第二十三話「魔法使いの仲間模様」
クリスたちは、グルーモス王の計らいでディサン同盟国近くまで馬車で送ってもらい、そこから徒歩で国境を越えようとしていた。
「町並みもなかなか綺麗だったなぁ」
「今度は観光で来ましょう、主」
クリスがグルーモス王国の景色を思い出し、しみじみと言う。
フウリも素直にクリスの言を肯定する。
一向は平原の中を、ディサン同盟国に向かって歩いている。
道の先には砦があり、両脇には森が広がっている。
「あの森は、ディサンでも迷いの森っていうんで有名なんですぜ」
「砦以外から国境を越えようとすると、魔物の餌になること請け合いです」
「一説にはグルーモス側からの侵攻を防ぐために魔法をかけて、強い魔物を放ったとも言われているわ」
ソドとバールとルドが目の前に広がる鬱蒼とした森の説明をする。
出身国ということもあり、獣人たちの説明も力が入っている。
「腕がなりますね、主」
「何をする気だ、フウリ」
謎のやる気を見せるフウリに、クリスがとりあえず止めに入る。
「あぶない、もやす?」
「何をする気だ、フィリス。っていうか、似てきたな本当に!」
着々と母に似てきた娘に嬉しいやら悲しいやら、声を上げるクリス。
親子にしか見えない三人の様子を見て、獣人たちと竜人が楽しそうに眺める。
それとなく、バールの近くに寄り添うルドと、ソドの近くに寄り添うソフィーニ。
「ふむ。さすがフウリさん、いい仕事してますな」
「ふふ、お褒めに預かり光栄です。しかし主もいいお仕事をしたようで」
バールたちの様子を見たクリスが、芝居がかった調子でフウリを褒める。
フウリも同じ調子で返事をする。
その様子を見ていたフィリスが、参加したそうにクリスに手を伸ばす。
「どうしたのですかな、お嬢さま」
「ん、ふぃりすも」
「仰せのままに」
クリスはフィリスを持ち上げると、そのまま抱き上げて肩車する。
芝居口調を続けるクリスにご満悦のフィリス、その様子を見てフウリが微笑む。
グルーモスの王都からディサン同盟国との国境につくまでに、クリスたち一行にも様々な変化があった。
ソドとソフィーニはグルーモスの王都を出た後も、暇を見つけては稽古をしていた。
ソフィーニの上達速度はソドも舌を巻くほどであり、教え甲斐があった。
そんな二人であったが、その日はいつもに増して真剣にソドに打ち込むソフィーニの姿があった。
その原因は何気ない風を装ってソフィーニがソドに持ちかけた話からであった。
「勝てたら一個だけ言うことを聞いてほしい?俺に?」
「ん」
珍しく稽古中だというのにそわそわしていたソフィーニに、どうしたのか尋ねたら返ってきたお願いに驚くソド。
本人はさりげなくお願いしようとしていたのだが、土台無理な話であった。
「んー、まぁあんまり無理なお願いじゃなきゃいいぞ?」
「本当!?」
「おう。ただ勝てたら、だからな!」
「うん!」
いつも以上に目をらんらんと輝かせるソフィーニ。
こうして、いつも以上に気合の入った竜人が獣人を追い詰めていくのだった。
ソフィーニにとってソドは、最初は気に食わないやつであった。
獣人のくせに尊敬する人物は人間ということが、どうしても納得いかなかったのだ。
そうして試合をすれば、種族差を覆されぼろ負けしてしまい、ソフィーニはとても悔しい思いをした。
そしてなにより、ソドの尊敬する人間は本当に強く、自分すら足元にも及ばないベアードと互角に渡り合う姿もやはり悔しかった。
それから、ソフィーニは稽古をつけてもらうようになり、ソドの評価は徐々にレベルアップしていった。
稽古をつけてもらっているのだから、お礼をしないといけないとエルモアに言われたソフィーニは、言われるがままにお礼を実行した。
そうしたら、自分の体は大切にしろと本気で説教をしてくるソドに、ソフィーニはなぜだか面白くないと思い、しかしその感情がどこから来るか、判断できずにいた。
しばらく悶々していたソフィーニだが、エルモアが旅の最中で困ったことがあれば頼りにするよう言っていた風の精霊に相談し、その感情の正体を知ることとなった。
つまり、好意だ。
力こそ全て、と言い出しそうな環境で育ち、ソフィーニは異性への好意というものがいまいち分からずにいた。
そもそも同年代の男は力も無い癖に威張り散らす里長の息子を筆頭に、あまりいい思い出がなかった。
しかし、自分より強いのに決してそのことを鼻にかけず、得にもならないのにしっかり稽古をつけてくれ、普段から何かと周りに気を利かせて動くソドに出会い、ソフィーニは好意という感情を理解するようになった。
自覚したら、その感情はソフィーニの心を大きく占めるようになった。
そうして信頼を置く風精霊に相談し、貰ったアドバイスを実行に移すことになった。
それが、勝ったらお願いを聞いて作戦、であった。
その試合は、緊迫した緊張感を保って続けられていた。
ソフィーニが果敢に打ち込めば、ソドが上手に捌く。
ソドが巧みに攻めれば、ソフィーニが必死に防ぐ。
一進一退の攻防は続き、しかしやがてソドが押し始める。
いくら竜人とはいえ、長期戦になるとまだまだ男であるソドに軍配が上がる。
しかし、そのことに慢心したのか、ソドの若干大振りの一撃をソフィーニが気合で回避して、木剣をその鼻っ面に突きつける。
初めてソフィーニがソドに勝利した瞬間であった。
「私の旦那になって」
「へっ!?」
「番いになって」
教え子の成長に嬉しくもあり、負けた事への悔しさも少し覗かせ、何か欲しいものでもあるのかと尋ねた敗者は、勝者の欲しいものに驚きを隠せない。
「お、お、おちつけそふぃーに」
「私は落ち着いている」
あまりの事態に、ソドの口調が退行する。
それに対して、いたって冷静に返事をするソフィーニ。
「あー、うん」
「返事は?」
落ち着いてきたソドを見て、ソフィーニが返事を急かす。
「急すぎるわ!まったく、なんでまた俺なんだ?」
「好き」
ソドの問いにソフィーニは間髪いれずに返事をする。
「直球だな、おい。まぁ、なんだ、その」
「その?」
「俺も、お前のことは嫌いじゃねぇ」
「じゃあ、好き?」
期待に満ちた目をしてソフィーニがソドを見つめる。
「あー、まぁ、好きだな。ああ、好きだ。だけどな、ソフィーニ。俺は竜人と番いになれる自信がねぇのよ。竜人っていやぁ、俺ら獣人からすれば、大げさに言えば雲の上なのさ。剣だって今はまだ俺が勝ってるが、遠くない未来にはお前のほうが確実に強くなる。そんとき、俺と番いになったことを後悔させない自信が俺にはねぇのさ」
ソドは剣を合わせたときから、ソフィーニのことが気になっていた。
自分には無いものを持っているソフィーニに、ソドは嫉妬すら覚えた。
なにせソフィーニは底無しに技術を吸収し、どんどん強くなっていくのだ。
しかしソドは嫉妬以上に、ソフィーニの成長に関われることに感謝した。
純粋に、自分との稽古で強くなっていくソフィーニを見て、嬉しかったのだ。
そして、その思いは好意という形でソドの心に根付いた。
しかし良くも悪くも、獣人も竜人も実力主義であるから、ある程度理解できるのだ。
妻より弱い夫の夫婦がどうなるかということを。
より実力主義社会である竜人の里で育ったソフィーニに、夫が弱いということが許容できるとソドには思えなかったのだ。
確かに竜人と獣人の夫婦というのは、過去にもいた。
しかし、夫が竜人、妻が獣人という組み合わせのみだ。
それほどまでに、男が弱いということが許されない社会なのだ。
ソドは、そのことをなるべく分かりやすく言葉にする。
「大丈夫」
「へ?」
しかしソドの説明は、ソフィーニの一言のもとに切り捨てられる。
「それはフウリ姉に言われた」
「姐さんに・・・」
「うん。それでたくさん考えたけど、剣が強いからソドが好きなわけじゃない。優しいから、好き。団長との稽古でどんなに打ちのめされても、必死についていこうと努力しているところが好き。バールと馬鹿して、笑ってるところが好き。ご飯いっぱい食べるところが好き。他にもいっぱい、好きだ。もちろん、嫌なところもあるけど、それ以上に好き。強くても弱くても関係ない。だって私、ソドに勝った、それでも好き。だから・・・」
ソフィーニは必死に考えて出た結論を、なんとかソドに伝えようとする。
しかし、最後の一言をソドによって止められる。
そしてソドが決意したようにソフィーニを見る。
「そうか、有難うな。そんでもって、ごめんな、お前の気持ち、見くびってた。だから、その、なんだ。俺から言わせてくれ・・・ソフィーニ!お前が好きだ!俺と結婚してくれ!!」
「・・・うん!!」
返事と共に、ソドの胸めがけて飛び込むソフィーニ。
ソドが受け止めきれずに、地面に倒れこむ。
地面に寝転がり、抱き合いながら見詰め合った獣人と竜人の番いは、どちらからともなく笑い合うのだった。
「ところで俺の嫌なところって?」
落ち着いたところで、ソドがソフィーニに質問を投げる。
「ルドにかまいすぎるところとか、皆に優しすぎるところ。ソド気づいてないけど、町で荷物持ってあげたり、絡まれてるところ助けてあげたりで、よく惚れられてる」
「・・・やべぇ」
その可愛い嫉妬を惜し気もなく披露したソフィーニに、ソドがノックアウト寸前まで追いやられる。
「?」
「な、なんでもない!」
心配そうに見つめてくるソフィーニに、ソドは精神的にふらふらになりながらも気丈に振舞う。
「けど、そんな優しいところも好き」
「ぐはっ。もう勝てねぇよ・・・」
無邪気で強烈なパンチにノックアウトされたソドは、強さとは何か真剣に考え出す。
「ソド大丈夫?」
「へ、平気平気。まぁ、その、安心しろ、俺もソフィーニが好きだから」
「うんっ」
笑い声に誘われて様子を見にきた魔法使いが、その甘ったるい空間を見て、普段の行いを顧みずに毒づいていたとか、いなかったとか。