりの癒しを私が提供しましょう」
「お、なになに?精霊の癒しなんて、俺想像つかないなぁ」
駄々をこねるように、クリスの服の端を掴んだ手を振り回すリリィに、しかし二人は無視を決め込んで無駄話をはじめる。
「無視しないでよぉ」
「落ちるのと、上がるの、どっちがいいですか?」
「おいまてや、なんか不吉な感じがするぞ・・・?」
「いえ、ただ急降下するか急上昇するかの違いですよ?どっちもがいいんですか?主も欲張りですね」
「あぶねぇよ!?癒されねぇよ!?欲張らねぇよ!?」
「私はそれをすると癒されます」
「お願いだから無視しないでぇ」
リリィは段々と涙をためて、力なくクリスの服を引っ張る。
「やっぱ、癒されなくていいわ・・」
「我がままな主ですね」
しかし、結局リリィに構うことなく二人は会話を続ける。
「うう・・・、クリス君が数年ぶりに帰ってきたと思ったら、私を無視して知らない女の人といちゃいちゃしてるぅぅぅ」
黒い霧が晴れ、森はにぎやかになってきた。