第三話「魔法使いは初代騎士団長」
けしからんフウリを見送ったクリスは、村の前まで足を運ぶ。
「お、おい、お前!さっきから一人で大声だしたりしやがって!怪しい奴は村には入れないぞ!」
ちょうど村の前で遊んでいた少年たちが声を上げる。
精霊は基本、ある程度魔力を扱える者にしか見えない。
よって、フウリと話しているクリスは独り言を言ってるように見えるため、 学院外でもあまり人がよりつかなかった。
フウリなら、人に姿を見せることも簡単なのだが、あまり王都で人前にでようとする事は無かった。
「怪しいだと!こんなシティボーイの俺を捕まえて怪しいだと!この田舎者が!お前じゃ話にならん!村長を呼べい!」
クリスはまるでギルドのカウンターにたまにいる、たちの悪い客のような言葉と仕草で子供たちに向かう。
「ふ、ふざけやがって!この!!」
「おれたちにかなうと思うなよ!」
「ぼっこぼこにしてやんよ!」
「僕たちはトリエ村騎士団だぞ!」
「けどあの剣本物じゃない?やばくない?」
「ばっか、どうせ偽物だって」
「金持ちそうな顔じゃないだろ」
少年たちは口々に言い、木の棒を振り上げて威嚇する。
子供たちの中では、クリスが怪しい奴から、大悪党にまでランクアップしている。
「木の棒・・・それにトリエ村騎士団だと・・・。くそ!なんてことだ。俺の負けだ・・・。好きにしろ・・・」
少年たちが振り上げる木の棒を見て、がくりと膝をつくクリス。
ちなみに、トリエ村初代騎士団長はいま膝をついている。
「分かればいいんだ!」
現騎士団長が、膝をつくクリスを上から見てふんぞり返る。
「けどこいつどうする?」
「自警団の兄ちゃんたちのところに連れてく?」
「それがいいな、これでこの前、商人さんを間違えてつかまえちゃったのはちゃらだな!」
「兄ちゃんたち、村長の家に集まってたよな」
団長の後ろで、この大悪党をどうするか、処遇を決定する会議が行われる。
「よし!ついて来い!村長の家にいくぞ!」
後ろの会議で決定したことを耳に入れ、団長が号令をかける。
そうして結局、クリスは故郷の村へと、子供たちに引っ立てられて足を踏み入れる。
「よし、お前はここで待ってろよ!今兄ちゃんたち呼んでくるから」
そう言い残して子供たちは村長の家に入っていく。
クリスは一人になってしまい、後ろから村長の家に入ってしまおうか迷っている。
「お前ら、何しに来た!今日は大事な話してるから、村の外で遊んでろって言っただろ!」
すると怒鳴り声がしてきたので、反射的に目を瞑って衝撃に耐えるように首をすぼめるクリス。
よくこの怒鳴り声と共に殴られていたクリスは、「お前」の「お」の時点でこの防御体制を取る。
しかしいつもは瞬間に来る衝撃がこないので、クリスはゆっくり目を開けて防御体制を解く。
そして自分が怒られているわけではないことに気づき、周りを確認し誰も見て無いことにほっとする。
クリスが奇行に走っている中、子供たちは必死に弁解していた。
「ちがうんだよ兄ちゃん」
「悪党を村の前で見つけたんだ!」
「それでみんなで捕まえて連れてきたんだよ!」
「凄いだろ!」
と、自慢げな子供もいる中、一発の雷が落ちる。
「お前たちは!!また、そんな勝手なことして!!何度言えば分かるんだ!!本当に危ない奴だったら、最悪殺されてしまうかもしれないんだぞ!!」
子供たちの弁解は怒鳴り声にかき消される。
旅の商人を捕まえたときにも、同じことを言われて、こっぴどく怒られているトリエ村騎士団員は顔を青くしたり、泣いてる子もいる。
「それで、そいつは何をしてたんだ?」
子供たちの泣き顔に、少し声色が優しくなった村の男が聞く。
子供たちはそれを聞いて顔を見合わせる。
「えっと、空に向かって独り言を叫んでたんだ!」
涙目になりながら、団長がみんなを代表して発言する。
「そ、それだけか!?」
「う、うん・・・」
子供たちも、今更になって捕まえた人物が特に何も悪行を働いていないことに気づく。
男は一瞬固まる。
村の客人かもしれないのに、無礼を働いたとあっては何かあれば困った事になる、ざわつく大人たち。商人のときは穏便に済んだが、もし変な噂が立って商人が来なくなったりすれば、村にとっては一大事なのだ。
「とにかく、その人のところにすぐ案内しろ!」
すぐに立ち直った男は口を開き、子供たちに命令する。
「う、うん。村長の家の前にいるよ」
「わしも行こう」
それまで成り行きを見守っていた村長は、立ち上がって家を出る。
自然、集まっていた大人が全員ついて行く事になる。
家の前に出た村長は、見覚えのあるような男が立っているのを見つけて、しかし慌てていた村長はすぐに謝罪に入る。
「おお!あなたが、うちの子供たちがいたずらしてしまった人かな?」
「あーそうですね、たぶん。きっと」
「ふむ。まことに申し訳ない。この通りじゃ!」
「本当にすまない!」
そう口々に言って皆が頭を下げる。
「あの、そのですね、気にして無いというか、遠く巡って俺のせいというか・・・」
止められるのも無視して村を出た身であり、その後連絡もしなかった身であり、初代トリエ村騎士団長という身でもあるので、クリスのほうも気が気じゃない。
「おお!そう言ってくれますか!」
村長がぱっと顔を上げて喜び、頭を下げてた村の大人も顔を上げる。
「・・・あれ?」
「お?」
「んー?」
「おい」
落ち着いて見ると、村の闖入者がどう見ても見知った顔であることに皆が気づいてくる。
「お前、クリスじゃねぇか!」
「おい、クリ坊か!」
「おおー、本当だ」
「人違いです」
クリスは即否定するも、皆聞く耳を持たない。
「心配させやがって!」
「生きてたのか」
「勝手に出て行きやがって!」
「マリアンさんもジョシュもずっと心配してたんだぞ!」
マリアンとはクリスの母の名前で、ジョシュは弟の名前である。
「俺も心配してたんだぜ、団長!ププッ」
「なんだ、初代じゃないか、頭下げて損したぜ」
初代団長時代の五年ほど前は、村の客人を罠に掛けたりと、もっとひどかった。
団長は年下の団員をこき使って、村の周りに罠を仕掛けまくっていた。
「お前の仕掛けた罠にはまって、一週間臭いがとれなかったんだぞおお!」
「で、騎士にはなれたのか?」
「なれてたらここにいないべ」
「結局戻ってきたのか」
「まぁ、いま大変だし、若い働き手は居て困るもんでもないしな」
「てめぇ、貸してた色本返せや!」
「お前が出ていってからリリィちゃんが元気なかったんだからなぁぁあ!」
「くそ、もげろ!」
等々、熱烈な歓迎を受けるクリス。
そこに、後ろから声が掛かる。
「クリス!!」
そこには、丁度畑から戻ってきたマリアンがいた。
マリアンが大声でクリスの名前を呼び、駆け寄ってくる。
そしてその勢いのまま、あつい抱擁・・・タックルを繰り出す!
倒れたクリスに馬乗りになって殴るマリアン。
「このっ!馬鹿息子がっっ!」
「おご、ちょ、あば、母、あが」
「おいおい、そんなにすると死んでしまうぞマリアン」
村長が見かねて止めに入る。
「チッ。命拾いしたわね!」
「それが息子に向けて言う言葉か!!」
「うるさい、馬鹿息子!五年も連絡なしで!どんだけ心配したと思ってんの!」
マリアンが涙目で怒鳴る。
「あー、いや。すんませんでした!」
クリスは勢いよく頭を下げる。
「もういいわ。殴ってすっきりしたし。ジョシュはまだ畑だから、とりあえず家で待ちましょ」
「はいさ」
「皆もお騒がせしてごめんなさいね。この馬鹿息子には、今度日を改めてちゃんと村長のところに挨拶させにいきますので」
「よいよい。積もる話もあるじゃろうて」
「さすが村長だぜ。あと村長の息子よ、色本は犠牲になったのだ」
「お、俺のお気に入りがああああああああ」
晴れ渡った故郷の空に次期村長の絶叫がこだまするのだった。