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『聖女を追放した翌朝、王都の城門が国王を「不審者」と判定しました』

作者: 夜凪ログ
掲載日:2026/10/22

『不審者を検知しました』


 王都の城門が、そう告げた。


「…………は?」


 門の前に立っていた男が、間の抜けた声を漏らした。


 豪華な金糸の外套。


 宝石を散りばめた王冠。


 背後には二十人の近衛騎士。


 そして、その男の顔は王国で発行されているすべての金貨に刻まれている。


 つまり。


「……お前、余が誰だかわかっているのか?」


『はい。オズワルド・レインハルト。年齢五十二歳。男性。現在の職業、未確認』


「国王だあああああ!!」


 朝六時。


 王都の正門前に、国王の絶叫が響き渡った。


     ◇


 私の名前はミラ。


 十八歳。


 王都の門番になって、今日でちょうど2年目になる。


 仕事は簡単。


 門の前に立って、通行人の身分を確認する。


 怪しい人物がいれば上司を呼ぶ。


 あとは、魔法の門が勝手に判断してくれる。


 たったそれだけ。


 実際、昨日まで何の問題もなかった。


 商人が来れば開く。


 旅人が来れば開く。


 迷子の犬が来ても、なぜか開く。


 なのに。


『不審者です』


「余は国王だと言っているだろう!!」


『申告内容と照合結果が一致しません』


「王冠を見ろ! 王冠を!」


『装飾品による本人確認は実施しておりません』


「融通が利かなすぎるだろう!!」


 ……どうしよう。


 国王陛下を不審者として取り扱うことになるとは思わなかった。


「ミラ!」


 背後から上司のバルト隊長が駆けてきた。


「これは一体どういうことだ!?」


「わかりません!」


「なぜ陛下をお通ししない!」


「私が止めてるんじゃありません! 門です!」


 王都アルフェリアの城門。


 正式名称は《誓約門(せいやくもん)》。


 三百年前、初代国王によって造られた巨大な魔法建造物である。


 見た目は立派な鉄の門だが、内部には高度な魔法術式が組み込まれている。


 人間の言葉を理解し、身分を照合し、不審者を判定する。


 王都の防衛を担う、いわば最強の門番だ。


 ちなみに、私たち人間の門番は、ほぼ案内係である。


「門よ! 陛下をお通ししろ!」


 バルト隊長が叫んだ。


『拒否します』


「なぜだ!」


『不審者のため』


「だから国王陛下だと言っているだろう!」


『確認できません』


「何を確認しているんだ、お前は!」


『王としての資格です』


 ……え?


 私と隊長は、顔を見合わせた。


 王としての資格?


 そんなものまで確認していたのか、この門は。


「馬鹿馬鹿しい!」


 国王陛下が怒鳴った。


「余はこの国の国王だ! 余の命令であれば、いかなる門も開かねばならぬ!」


『承知しました。王命の認証を開始します』


「うむ!」


『認証失敗』


「なぜだああああ!!」


 私は思わず口元を押さえた。


 笑ってはいけない。


 相手は国王陛下だ。


 笑ったら首が飛ぶかもしれない。


『なお、門の破壊行為は犯罪です』


「まだ何もしておらんわ!」


『念のためお伝えしました』


 ……この門、ちょっと性格が悪くない?


     ◇


 そこから二十分。


 事態はまったく進展しなかった。


 近衛騎士たちが交渉しても、門は開かない。


 大臣を呼んでも、門は開かない。


 宮廷魔術師が解除を試みたところ、逆に警告音を鳴らされた。


『不正操作を検知しました』


「ひっ!」


『処罰対象です』


「わ、私は陛下に命じられて……!」


『記録しました』


「記録しないでください!」


 宮廷魔術師は泣きながら逃げていった。


 かわいそうに。


 絶対に始末書を書くことになる。


「どうなっておるのだ!」


 国王陛下は真っ赤になっていた。


 もっとも、その気持ちはわかる。


 自分の国に入れない国王など、前代未聞だろう。


 ただ、一つ不思議なことがあった。


「……隊長」


「なんだ」


「どうして陛下だけ通れないんでしょう?」


「それがわかれば苦労せん!」


「いえ、だって……」


 私は横を指さした。


 そこでは、小さな男の子が母親と手をつないで門を通っていた。


『アルフェリア国民を確認。通行を許可します』


「おはよう、門番のお姉ちゃん!」


「お、おはよう!」


 門が開く。


 親子が通り過ぎる。


 閉まる。


 その直後、国王陛下が前に出る。


『不審者です』


「なんでだああああ!!」


 ……うん。


 間違いない。


 この門、明確に陛下だけを拒絶している。


「隊長。もしかして、門が壊れてるんじゃなくて……」


「なんだ?」


「陛下の方に、何か問題があるんじゃないですか?」


 バルト隊長の顔が凍りついた。


「ミラ」


「はい」


「それ以上は言うな」


「はい」


「お前の命が惜しい」


「はい……」


 口は災いの元。


 そんな話をしていると・・・


『申請を受理しました』


 突然、門が喋った。


「……え?」


『不審者判定の理由を開示します』


 …………。


 え?


 ちょっと待って。


 私、そんな申請してないんだけど?


『対象者、オズワルド・レインハルト』


『王としての誓約に違反した記録を確認』


『違反日時、昨日午後五時三十二分』


『違反内容――国民の不当追放』


 その瞬間。


 国王陛下の表情が変わった。


「……まさか」


 バルト隊長が呟く。


「昨日の、聖女追放……?」


 あ。


 そういえば、聞いたことがある。


 昨日、王宮で聖女様が追放されたらしい。


 理由は、奇跡を起こせなかったから。


 長年神殿に仕えていた聖女様は、国王陛下から「役立たず」と言われ、王都から追い出されたという。


「……あの」


 私は恐る恐る手を上げた。


「陛下」


「なんだ!」


「昨日、聖女様を追放されたんですか?」


「そうだ!」


 陛下は胸を張った。


「あの女は何年も神殿に居座りながら、一度として大きな奇跡を起こさなかった! 国費を浪費する役立たずなど不要だ!」


「そうなんですか……」


「当然の処置だ!」


 ……なるほど。


 それなら、仕方ないのかもしれない。


 私は聖女様の仕事を詳しく知らない。


 国王陛下がそう判断したのなら、きっと理由があるのだろう。


 しかし。


『異議があります』


 門が喋った。


「お前には聞いておらん!」


『事実関係に誤認があります』


「何だと?」


『聖女エルネ・フィリア。王都アルフェリア出身。二十四歳』


『過去八年間の神殿奉仕記録を照合します』


 門の表面に、青い文字が浮かび上がった。


『孤児院への食料提供、二千百四十六回』


『病人の看護補助、三千八百十二件』


『災害時の避難誘導、百十九件』


『貧困家庭への医療費立替、七百四件』


『なお、立替費用の八割は本人の報酬から支出されています』


 …………。


「え?」


 私の口から、素っ頓狂な声が出た。


 国王陛下も固まっている。


「……そんな記録、余は知らぬぞ」


『はい。報告書の閲覧履歴がありません』


「…………」


『過去八年間、未閲覧です』


「余は忙しいのだ!」


『承知しております。なお、報告書は毎月提出されております』


 ……うわあ。


 門の言葉が、ものすごく冷たい。


『また、聖女エルネ・フィリアに対する昨日の処分には、裁判記録および本人への弁明機会が存在しません』


「不要な人材を追放するのに、裁判など必要あるまい!」


『確認します。聖女職を解任するだけでなく、国民籍を抹消し、王都への帰還を禁止したことに相違ありませんか』


「そうだ!」


『なぜですか』


「役立たずだからだ!」


『理解しました』


 門が一瞬、静かになった。


 そして。


『王としての資格を再審査します』


「うむ!」


『不適格』


「だからなんでだああああ!!」


     ◇


 それから、門は三百年前の記録を表示した。


 初代国王の誓約。


 この国が建国された時、王は一つの約束をした。


『王は、すべての国民を等しく守る』


『罪ある者は正しく裁き、弱き者を理由なく切り捨てない』


『王の権威は、国民を守る責務と共にある』


 この三つの誓いを、初代国王は城門に刻み込んだ。


 そして、最後にこう付け加えた。


『この誓いを破りし王は、もはや王にあらず』


 …………。


 あー。


 なるほど。


 そういうことか。


「……つまり」


 私はゆっくりと口を開いた。


「陛下は、聖女様を追放したから……」


『はい』


「王としての資格を失った?」


『その通りです』


「……だから門が開かない?」


『はい』


「……国王なのに?」


『元国王です』


「元国王!?」


 バルト隊長がひっくり返った。


 近衛騎士たちも騒然としている。


「待て待て待て!」


 国王陛下が叫んだ。


「そんな昔の約束など、余は知らぬ!」


『誓約は継承されます』


「余は直接誓っておらん!」


『戴冠式において宣誓済みです』


「…………」


『記録映像を再生しますか』


「するな!!」


 ……あ、覚えてるんだ。


「そ、それに!」


 国王陛下は必死だった。


「余には国王の血が流れている! 正統な王家の血筋だぞ!」


『血液情報は登録されています』


「そうだろう!」


『しかし血液型と王の資格に直接的な関係はありません』


「そういう意味ではなあああい!!」


 私はとうとう笑ってしまった。


「ぷっ……!」


 しまった。


 国王陛下がこちらを睨んでいる。


「……おい、娘」


「は、はい!」


「今、笑ったか?」


「い、いいえ!」


「本当か?」


「ちょっとだけです!」


「正直すぎるだろう!!」


 ああ。


 終わった。


 門番2年目にして、私の人生が終わった。


     ◇


「……ところで」


 私は恐る恐る尋ねた。


「陛下。聖女様は今、どちらにいらっしゃるんでしょう?」


「知らぬ!」


「え?」


「昨日、王都から追放した! その後など知るものか!」


 ……ええ。


 追放した人が、その後どうなったか確認してないの?


『参考情報を提示します』


 また門が喋った。


『エルネ・フィリア。現在位置、王都西門から二百メートル』


「……近っ!」


 思わず声が出た。


「まだそんなところにいるんですか!?」


『はい。昨夜は街道脇の休憩小屋で就寝しました』


「……え?」


 私は耳を疑った。


 昨夜。


 王都周辺には冷たい雨が降っていた。


 夜間の気温も低い。


 そんな中、追放された聖女様は街道脇の小屋で眠っていたというのか。


『なお、現在は街道上で負傷者を手当てしています』


「負傷者?」


『王都へ向かう荷馬車が転倒。乗員三名が負傷』


「……私、見てきます!」


 私は走り出した。


「お、おいミラ!」


 バルト隊長が叫ぶ。


「勤務中だぞ!」


「すぐ戻ります!」


「勝手に持ち場を離れるな!」


 私が足を止めるより早く、門が答えた。


『緊急救護を優先してください』


「ほら、門もそう言ってます!」


『なお、後ほど報告書を提出してください』


「そっちも!?」


 この門、本当に事務的すぎる。


     ◇


 街道を走ること数分。


 私は道端で、一人の女性を見つけた。


 淡い金色の髪。


 白い神官服。


 ただし、その服は泥で汚れていた。


 女性は地面に膝をつき、老人の足に包帯を巻いている。


「……聖女、エルネ様ですか?」


「はい?」


 女性が顔を上げた。


「あら。どうしました?」


「わ、私、王都の門番です!」


「まあ」


 エルネ様は優しく微笑んだ。


「門番さんが、こんなところまで?」


「聖女様が近くにいるって聞いて……!」


「ああ」


 エルネ様は少し困ったように笑った。


「ごめんなさいね。まだ遠くまで行けてなくて」


「い、いえ! そうじゃなくて!」


 私は彼女の手を見た。


 包帯。


 薬。


 そして、小さな革袋。


 中にはわずかな銅貨しか入っていなかった。


「……昨日、追放されたんですよね」


「そうですね」


「……大丈夫なんですか?」


 エルネ様は少し考えた。


「うーん」


 それから、小さく首を傾げた。


「正直、ちょっと困ってます」


「ですよね!」


「宿代がなくて」


「ですよね!!」


「でも、この方たちを放っておくわけにもいかないでしょう?」


 そう言って、エルネ様は老人の包帯を結び終えた。


「はい。これで大丈夫ですよ」


「ありがとう、聖女様……」


 老人が涙ぐむ。


 私は思わず尋ねた。


「……あの、エルネ様」


「はい?」


「大きな奇跡を起こせないって、本当なんですか?」


「本当ですよ」


 即答だった。


「私、魔力が少ないので」


「……そうなんですか」


「ええ。火を灯すのが精いっぱいです」


 エルネ様は笑った。


「だから、普通にお手伝いするしかないんです」


「……普通に?」


「お掃除したり、ご飯を作ったり、お薬を運んだり」


 彼女は指を折って数え始めた。


「困っている人のお話を聞いたり。字が読めない子に読み書きを教えたり」


「……」


「それくらいしかできませんから」


 私は言葉を失った。


 この人は。


 魔物を一撃で倒せない。


 天候を操れない。


 病気を一瞬で治すこともできない。


 でも。


 たぶん、たくさんの人を助けてきた。


 誰に言われるでもなく。


 誰に褒められるでもなく。


「……エルネ様」


「はい?」


「王都に戻りたくないですか?」


 彼女は少し驚いた顔をした。


 それから、静かに笑った。


「戻れたら、嬉しいですね」


「だったら……!」


「でも」


 彼女は言った。


「聖女のお仕事に戻りたいかは、また別の話です」


「……え?」


「私、少し疲れてしまったので」


 その笑顔は、どこか寂しかった。


     ◇


 私が城門へ戻ると、国王陛下はまだ門と喧嘩していた。


「余を通せ!」


『拒否します』


「命令だ!」


『認証できません』


「もう一度考え直せ!」


『本日十二回目の申請です。結果は変わりません』


「数えるな!!」


 ……元気だなあ。


 私は国王陛下の前に立った。


「陛下」


「なんだ、戻ったか!」


「聖女様にお会いしてきました」


「そうか!」


「今、街道で怪我人の手当てをされています」


「……そうか」


「昨日から、ずっと外にいたそうです」


「……」


「宿に泊まるお金もないそうです」


「…………」


 国王陛下は、黙り込んだ。


 私は続けた。


「陛下。聖女様は、本当に何もしていなかったんでしょうか?」


「……余は」


「国を守るって、魔物を倒すことだけなんでしょうか?」


 国王陛下は、答えなかった。


「私は、門番になって七日しか経ってません」


「……」


「門番の仕事って、怪しい人を通さないことだと思ってました」


 私は巨大な城門を見上げた。


「でも、違ったんですね」


 この門は、三百年間ずっと国を守ってきた。


 強い敵から。


 悪い人から。


 そして。


 国を守るという約束を忘れた王から。


「……娘」


 国王陛下が口を開いた。


「……名は?」


「ミラです」


「ミラ」


「はい」


「……余は、間違っていたのか?」


 その問いに、私は少しだけ考えた。


「それを決めるのは、私じゃないと思います」


「……では、誰だ」


「少なくとも、聖女様本人の話は聞くべきだったんじゃないでしょうか」


 国王陛下は、黙って城門を見つめた。


 しばらくして。


「……近衛隊長」


「はっ!」


「エルネ・フィリアを、ここへ呼んでくれ」


「承知しました!」


 そして国王陛下は、小さく付け加えた。


「……命令ではない。お願いだと伝えてくれ」


     ◇


 三十分後。


 聖女エルネ様が城門に到着した。


 国王陛下の前に立つ彼女は、ひどく緊張していた。


「……陛下」


「エルネ」


 国王陛下は、ゆっくりと頭を下げた。


「……すまなかった」


 近衛騎士たちが息を呑んだ。


 国王が。


 一人の聖女に頭を下げている。


「余は、お前の仕事を何も見ていなかった」


「……」


「奇跡が起こせぬという理由だけで、お前を役立たずと決めつけた」


「……陛下」


「しかも、聖女の職を解くだけでなく、国民として暮らす権利まで奪った」


 国王陛下は、まっすぐ彼女を見た。


「許してほしいとは言わぬ。だが、昨日の処分は撤回させてくれ」


 エルネ様は、少し驚いたように目を見開いた。


「……よろしいのですか?」


「ああ」


「私、これからも大きな奇跡は起こせませんよ?」


「……わかっている」


「お仕事も、しばらくお休みしたいです」


「……それも、わかっている」


「お給料の立替分は、返していただきたいです」


「……財務大臣に確認させよう」


 エルネ様は首を振った。


「確認ではなく、返してください」


「……返そう」


 ……おお。


 エルネ様、意外とはっきり言う人だ。


「それから」


「……まだあるのか?」


「あります」


 エルネ様は微笑んだ。


「私以外の神殿の皆さんにも、きちんとお休みをあげてください」


「……」


「皆さん、毎日頑張っているんです」


 国王陛下はしばらく黙っていた。


 そして。


「……約束しよう」


 深く頷いた。


 その瞬間。


『誓約を確認しました』


 門が喋った。


『追放命令の正式撤回を確認』


『国民の権利回復を確認』


『王としての責務を再確認』


『判定を更新します』


 私たちは、息を呑んだ。


 そして。


『オズワルド・レインハルト』


『王としての資格――暫定復旧』


「おおおおお!!」


 国王陛下が叫んだ。


「やったぞ! これで帰れる!」


『ただし』


「……ん?」


『今後一年間、王としての行動を重点監視します』


「…………は?」


『改善状況によっては資格を再停止します』


「ま、待て!」


『なお、月に一度、国民生活に関する報告書の閲覧を義務づけます』


「月に一度!?」


『未閲覧の場合、翌月の王宮入場資格を停止します』


「厳しすぎないか!?」


『過去八年間の実績を考慮した判断です』


「ぐっ……!」


 門は容赦がなかった。


 さらに。


『王都への入城を許可します』


「……うむ!」


『仮登録国王、オズワルド・レインハルト』


「仮登録!?」


 重厚な城門が、ゆっくりと開く。


 国王陛下は、ついに自分の国へ帰ることができた。


 ただし。


『ようこそ、見習い国王様』


「見習いって言うなあああああ!!」


 私はとうとう我慢できなくなった。


「あはははははっ!」


 近衛騎士たちも笑っていた。


 バルト隊長まで肩を震わせている。


 エルネ様も、口元を押さえて微笑んでいた。


 王都の朝。


 いつもと変わらない青空の下。


 三百年の歴史を持つ城門が、人生で初めて反省した国王を迎え入れた。


     ◇


 それから三か月が経った。


 王国には、いくつかの変化が訪れていた。


 まず、神殿の労働環境が改善された。


 聖職者の休日が定められ、給与も見直された。


 そして、国民を追放する際には正式な審理が必要であることが、改めて法律に明記された。


 国王陛下は、毎月ちゃんと報告書を読んでいるらしい。


 先月など、三十七枚も感想を書いたそうだ。


 ……ちょっと極端すぎない?


 一方、エルネ様はというと。


 王都の西側に、小さな診療所を開いていた。


 神殿には戻らなかった。


 それでも、子供たちに読み書きを教えたり、病人の看護をしたりしている。


 どうやら彼女は、そういう仕事が好きらしい。


 そして私は。


「ミラ!」


「はい、隊長!」


「今日も頼むぞ!」


「了解です!」


 相変わらず門番をしていた。


 違うのは、少しだけ給料が上がったこと。


 そして、妙に有名になってしまったことだ。


 あの日の一件以来、王都ではこんな噂が流れている。


『国王を追い返した伝説の門番』


 ……いや。


 追い返したの、私じゃないんだけど。


 そんなある朝。


「……ミラ」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向くと、そこには国王陛下が立っていた。


「陛下! おはようございます!」


「うむ」


 国王陛下は咳払いをした。


「今日は、国民の暮らしを視察する予定でな」


「そうなんですね!」


「城門を通りたいのだが……」


 なるほど。


 外へ出るのか。


「門さん!」


『はい』


「陛下が外出されるそうです!」


『承知しました』


 門が低く音を立てた。


『オズワルド・レインハルト。外出申請を受理します』


「うむ!」


『本日の目的地を申告してください』


「西の農村だ!」


『帰還予定時刻は』


「夕刻だ!」


『護衛人数は』


「十名だ!」


『確認しました。外出を許可します』


 国王陛下は満足そうに頷いた。


「うむ。やはり、きちんと手続きを踏めば問題ないのだな!」


『はい』


「では、行ってくる!」


 陛下が歩き出す。


 その背後で、門が静かに告げた。


『なお、帰還時には報告書の提出をお願いします』


「…………」


 国王陛下の足が止まった。


「……報告書?」


『はい』


「……何枚だ?」


『最低五枚です』


「五枚!?」


『視察結果、改善点、国民との対話内容を記載してください』


「そんなもの、帰ってから書けばいいではないか!」


『その通りです』


「ならば問題ないな!」


『ただし、未提出の場合は翌日の外出許可を停止します』


「…………」


 国王陛下は、静かに天を仰いだ。


「……ミラ」


「はい!」


「……余、国王を辞めた方が楽なのではないか?」


 私は少し考えた。


 そして。


「陛下」


「なんだ?」


「門番も、毎日報告書を書いてますよ?」


「…………」


「国王様なんですから、五枚くらい頑張ってください!」


 国王陛下は深いため息をついた。


 そして、肩を落としながら歩き出した。


「……王とは、こんなに大変な仕事だったのか」


『はい』


 門が答える。


『国民を守る仕事ですので』


 その言葉に、陛下は足を止めた。


 少しだけ振り返る。


 そして。


「……そうだな」


 小さく笑った。


「……では、行ってくる」


『いってらっしゃいませ、国王陛下』


 重厚な城門が、ゆっくりと開いた。


 今度は、不審者の警告も鳴らなかった。


 私はその背中を見送りながら、小さく笑う。


 国王様も、少しずつ変わっているらしい。


 まあ。


 それはそれとして。


「……門さん」


『はい』


「昨日、私の報告書に再提出ってつけましたよね?」


『はい』


「あれ、ちゃんと書いたつもりなんですけど」


『誤字が三か所ありました』


「……三か所くらいよくないですか?」


『規定です』


「……少しくらい融通を利かせてくださいよ」


『拒否します』


「…………」


 私は深く息を吸った。


 そして、王都の空に向かって叫んだ。


「この融通の利かない門んんんんん!!」


 今日も王都は平和である。


 ただし。


 この国で一番偉いのは、国王でも、聖女でもない。


 間違いなく。


 城門である。


〈完〉

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― 新着の感想 ―
この王、今まで仕事サボりまくってたんだな。初代国王は良い誓いをたてたわ。
ホントウニサイキョウノモンです。国の王ですら拒否して締め出すなんて(笑) ……国王に「見習い」ってあったんだ~。 オチも在って面白かったです♪
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