第四話「魔法使いと母と弟」
「うおおお、帰ったぞおお」
「うるさいわね、お帰りなさい」
クリスは家に入るなり騒ぎだす。
「我が家はいいね、一番だね!王都なんてほこりっぽいし、それに比べてこの村はなんて清々しいんだ」
クリスはテーブルについてくつろぎ、マリアンはお茶を入れて戻ってくる。
「あんた、王都にいたのかい」
「うん。騎士になるつもりだったからねー」
クリスはお茶を飲みつつ答える。
「うそおっしゃい。あんたが何で家を出たかなんてこっちはお見通しよ」
「う、嘘じゃねーし!騎士になるつもりだったし!」
しどろもどろに叫ぶ息子に母は呆れ顔だ。
「あの年は、ウルバが死んでから初めての不作だったかね。本当ならジョシュをどこかに奉公に出さないといけなかったのを知って、出て行ったんでしょ」
ウルバとはクリスの父、マリアンの夫である。
「う・・・。ま、まぁ、それが関係してないといったら嘘になるけど、本当にそれだけじゃなくて、騎士になりたいってのも理由だったし。そもそも、ジョシュのほうが俺より何倍も畑仕事できるからね」
すっかり見破られていたクリスは、少し赤い顔で本音を語る。
「はぁ。あんたが納得してるならいいけどね、母としては複雑だわ。今からでもジョシュと土地半分ずつとかしない?」
「そんな慣習作ると村の人たちに睨まれるからやめとくよ。ジョシュは家の農地をちゃんと相続したんでしょ?」
「ぐずったけど、村長にも話して、ちゃんと相続させたわよ。村長もうすうすあんたが出て行った理由気づいてたみたいだけど黙っててくれてね。ジョシュは年齢的にはちょっと早かったけど、体でかいし体力あるから大丈夫だろうって、村のみんなも説得してくれたわ」
「ああ。ジョシュはでかかったからなぁ」
マリアンの話に、クリスはどこか懐かしそうに弟の姿を思いだす。
「あれからもっと大きくなったわ」
「え!?何食ったらそんなにでかくなるんだよ!」
しかし、マリアンの言葉で思いだした弟の姿が霧散する。
「あんたと同じ物食べさせてたんだけどねぇ」
しみじみとマリアンがお茶を飲みながら語る。
「身長の格差社会や!」
「主もそこまで小さくはないでしょう」
「弟より小さいだけで俺のプライドはズタボロなんだよ・・・」
クリスはどこか哀愁の漂う背中で語る。
「主のプライド・・・?ああ、あれですか、遺跡でよく捨ててますよね」
「プライドなんて遺跡じゃ邪魔なだけだよな」
無駄にプライドが高いだけで食っていけるのは貴族だけ、クリスはそう思っている。
「さすが主です。早さに自信のある私も、あんな見事な逃げっぷりは真似できません」
「毎度毎度抉り込むように言葉の暴力を振るってくるな・・・ってあれ?」
「どうしました、主?」
いつも過ぎるやり取りに、やっと何かに気づいたように横を見るクリス。
フウリが首をかしげてクリスと見つめ合う。
「何、さも当然のように会話に混じってるの」
「やっと気づきましたか、鈍いですね主。それだから、女性との出会いも見逃すんですよ」
「最近、フウリの罵倒に慣れてきた自分が怖い」
「変態主ですね、無職と並べるともう手の施し様がないですね、ご愁傷さまです」
「えーっと、馬鹿息子。そこの綺麗なお嬢さんはだれだい?!」
突然現れた美女に驚いて、固まっていたマリアンが再起動してクリスを問いただす。
「これはこれは。挨拶が遅れまして、大変失礼いたしまた。私、主と契約させていただいております、フウリと申します。未熟な身ではありますが、誠心誠意クリス様に尽くしていきますので、どうかよろしくお願い致します」
綺麗なお辞儀とともにフウリは自己紹介をする。
「ちょ、馬鹿!フウリ!大事なところが抜けてるよ!?」
「何が大事なところよ!馬鹿息子!都会に行って帰ってきたと思ったら、こんな別嬪さんと契約して主なんて呼ばせるなんてどういう了見だい!もう少しお仕置きが必要なようね!表に出な!」
「勘弁してくれえええええ」
その自己紹介に足りないものを感じたクリスが叫ぶが、マリアンが腕まくりをして睨みつける。
「ふむ、大事なところですか、主・・・ああ!そうですね、誤解を招いてしまいました。失礼しました。主とは契約してますが、ほとんど対価も頂いておりませんよ」
「違うよおおお!?そうだけど、違うよおおお!!?」
思いだしたように手を打つフウリを見て、クリスは期待の眼差しを向けるも、見当がはずれて叫ぶ。
「あ、あんたって子は・・・!そんなことする子じゃないと思ってたんだけどねぇえ!?都会に行って根性が腐っちまったのかね!」
「おいいいい!信じてくれよ母さん!ってか、フウリも悪ふざけが過ぎるって!」
マリアンの雰囲気に押され、クリスは必死に状況を打開しようとする。
「ふむ、すみません、主。お母様も途中から気づいてるようでしたので、少し悪乗りしてしまいました」
「母さんもぐるかああああああ!」
結局二人にからかわれてただけだと分って叫ぶクリス。
「五年も心配かけた罰さ。それにしても、あんた中々面白い娘さんを連れてかえってきたじゃないのさ」
「主をからかうのは私の趣味ですので」
「ここに味方はいないのかあああああ!!」
悪びれもしない二人を見てやっぱり叫ぶクリス。
「そんなことより、この娘さんとはどんな関係なんだい?」
「そんなことって軽く流さないで・・・」
「私は主と契約した精霊兼嫁です。お義母さま、これからよろしくお願い致します」
「あら!まあまあまあ!こちらこそこんな馬鹿息子ですが、可愛いところもあるので、見捨てないでやってくださいね」
フウリが事実を少し捻じ曲げながら伝え、マリアンがそれを受け入れ嬉しそうに言う。
「おいいい!精霊が嫁とか聞いた事ねえよ!?そんな契約してないからね!?」
このコンビにたまらずクリスは叫ぶが、同時にこの二人には何言って無駄だと思い始めていた。
騒いでいると、玄関が開く音と共にどたどたと慌てたような足音が響く。
「母さん!兄さんが帰ってきてる本当!?」
「本当よ、ほらここに」
マリアンがクリスを指差すと、クリスの弟、ジョシュがクリスをロックオンする。
そして一息に間合いを詰めると、クリスを力一杯抱擁する。
「兄さんっっ!生きててよかったよぉぉぉ」
「ああ、心配掛けたなって痛い痛い、馬鹿、絞めすぎだあああああ」
「に゛い゛さ゛ぁ゛ん゛~」
「聞いてねぇぇ!おいまじで体格差考えろおおおお!ギブ!ギ・・・ブ・・・」
段々、動かなくなっていくクリス。
「こら。ジョシュ、クリスがぐったりしてるから離しな!」
「うあああ、ごめんよ兄さん!嬉しくてつい」
ジョシュはしゅんとうつむく。
「はぁはぁ。殺す気か!」
「ごめんよぉ」
「ああもうわかったから涙目になるな鬱陶しい」
「うん・・・」
うなだれるジョシュ。
それを見て、クリスはため息をつきつつ、丁度目の前にきたジョシュの頭を撫でる。
「すまんかったな、家のこと全部任せちまって」
「に、兄さん!そんな、僕のほうこそ!」
そう言ってジョシュは両腕を広げる。
「ああまた抱き着こうとするな」
「う、ごめんなさい」
「はいはい、もういいから、とりあえず畑仕事の泥落としてこいよ」
「うん、洗ってくる」
ジョシュは家の裏の井戸へ向かう。
「相変わらずだなぁ、あいつは」
「あんたが出て行った理由も、最近気づいたみたいでね、少し落ち込んでたのよ、あれでも」
でも少しは元気でたんじゃないかしら、とマリアンが続ける。
「主が家を出た理由ですか?騎士になるためでは?」
マリアンの言葉にフウリが食いつく。
「あら、お嫁さんにも何も話していないなんて、いけない子だわね、あんたは」
「おいちょっとまってください、嫁じゃねぇですよこいつは」
「また、そんな照れちゃって。こんな息子だけど結構家族思いなのよ、家を出た理由だって本当は」
「おおおっと、そこまでだぜお母様」
「主は黙っていつも通り壁の花になっていてください」
「ひどいわ!パーティーでもいつの間にか壁際に移動してる俺に向かって!」
「で、あの子が家を出た理由なんだけどね・・・って理由なのよ」
「まあ、主は家族思いなんですね、そういえば学院でも女の子に言い寄ってた貴族に・・・」
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弟が戻るまで、部屋の中央で女二人がかしましく話をし、隅ではいじけている魔法使いの姿があったとか・・・