第七話「魔法使いと魔力食い」
フウリを待たせて、村長の家の玄関をまたぐ。
「ちわー」
「挨拶くらいちゃんとせんか!」
クリスの挨拶に怒鳴る村長。
いつも集会をしている部屋にクリスが行くと、昨日とほぼ同じ面子が集まっていた。
「すんません。それで、村長。昨日は言いそびれましたが、少しの間村に滞在したいのですが、よろしいですか?」
クリスは居住まいを正し、村長をまっすぐ見る。
「う、うむ。それは問題ないが。敬語を使われるのも、ちとむず痒いのぉ。というか、滞在なのか?住まないのか?」
「ええ。王都の学校を卒業したので、家族の様子を見に帰ってきた次第です。少ししたら王都に戻ろうと思います」
途端、集まった面々にざわめきが広がる。
「王都の学校だと!」
「嘘だろ・・・」
「木の棒しか持たないで出て行ったって話なのに」
「王都の学校で雑用してただけなんじゃ」
「俺の色本・・・」
昔からクリスを知っている、そして叱ってきた面々は、その事実を受け入れられないようで皆一様に信じられないという顔をしている。
村長がそんな面々を見て一喝する。
「静まらんか!」
すぐに皆が黙り込み、しかしやはりどこか信じられないという顔をしながら、次の言葉を待つように村長に視線を向ける。
「して、王都では何を学んだのだ?」
「魔法について少し」
村長が回りを気にしつつ厳かに聞くと、クリスもその雰囲気に呑まれて緊張気味に答える。
「む、そうなのか、てっきり剣術だと思ってたのだがな、あと喋り方はいつも通りでいいぞ」
まさか、建前だと思うが騎士になると言って出て行った子供が、魔法使いになって帰ってくるとは思わなかった村長は、その突拍子もない子供がいまだに敬語を保っていることに違和感を覚えてそう言う。
「ひゃっほい!敬語とかあんまり使わないから疲れるんだよね!」
クリスは村長の言葉を聞いて、すぐにはっちゃける。
「はぁ、お前という奴は・・・。まぁいい。お前が望むなら村の空家を貸してもいいから、村に残る気はないか?」
村に魔法使いがいれば、実力なんて無くても、何かと役に立つし、字の読み書きが出来るというだけで貴重なのだ。
「うーん、まだやり残した研究もあるし一度王都に戻るよ。師匠にも恩返ししたいしねー。けど暫くはいるつもりだし、戻った後もちょくちょく帰ってくるよ」
「そうか、残念だが、仕方ないか」
「すんません」
村長の本当に残念そうな顔に、五年も心配をかけたということも自覚しているクリスは罪悪感を覚えて心から謝罪する。
「よいよい。ところで他の者には挨拶してきたのかの?リリィは特に心配しておったんだぞ?」
村長は謝るクリスの真剣さを感じ取り、あまり思いつめないようにと殊更明るく話題を変える。
「このあと行って来るよ」
「ふむ、この時間なら、皆畑だな。ちゃんと顔を見せに行くんだぞ」
「はーい。あ、それと村長、森になんかいるじゃん?あれの件なんだけど・・・」
クリスが本題に入ろうとしたところで、部屋のドアが開く。
「村長!大変です!」
件のリリィの妹、ユリィが息せき切って入ってくる。
その姿を見た集まっていた面々が、何事かとユリィを囲み事情を聞く。
「どうした、ユリィ!?」
「ね、姉さんが、森に入った子供たちを追って森に!」
集まっていた村人がユリィの言葉を聞き、今の森の現状を思い浮かべ騒ぎ出す。
「子供っていうとあの悪ガキどもか!」
子供たちとは、騎士団の面々である。
「な!森は今やべぇんだぞ!」
「化け物がうろついてんだ!」
狩に出た時に魔物の凄惨な死骸を見た者が、子供たちのことを想像して顔を青くする。
「すぐ呼び戻しにいかないと」
「けど、魔物だって何体も食い殺されてるんだぞ、俺たちで行っても・・・」
「おい!子供を見捨てるってのか!」
森で魔物を食い散らかす化け物を相手にすることに怯む村人に、別の村人が食って掛かる。
男たちが取っ組み合いになって意見をぶつけ合う。
「静まれ!」
村長が立ち上がり一喝するも、いつもはすぐに静まる面々が更に言い募る。
「だけど、村長!」
「おぬしらが騒いでも仕方ないだろう!すぐに若いもん集めて森に行くぞ」
村長は子供を見殺しにするなど論外だとばかりに叫ぶと、全身の雰囲気で周りの面々に有無を言わさぬ圧力をかける。
村人たちは、すぐに村長に言われた通りに動こうとする。
「あ、村長」
そんな中、クリスが声を上げる。
「クリス、今状況を説明している暇がないんだが、森に一緒に来てくれんか?」
ここ最近の森のことを知らないであろうクリスに村長は、説明する間もおしいと早口に告げる。
「ああ、森に行くのはいいんだけど。先に行くから、村の人は森の入り口で待っててもらえないかな」
「おい、何言ってるんだ!今、森には化け物が!」
「正体も分かってるから。ちゃちゃっと倒しちゃうからさ。森の入り口で子供たちを頼むわ」
クリスは森に化け物がいると言われても、気にした様子もなく、お使いにでもいくかのように村人たちに言い放つ。
クリスにとっては、村人たちがいくら武装しても邪魔になるだけなのだ。
フウリに任せれば、探すための人数も必要ない。
「しかしな!」
言い募る村人を押し戻して村長がクリスと向かい合う。
クリスの目をじっと見つめる村長。
「分かった。子供たちとリリィを頼む」
クリスの真剣な目と先ほどの発言から、ここにいる誰よりも事態を把握してるのだろうと思った村長は即決断する。
「村長!?」
「クリスの弓の腕は、おぬしらも知ってるだろう。魔法も使えるんだ。わしらがいても邪魔なのだろう」
「村長がそう言うなら・・・」
村人たちは村長の説得にしぶしぶ引き下がる。
クリスは心の中で、無条件に信じてくれた村長に感謝をする。
「そんじゃ行って来る」
クリスはそう言うと何か呟き、瞬間村長らの目の前から掻き消えた。
フウリは、村娘が村長の家に駆け込んだとき、クリスに契約を通して話かけていた。
『主、何やら慌しくそちらに向かった娘がいましたよ』
『うん、今ちょうど来たね』
少し途切れてから、クリスが慌てた言う。
『まずい!子供が森に入ってそれを追って娘も一人入ったらしい!』
『森は魔力食いの狩場になってますから、危険ですね』
『すぐ追いつくから、先に行って子供たちを探してくれ』
『分かりました』
クリスの指示を聞いて、フウリは晴れ渡った空に急上昇すると、まるで本物の風のように森を目指し高速で移動する。
フウリは森に着くと、昨日助けた火精霊の戦っている気配がすることに気づく。
『主、昨日助けた精霊が戦っているようです。たぶん相手は魔力食いですね。人の気配もします』
森の上空で待機しながら、フウリはクリスに契約を通じて状況を報告する。
『すぐ行ってくれ、俺もフウリを目印に向かう』
『分かりました』
クリスの返答を聞くと、フウリは戦いの気配がするほうへ急ぐ。
クリスも、フウリの補助が無い中、なけなしの魔力を使い高速で移動する。
「頼むから、無事でいてくれよ!!」
魔法使いは祈り、さらに加速する。