第十三話「魔法使いと火精霊」
フウリは絶叫するクリスの方を向く。
「主は本当にどうしようもないですね。少し黙っててください」
「だけど!俺の期待が!」
駄々をこねるようにフウリに向かって言うクリスに、フウリは無表情に続ける。
「それ以上言ってるとねじきりますよ?」
フウリは視線を少し落として言うと、クリスは意図に気づいたのか急所を手で覆う。
「黙ります!」
「よろしい」
どちらが主かわからないようなやり取りをしてクリスが落ち着いたのを確認すると、フウリは火精霊に近づき、膝を落としおでこを合わせる。
火精霊は再度光に包まれると、今度は白いワンピースを着て立っていた。
それを確認すると、フウリは火精霊から離れる。
こうして見ると、人間の四、五歳くらいの子供にしか見えない。
「ふむ、白い肌と服の色が合っていて似合いますね。我ながらいい見立てです」
「かぜの せいれいさま ありがとう」
「うお、幼女精霊が話しとる」
クリスは火精霊がたどたどしく礼を述べるのを見て、昨日から先ほどまで話していなかったので驚いたようだ。
「ええ、言語と服の情報を伝えたので」
「さすが、風精霊。情報の伝達はお手の物だね!」
「私ほどになると、マッチした服を着せることもできます」
クリスのおだてに、フウリは胸を張って自慢げにする。
火精霊はそんなフウリとクリスを交互に見る。
「こちらが私の主です。ぶっ飛んだ変態無職のダメ主ですが、やればできる子なんですよ」
「いいところを一切言わないだと!」
手で火精霊に示して聞かせるフウリの横で、クリスが何か少しはあるだろうと言う。
「主のいいところですか。あまり難しい話を振らないでください、困ります」
「一個も出てこないどころか難しい話扱いかよおおおおおお」
本当にこまったかのように首をかしげるフウリに、クリスは絶叫する。
「興奮しないでください、火精霊が怯えてしまいます」
「む、精霊とは言え、子供に怯えられるのはいい気がしないな」
怯えるようにフウリの後ろに隠れた火精霊を見て、クリスは居住まいを正すと口を開く。
「森の精霊さま。村の子供たちを守って頂いたこと、感謝致します。ありがとうございます」
丁寧に謝辞を述べるクリス。
しかし火精霊は首をかしげる。
「わたし かぜの せいれいさまに たすけられた だけど やくそく まもれなかった」
フウリの後ろから少し顔を出した状態で、たどたどしく火精霊が言う。
「うん?約束?フウリ、何か約束したの?」
「ええ。助けたときに、森に入ろうとする人間を止めるようにと」
クリスは何も聞いていなかったようで、不思議そうにフウリを見て、フウリは思い出したように言う。
先ほどより少しフウリの後ろから出てきた火精霊が続ける。
「にんげん もりに はいったから そとに だそうとした」
「それで、魔力食いと遭遇して戦ってたのか。いや本当に子供たちを守ってもらって助かりました」
昨日の状況の理由がやっと分かり、クリスは改めて火精霊にお礼を述べる。
火精霊は完全にフウリの後ろか出てきて告げる。
「わたしは にど たすけられた」
「ふむ。主、この火精霊と契約しませんか?」
何か考えている風だったフウリがクリスに突如提案する。
「この流れでなぜそうなる」
まったく流れが読め無いフウリの発言にクリスが呆れた顔をする。
「いえ、火精霊から主への感謝の念が伝わってきたので、この際どうかなと。折角魔力もあることですし。あと私、火精霊とは相性いいので」
「まぁ確かに、戦力はあって困るものでもないしな」
クリスはこれまでの経験から、たまに物騒な考え方をしてしまうことがある。
「けど、容量は剣の分だけで足りるのか?」
「主は私とその少ない魔力で契約してるんですよ?得意のインチキ魔法を使えば十分足ります」
「インチキ言うなし。節約は大事なんだ」
「そういうことは、お師匠さまに値段も言えないような物を貢ぐのをやめてから言いましょうね」
クリスの師匠は古代魔法や遺跡の研究をしているので、クリスはよく遺跡の発掘品や古代魔法の本を師匠のところに持って行っている。
珍しいものなのでかなり高いのだが、師匠は名門貴族の出なのでお金の感覚が鈍く、結構気にせず嬉しそうに貰っている。
クリスは師匠が嬉しそうに受け取ってくれるのが嬉しくて、結果その出費が続くのである。
おかげで最近は、フウリがクリスの財布を握れるほどに、物価に詳しくなってきている。
「よ、よし。森の精霊さまさえ良ければ、契約しましょう!そうしましょう!」
これ以上は薮蛇だと焦ってクリスが火精霊に向きなおる。
「けいやく あの おいしいまりょく もらえる ?」
フウリ経由で貰った魔力の味を覚えた火精霊が首をかしげ尋ねる。
「ええ、ええ、それはもう!ただ少し契約魔法をいじりたいのですが、よろしいですか?」
勢い込んで火精霊に向かうクリス。
「けいやく いじる ?」
火精霊はクリスと契約しているフウリを見つめる。
「大丈夫です、私も主とそれで契約してますので。あなたに害を成すものではありませんよ」
「けいやく する」
フウリがやさしく火精霊を諭し、その言葉を聞いた火精霊が決断してクリスを見上げる。
「それでは失礼しまして」
クリスは手ごろな棒が無かったので、魔剣の鞘に魔力をこめて洞窟の床に魔法文字をすらすらと書いていく。
鞘が通った床はほんのり光っている。
普通の精霊との契約なら、人間が魔力を提示し、精霊が了承ならそれを取り込むだけの原子的な魔法なのだが、節約魔法を契約に組み込むには、クリス考案、師匠監修の魔法文字の上でそれをやる必要がある。
無事書き終わったクリスは火精霊と共にその上に立つ。
精霊は、生物との契約方法を生まれたときから自然と知っていると言われている。
「それでは、契約をしますね。そこの文字の上に立ってもらう以外は普通の契約方法ですので」
「わかった」
火精霊が文字の上に立つと、クリスは魔剣から魔力を吸いだし、それを火精霊の前に持っていく。
薄く発光した魔力が、洞窟の薄暗さと相まって幻想的な輝きを放つ。
火精霊がその魔力の塊を両腕を広げて、まるで大事なものを包むようにその腕に抱くと、段々と光の塊は吸収されて消えていく。
やがて魔力の塊が完全に消滅し、火精霊と魔法使いとの間に契約が成立した。