第二話「魔法使いの過去と白い風」
「よっと」
村の少し前で、ふわりと地面に降り立つクリス。
「浮いて村まで行けばよかったじゃないですか」
「おばか!そんなこと田舎の村でやったら、俺が村で浮いてしまうだろう!」
「何をいまさら。主は浮くの得意じゃないですか」
「学院でも好きで浮いてたんじゃないだよ!?」
「学院でも・・・?ああ、村でも浮いていたんですか」
自爆したクリスに容赦なく突っ込むフウリ。
「抉らないでください・・・」
「そういえば、主の昔話を聞いた事がないですね」
「え、なに?聞きたい?」
クリスが嬉しそうにフウリを見つめる。
「期待をこめた目で見ないでください。想像つくのでいいです」
「ひどくね?仮にも主だよ俺?」
「主は勘違いしていますね。そもそも人と精霊の契約は対等です、そして主のした契約ですと、私の方が若干上になります。主を主と呼ぶのはただの趣味です、別に他の呼び方もできるんですよ、無職主。分かりましたか?」
クリスは契約魔法を弄る代わりに、クリスの魔力をフウリが好きに使っていいという条件をつけている。
ちなみに、フウリとの契約の維持でほとんどクリスの魔力はないのだが・・・
「え、あ、はい、すみませんフウリ様。お願いですから無職呼ばわりはやめてください、お願いしますお願いします」
「仕方ない主ですね」
「ありがとうございます。これからも誠心誠意フウリ様に尽くさせていただきますとも!」
「その意気ですよ主」
フウリが胸を反らして尊大に告げる。
ちなみに、フウリは今人型である。
精霊は、格が上がってくると段々人型をとれるようになる。
上位になれば服なども魔力で形成できるが、実際服を着ている精霊は少数派である。
「まぁ、主の過去は特技から推察できます。弓が得意なのは、森で狩猟をしていたからでしょう?」
「うん、畑耕すより向いてたみたいだから、狩のときはいつもついていってた」
たまにギルドの依頼で弓を使っていたクリスは、その命中率の良さに魔法を使っているのではないかと疑われることもある。
「で、剣が上手いのは騎士に憧れたからでしょう?王都でもすれ違うと目を輝かせて見てましたからね」
「あはい、ちゃんばらごっこで磨きました」
クリスはちゃんばらごっこでは子供たちの中で負け無しのつわものであった。
「ちゃんばらごっこであそこまでの腕になるのですか、さすが主。変なところで突きぬけてますね」
「あれ、褒められた・・・?」
「褒めてますよ、えらいえらい。それで、どうせ騎士になるんだとか言っていつも木の棒でも振り回して大きくなって、本当に王都まで行っちゃったんですね。可哀想に・・・。それは村でも浮きますよ」
現実を見ないといけませんよ、とフウリがまるで可哀想なモノを見る目でクリスを見る。
「あ、当たってる・・・剣買う余裕なんてなかったんだよ!木の棒で悪いか!」
「悪くは無いですけど、本当に木の棒で王都に行ったんですか・・・。ここ数日通った道、結構魔物いましたよね?」
にわかに信じられないフウリがクリスに問う。
「え、うん。木の棒で頑張った。で、王都目前で力尽きたところを、遺跡の研究に出てた師匠に拾われた」
「本当に馬鹿で可愛いですね主」
「やめて、生暖かい眼差しを送らないで・・・!」
「おっと、そろそろ村に着きますね。私はさっきから何か良からぬ気配がするので、ちょっと周辺の格の高い精霊に挨拶してきます」
フウリはクリス弄りに夢中な間に村の近くまで来ていたことに気づくと、ふわりと浮いて主に近づく。
「お、おい、なんだ良からぬ気配って。やばいのは嫌だからな!」
「主のやばいの基準が分かりません。遺跡であった亡霊騎士はやばいに入りますか?」
「おいおい、あれはやばいってレベルじゃないだろ・・・。フウリと俺の剣技とこの剣があって五分五分だったやないかい!・・・え、あれレベルの良からぬ気配なの?」
以前クリスが、師匠の手伝いで手付かずの遺跡に入ったときに、最下層で王の墓の守人の成れの果てである亡霊に襲われ、遺跡が崩壊寸前になるまで戦って、やっと倒したという事があった。
ちなみにクリスの剣は、王都の古びた武器屋に行ったとき、小汚い樽に十把一絡げで売っていたものだが、魔力の流れがおかしいことに気づいたクリスがとりあえず購入した。
そして遺跡マニアで古代魔法の数少ない使い手である師匠に見せたところ、古代の魔法文字が特殊な方法で刻まれており、解読できない部分も多かったが、できた部分をあわせると、
世界の魔力を吸引して吸引した分だけ切れ味がよくなり、斬撃を飛ばすことができるようになる、ということが発覚したのだ。
ボロボロだったその剣をクリスが得意の錬金で見栄えと、剣そのものの切れ味をよくしたものである。
所持者の魔力を吸ってなんらかの効果を得る魔剣というのは存在するが、世界の魔力を吸って効果を得る魔剣というのは大変珍しいものである。
あと、魔法使いが武器屋に行くことなど滅多に無いのだが、クリスが自由にすることができるお金を得て初めていったのが武器屋だ。木の棒を振り回すのは恥ずかしいということに、王都に来て少ししてやっと自覚したそうだ。
「そうですね、あれ並なら主の腕も上がってるし、剣の魔力も満ちてるのでそこまで苦戦しないと思うのですが」
「超不安です。師匠に連絡いれたほうがいいかな」
「王都出て一週間で、ですか?」
フウリが首を傾げ、少しおかしそうにクリスを見る。
「は、恥ずかしい。師匠泣いて見送ってくれたのに。ちょっと俺には無理だわ」
「まぁ、様子見だけでもしてきます。処理できそうなら処理しますし」
「うい。お願いします」
「はい、お願いされました。それでは、危なくなるかもしれないので、少し頂きますね?」
それまでじりじりとクリスとの間合いを詰めていたフウリの速度が上がる。
「頂くって何・・・を!?」
急接近したフウリが、クリスの唇を奪う。
クリスは何が起こったか分からず、目を白黒させている。
「ん・・・。ごちそうさまでした」
「おいまてそこの色情精霊」
そのまま飛びたって行こうとしたフウリを引き止めるクリス。
「勘違いしないでください主。別に主に好意を持っての行動ではないですよ?ただ、魔力を頂いただけです」
「そんなことは分かってるわ!だけど別にその方法じゃなくてもいいだろ!?」
クリスが、羞恥か憤怒か、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「はて?その方法とは?」
「い、いや、だから、き、き、キスじゃなくてもだな!」
とぼけるフウリにクリスが盛大に動揺しながら言葉を紡ぐ。
「うふふ、純情ですね可愛い主。けど、これが効率いいんですよ、私にとっては」
「う、うそくさい。しかも指輪から魔力無くなってるんだけど、ねえ、なんでなんだよフウリィィィイ!指輪から取るなら俺に接触しなくてもいいだろうが!!」
「それでは見てきますので、おとなしくしてるんですよ主。あんまり騒いでると、ほら村の人も変な目で見てますよ」
「スルーするな!!お前のせいだ!!早く行って来い!!怪我すんなよ!!」
「はい、それではまた後ほど」
そう言うと、フウリの体がふわりと浮いて段々遠ざかっていった。
「ふぅ、白・・・か・・・」
魔法使いは青空に浮かぶ風精霊をまぶしそうに見上げ、その後姿を見送った。




