第十話「魔法使いとお風呂」
鬼の形相をした親たちと共に、村長の家に数年前にできた、通称説教部屋に子羊たちが引きずられていくところを確認すると、村長はクリスに言う。
「今回は長引きそうだの。とりあえず、疲れてるかもしれんが、こっちも話だけ聞かせてもらっていいかの?」
「了解、村長の家で?」
「うむ、あの様子だと第一陣は母親たちだろうから、順番待ちしてる者にも聞かせよう」
説教は親と村の主だった者たちがやるので、順番待ちの部屋は重要な話をするのに丁度いい。
「順番待ち・・・なんという説教地獄」
「おぬしのせいで出来たのだがな」
「さて、行きましょうか、村長さま!」
「はぁ、これ走るでない」
村長はため息をついてクリスを追う。
村長の家で、時々漏れ聞こえる怒声や泣き声を聞き流しつつ、クリスは森であったことを、村長と順番待ちの部屋で説教に向けて各々作戦を話し合ったりアップしていた面々に、少し事実を曲げて説明した。
「ふむ。では魔力食いが魔物が森に住みついて悪さをしてたのかの。それであの子たちはそれに襲われていたと」
「そそ。それで、それを森にいた精霊と、俺と契約してる精霊が倒したと」
村長が目を瞑って何か考え、ゆっくり目を開ける。
「昔、旅の人に聞いた話だと、魔力食いというのは精霊を食べるということだったんだがの」
クリスは、立ち上がって腕を振り上げ、捲くし立てるようにしゃべりだす。
「おいおい、村長さんよ。うちの精霊、フウリさまをなめないでもらおうか!そんじょそこらの精霊とは訳が違うんだぜ!風精霊ならではの用途に応じて使い分けることができる機能に富んだ魔法、すばやい移動速度と魔法行使、気配察知、遮断もお手の物。風精霊というと攻撃力が無いと勘違いする素人もいるが、あれは間違いであるとここで断言しよう!風の刃による微塵切りから、突風による磨り潰しまでなんでもござれの多種多様な攻撃!他の精霊と組めばその脅威は更に増す!それに加え、手前事で悪いけど、うちのフウリはそれはもう美人だし、気が利くし、やさしいところもあるし、実は最近料理に興味を持ったりと家庭的なところも見せ始めて、そこと普段とのギャップがそれはもう言いようのない気持ちを俺に抱かせるんだ!ああ、もちろん欠点みたいなものもあるよ?主に対して口が酷く悪いとか、心の柔らかい部分を抉ってくるとか。けどそういうところも含めてもあいつと契約したこと俺は後悔してないよ?なんていうのかな、契約とは別に信頼っていうのかな、そんなものがあいつと俺の間にはあるんだ。だからあいつには安心して背中を任せれるし、あいつも同じだと思う。はは、ちょっとくさかったかな、けど本心なんだぜ。まぁ結論を言うと、フウリは魔力食いなんかには負けないぜっていうことなんだ」
周りの村人は呆然とそれを眺める中、クリスが座りなおす。
(((結論と関係ない話が間に長々と挟まっちゃってたよ!?)))
我に帰った村人たちは、そんな感想を一様に覚えるが、皆が突っ込む前に、村長が一息吐いて言う。
「う、うむ。お前と契約した精霊さまの話はよく分かったぞ。しかしどちらにせよ、お前のおかげで、本当に助かった。ありがとう」
村長と、集まっていた面々は深く頭を下げる。
煙に巻けたことにクリスは安心し、同時に礼を言われて妙に居心地が悪くなる。
「勘弁して。そんなことされると、散々迷惑かけて出て行った身としては逆に座りが悪いっす」
クリスがそう言うと、皆頭を上げて口々に好き勝手言い出す。
「確かに違和感あるな、昔はここでクリスをいかに反省させるかを考えてたわけだしな」
「世の中分からないもんだなぁ」
「クリスのくせに俺らに頭下げさせるなんてな」
「いきなり惚気だすしな」
「そもそも、家庭的で気の利くちょっときつめな美人の精霊さまと契約だぁ!?」
「しかもセルフで言葉責め!」
「クリ坊のくせに生意気だ!」
「うちのかかぁと代えてくれ!」
「っていうか、元はといえば初代が悪いんじゃね?」
「お、それ俺も思った」
「おい初代、お前も説教参加していけよ、もちろんされる側で!」
たまらず初代が絶叫する。
「変わり身が早い上に、割とひどいなあんたたち!!」
「うるせえ!お前が作ったんだろ、あのいたずら集団!責任とれ!」
「俺の色本も責任とってくれ!!」
皆、悪態を吐きつつも、嬉しそうにクリスをもみくちゃにする。
「ほれ、クリスも疲れてるだろう。それくらいにせんか、お前たち」
村長がたしなめ、場を静める。
「まぁ、こうやって言い合ってるほうが気が楽でいいかな。けど、雲行き怪しいからそろそろ帰るわ」
「うむ。明日は久々に狩に出れるから、馳走を期待してくれ。宴を開くぞ」
「はーい、母さんと弟にも伝えとくよ」
「うむ、頼んだぞ」
そして、村長とその他の面々、あと怒声と懺悔の声に見送られてクリスは帰途についた。
「ただいま」
クリスが玄関を開けて家に入ると・・・
「に゛ぃ゛さ゛ぁ゛ん゛~」
ジョシュがタックルしてくる。
と、それを寸前の所でマリアンが首根っこを掴み止める。
「おかえり、クリス」
「おかえりなさい、主」
玄関には、ジョシュを取り押さえたマリアンと、フウリが立っていた。
「ジョシュはどうしたの?」
「あんたが森に魔物退治に行ったって聞いて、自警団に無理やりついて行こうとしたのを私が止めたから、ずっと玄関で待ってたのよ」
「それはまた・・・心配掛けたな」
クリスがジョシュの頭を撫でる。
「ちゃんと魔物も倒したし、明日は宴だと」
「分かったわ。フウリちゃんもさっき戻ってきていろいろ手伝ってくれたのよ。お風呂も水入れ替えて沸かしてあるから入っちゃいな」
クリスはジョシュの頭から手をどかす。
「お言葉に甘えてお風呂に行こうかね」
「主、背中流しましょうか」
「兄さん、背中流すよ!」
「む?」「え?」
フウリとジョシュの視線がぶつかる。
「あらあら。クリスもてもてじゃない」
面白そうに言うマリアン。
「とりあえずジョシュは、昔俺の背中を力一杯擦って傷だらけにしたことを思い出せ」
「う、ごめんなさい」
ジョシュが下を向いてしゅんとする。
「それはすごいですね。なかなか主の背中に傷をつけれる者はいませんよ。誇っていいです」
クリスの身体能力を知っているフウリが嫌味無しに言う。
「まぁ、かわいい弟だしな。最初は我慢したんだけど、段々強くなっていってな・・・」
「あのときは凄かったわ。ジョシュが大慌てで呼びにきて、行ったらあんたは血だらけで倒れてるし、なにがあったのかと思ったわよ」
「ううぅ・・・」
ジョシュが涙目になってきたので、クリスがフォローする。
「ま、まぁ、今日は疲れてるから、また今度一緒に入ろうな」
そう言うとジョシュは、ぱぁっと顔を輝かせて頷く。
それを見届けて、クリスは風呂へと向かう。
その後ろを当然のようについていくフウリ。
「おい、フウリ。ついて来るな。お前も少し反省しろ」
「おかしな主ですね。私はこれと言って、お風呂絡みで反省するようなことは無かったと思いますが」
「ほうほう?昔、有名温泉地に突如謎の竜巻が発生して被害が出たことに関する弁明を聞こうか?」
「何を言っているんですか主。あれは事故です、自然現象です。乙女の柔肌を見ようとした不埒者以外に人的被害も無かったからいいじゃないですか。ついでに削られたところから温泉も出て万々歳。いい事したあとは気持ちがいいですね?」
「阿呆か!その不埒者は一応一緒のパーティーを組んでたんだぞ!再起不能一歩手前まで追い込むなよ!せめて、おとりにできる状態くらいで我慢しろよ!おかげで後に控えてた依頼を俺一人で処理しなくちゃいけなくて、指輪に呪われたりで俺も再起不能になりかけたわ!」
「では主は私の肌を人間の男に見られてもいいのですか?見下げた主ですね」
「あれ、それはなんかむかつくな。今度あいつらに会ったら九割刻むか」
「いいですね、去勢しましょう」
「同じ男としてそれは許してあげて・・・」
結局、魔法使いとその精霊は言い合いながら、風呂場へと消えて行くのだった。