『聖女を追放した翌朝、王都の城門が国王を「不審者」と判定しました』
『不審者を検知しました』
王都の城門が、そう告げた。
「…………は?」
門の前に立っていた男が、間の抜けた声を漏らした。
豪華な金糸の外套。
宝石を散りばめた王冠。
背後には二十人の近衛騎士。
そして、その男の顔は王国で発行されているすべての金貨に刻まれている。
つまり。
「……お前、余が誰だかわかっているのか?」
『はい。オズワルド・レインハルト。年齢五十二歳。男性。現在の職業、未確認』
「国王だあああああ!!」
朝六時。
王都の正門前に、国王の絶叫が響き渡った。
◇
私の名前はミラ。
十八歳。
王都の門番になって、今日でちょうど2年目になる。
仕事は簡単。
門の前に立って、通行人の身分を確認する。
怪しい人物がいれば上司を呼ぶ。
あとは、魔法の門が勝手に判断してくれる。
たったそれだけ。
実際、昨日まで何の問題もなかった。
商人が来れば開く。
旅人が来れば開く。
迷子の犬が来ても、なぜか開く。
なのに。
『不審者です』
「余は国王だと言っているだろう!!」
『申告内容と照合結果が一致しません』
「王冠を見ろ! 王冠を!」
『装飾品による本人確認は実施しておりません』
「融通が利かなすぎるだろう!!」
……どうしよう。
国王陛下を不審者として取り扱うことになるとは思わなかった。
「ミラ!」
背後から上司のバルト隊長が駆けてきた。
「これは一体どういうことだ!?」
「わかりません!」
「なぜ陛下をお通ししない!」
「私が止めてるんじゃありません! 門です!」
王都アルフェリアの城門。
正式名称は《誓約門》。
三百年前、初代国王によって造られた巨大な魔法建造物である。
見た目は立派な鉄の門だが、内部には高度な魔法術式が組み込まれている。
人間の言葉を理解し、身分を照合し、不審者を判定する。
王都の防衛を担う、いわば最強の門番だ。
ちなみに、私たち人間の門番は、ほぼ案内係である。
「門よ! 陛下をお通ししろ!」
バルト隊長が叫んだ。
『拒否します』
「なぜだ!」
『不審者のため』
「だから国王陛下だと言っているだろう!」
『確認できません』
「何を確認しているんだ、お前は!」
『王としての資格です』
……え?
私と隊長は、顔を見合わせた。
王としての資格?
そんなものまで確認していたのか、この門は。
「馬鹿馬鹿しい!」
国王陛下が怒鳴った。
「余はこの国の国王だ! 余の命令であれば、いかなる門も開かねばならぬ!」
『承知しました。王命の認証を開始します』
「うむ!」
『認証失敗』
「なぜだああああ!!」
私は思わず口元を押さえた。
笑ってはいけない。
相手は国王陛下だ。
笑ったら首が飛ぶかもしれない。
『なお、門の破壊行為は犯罪です』
「まだ何もしておらんわ!」
『念のためお伝えしました』
……この門、ちょっと性格が悪くない?
◇
そこから二十分。
事態はまったく進展しなかった。
近衛騎士たちが交渉しても、門は開かない。
大臣を呼んでも、門は開かない。
宮廷魔術師が解除を試みたところ、逆に警告音を鳴らされた。
『不正操作を検知しました』
「ひっ!」
『処罰対象です』
「わ、私は陛下に命じられて……!」
『記録しました』
「記録しないでください!」
宮廷魔術師は泣きながら逃げていった。
かわいそうに。
絶対に始末書を書くことになる。
「どうなっておるのだ!」
国王陛下は真っ赤になっていた。
もっとも、その気持ちはわかる。
自分の国に入れない国王など、前代未聞だろう。
ただ、一つ不思議なことがあった。
「……隊長」
「なんだ」
「どうして陛下だけ通れないんでしょう?」
「それがわかれば苦労せん!」
「いえ、だって……」
私は横を指さした。
そこでは、小さな男の子が母親と手をつないで門を通っていた。
『アルフェリア国民を確認。通行を許可します』
「おはよう、門番のお姉ちゃん!」
「お、おはよう!」
門が開く。
親子が通り過ぎる。
閉まる。
その直後、国王陛下が前に出る。
『不審者です』
「なんでだああああ!!」
……うん。
間違いない。
この門、明確に陛下だけを拒絶している。
「隊長。もしかして、門が壊れてるんじゃなくて……」
「なんだ?」
「陛下の方に、何か問題があるんじゃないですか?」
バルト隊長の顔が凍りついた。
「ミラ」
「はい」
「それ以上は言うな」
「はい」
「お前の命が惜しい」
「はい……」
口は災いの元。
そんな話をしていると・・・
『申請を受理しました』
突然、門が喋った。
「……え?」
『不審者判定の理由を開示します』
…………。
え?
ちょっと待って。
私、そんな申請してないんだけど?
『対象者、オズワルド・レインハルト』
『王としての誓約に違反した記録を確認』
『違反日時、昨日午後五時三十二分』
『違反内容――国民の不当追放』
その瞬間。
国王陛下の表情が変わった。
「……まさか」
バルト隊長が呟く。
「昨日の、聖女追放……?」
あ。
そういえば、聞いたことがある。
昨日、王宮で聖女様が追放されたらしい。
理由は、奇跡を起こせなかったから。
長年神殿に仕えていた聖女様は、国王陛下から「役立たず」と言われ、王都から追い出されたという。
「……あの」
私は恐る恐る手を上げた。
「陛下」
「なんだ!」
「昨日、聖女様を追放されたんですか?」
「そうだ!」
陛下は胸を張った。
「あの女は何年も神殿に居座りながら、一度として大きな奇跡を起こさなかった! 国費を浪費する役立たずなど不要だ!」
「そうなんですか……」
「当然の処置だ!」
……なるほど。
それなら、仕方ないのかもしれない。
私は聖女様の仕事を詳しく知らない。
国王陛下がそう判断したのなら、きっと理由があるのだろう。
しかし。
『異議があります』
門が喋った。
「お前には聞いておらん!」
『事実関係に誤認があります』
「何だと?」
『聖女エルネ・フィリア。王都アルフェリア出身。二十四歳』
『過去八年間の神殿奉仕記録を照合します』
門の表面に、青い文字が浮かび上がった。
『孤児院への食料提供、二千百四十六回』
『病人の看護補助、三千八百十二件』
『災害時の避難誘導、百十九件』
『貧困家庭への医療費立替、七百四件』
『なお、立替費用の八割は本人の報酬から支出されています』
…………。
「え?」
私の口から、素っ頓狂な声が出た。
国王陛下も固まっている。
「……そんな記録、余は知らぬぞ」
『はい。報告書の閲覧履歴がありません』
「…………」
『過去八年間、未閲覧です』
「余は忙しいのだ!」
『承知しております。なお、報告書は毎月提出されております』
……うわあ。
門の言葉が、ものすごく冷たい。
『また、聖女エルネ・フィリアに対する昨日の処分には、裁判記録および本人への弁明機会が存在しません』
「不要な人材を追放するのに、裁判など必要あるまい!」
『確認します。聖女職を解任するだけでなく、国民籍を抹消し、王都への帰還を禁止したことに相違ありませんか』
「そうだ!」
『なぜですか』
「役立たずだからだ!」
『理解しました』
門が一瞬、静かになった。
そして。
『王としての資格を再審査します』
「うむ!」
『不適格』
「だからなんでだああああ!!」
◇
それから、門は三百年前の記録を表示した。
初代国王の誓約。
この国が建国された時、王は一つの約束をした。
『王は、すべての国民を等しく守る』
『罪ある者は正しく裁き、弱き者を理由なく切り捨てない』
『王の権威は、国民を守る責務と共にある』
この三つの誓いを、初代国王は城門に刻み込んだ。
そして、最後にこう付け加えた。
『この誓いを破りし王は、もはや王にあらず』
…………。
あー。
なるほど。
そういうことか。
「……つまり」
私はゆっくりと口を開いた。
「陛下は、聖女様を追放したから……」
『はい』
「王としての資格を失った?」
『その通りです』
「……だから門が開かない?」
『はい』
「……国王なのに?」
『元国王です』
「元国王!?」
バルト隊長がひっくり返った。
近衛騎士たちも騒然としている。
「待て待て待て!」
国王陛下が叫んだ。
「そんな昔の約束など、余は知らぬ!」
『誓約は継承されます』
「余は直接誓っておらん!」
『戴冠式において宣誓済みです』
「…………」
『記録映像を再生しますか』
「するな!!」
……あ、覚えてるんだ。
「そ、それに!」
国王陛下は必死だった。
「余には国王の血が流れている! 正統な王家の血筋だぞ!」
『血液情報は登録されています』
「そうだろう!」
『しかし血液型と王の資格に直接的な関係はありません』
「そういう意味ではなあああい!!」
私はとうとう笑ってしまった。
「ぷっ……!」
しまった。
国王陛下がこちらを睨んでいる。
「……おい、娘」
「は、はい!」
「今、笑ったか?」
「い、いいえ!」
「本当か?」
「ちょっとだけです!」
「正直すぎるだろう!!」
ああ。
終わった。
門番2年目にして、私の人生が終わった。
◇
「……ところで」
私は恐る恐る尋ねた。
「陛下。聖女様は今、どちらにいらっしゃるんでしょう?」
「知らぬ!」
「え?」
「昨日、王都から追放した! その後など知るものか!」
……ええ。
追放した人が、その後どうなったか確認してないの?
『参考情報を提示します』
また門が喋った。
『エルネ・フィリア。現在位置、王都西門から二百メートル』
「……近っ!」
思わず声が出た。
「まだそんなところにいるんですか!?」
『はい。昨夜は街道脇の休憩小屋で就寝しました』
「……え?」
私は耳を疑った。
昨夜。
王都周辺には冷たい雨が降っていた。
夜間の気温も低い。
そんな中、追放された聖女様は街道脇の小屋で眠っていたというのか。
『なお、現在は街道上で負傷者を手当てしています』
「負傷者?」
『王都へ向かう荷馬車が転倒。乗員三名が負傷』
「……私、見てきます!」
私は走り出した。
「お、おいミラ!」
バルト隊長が叫ぶ。
「勤務中だぞ!」
「すぐ戻ります!」
「勝手に持ち場を離れるな!」
私が足を止めるより早く、門が答えた。
『緊急救護を優先してください』
「ほら、門もそう言ってます!」
『なお、後ほど報告書を提出してください』
「そっちも!?」
この門、本当に事務的すぎる。
◇
街道を走ること数分。
私は道端で、一人の女性を見つけた。
淡い金色の髪。
白い神官服。
ただし、その服は泥で汚れていた。
女性は地面に膝をつき、老人の足に包帯を巻いている。
「……聖女、エルネ様ですか?」
「はい?」
女性が顔を上げた。
「あら。どうしました?」
「わ、私、王都の門番です!」
「まあ」
エルネ様は優しく微笑んだ。
「門番さんが、こんなところまで?」
「聖女様が近くにいるって聞いて……!」
「ああ」
エルネ様は少し困ったように笑った。
「ごめんなさいね。まだ遠くまで行けてなくて」
「い、いえ! そうじゃなくて!」
私は彼女の手を見た。
包帯。
薬。
そして、小さな革袋。
中にはわずかな銅貨しか入っていなかった。
「……昨日、追放されたんですよね」
「そうですね」
「……大丈夫なんですか?」
エルネ様は少し考えた。
「うーん」
それから、小さく首を傾げた。
「正直、ちょっと困ってます」
「ですよね!」
「宿代がなくて」
「ですよね!!」
「でも、この方たちを放っておくわけにもいかないでしょう?」
そう言って、エルネ様は老人の包帯を結び終えた。
「はい。これで大丈夫ですよ」
「ありがとう、聖女様……」
老人が涙ぐむ。
私は思わず尋ねた。
「……あの、エルネ様」
「はい?」
「大きな奇跡を起こせないって、本当なんですか?」
「本当ですよ」
即答だった。
「私、魔力が少ないので」
「……そうなんですか」
「ええ。火を灯すのが精いっぱいです」
エルネ様は笑った。
「だから、普通にお手伝いするしかないんです」
「……普通に?」
「お掃除したり、ご飯を作ったり、お薬を運んだり」
彼女は指を折って数え始めた。
「困っている人のお話を聞いたり。字が読めない子に読み書きを教えたり」
「……」
「それくらいしかできませんから」
私は言葉を失った。
この人は。
魔物を一撃で倒せない。
天候を操れない。
病気を一瞬で治すこともできない。
でも。
たぶん、たくさんの人を助けてきた。
誰に言われるでもなく。
誰に褒められるでもなく。
「……エルネ様」
「はい?」
「王都に戻りたくないですか?」
彼女は少し驚いた顔をした。
それから、静かに笑った。
「戻れたら、嬉しいですね」
「だったら……!」
「でも」
彼女は言った。
「聖女のお仕事に戻りたいかは、また別の話です」
「……え?」
「私、少し疲れてしまったので」
その笑顔は、どこか寂しかった。
◇
私が城門へ戻ると、国王陛下はまだ門と喧嘩していた。
「余を通せ!」
『拒否します』
「命令だ!」
『認証できません』
「もう一度考え直せ!」
『本日十二回目の申請です。結果は変わりません』
「数えるな!!」
……元気だなあ。
私は国王陛下の前に立った。
「陛下」
「なんだ、戻ったか!」
「聖女様にお会いしてきました」
「そうか!」
「今、街道で怪我人の手当てをされています」
「……そうか」
「昨日から、ずっと外にいたそうです」
「……」
「宿に泊まるお金もないそうです」
「…………」
国王陛下は、黙り込んだ。
私は続けた。
「陛下。聖女様は、本当に何もしていなかったんでしょうか?」
「……余は」
「国を守るって、魔物を倒すことだけなんでしょうか?」
国王陛下は、答えなかった。
「私は、門番になって七日しか経ってません」
「……」
「門番の仕事って、怪しい人を通さないことだと思ってました」
私は巨大な城門を見上げた。
「でも、違ったんですね」
この門は、三百年間ずっと国を守ってきた。
強い敵から。
悪い人から。
そして。
国を守るという約束を忘れた王から。
「……娘」
国王陛下が口を開いた。
「……名は?」
「ミラです」
「ミラ」
「はい」
「……余は、間違っていたのか?」
その問いに、私は少しだけ考えた。
「それを決めるのは、私じゃないと思います」
「……では、誰だ」
「少なくとも、聖女様本人の話は聞くべきだったんじゃないでしょうか」
国王陛下は、黙って城門を見つめた。
しばらくして。
「……近衛隊長」
「はっ!」
「エルネ・フィリアを、ここへ呼んでくれ」
「承知しました!」
そして国王陛下は、小さく付け加えた。
「……命令ではない。お願いだと伝えてくれ」
◇
三十分後。
聖女エルネ様が城門に到着した。
国王陛下の前に立つ彼女は、ひどく緊張していた。
「……陛下」
「エルネ」
国王陛下は、ゆっくりと頭を下げた。
「……すまなかった」
近衛騎士たちが息を呑んだ。
国王が。
一人の聖女に頭を下げている。
「余は、お前の仕事を何も見ていなかった」
「……」
「奇跡が起こせぬという理由だけで、お前を役立たずと決めつけた」
「……陛下」
「しかも、聖女の職を解くだけでなく、国民として暮らす権利まで奪った」
国王陛下は、まっすぐ彼女を見た。
「許してほしいとは言わぬ。だが、昨日の処分は撤回させてくれ」
エルネ様は、少し驚いたように目を見開いた。
「……よろしいのですか?」
「ああ」
「私、これからも大きな奇跡は起こせませんよ?」
「……わかっている」
「お仕事も、しばらくお休みしたいです」
「……それも、わかっている」
「お給料の立替分は、返していただきたいです」
「……財務大臣に確認させよう」
エルネ様は首を振った。
「確認ではなく、返してください」
「……返そう」
……おお。
エルネ様、意外とはっきり言う人だ。
「それから」
「……まだあるのか?」
「あります」
エルネ様は微笑んだ。
「私以外の神殿の皆さんにも、きちんとお休みをあげてください」
「……」
「皆さん、毎日頑張っているんです」
国王陛下はしばらく黙っていた。
そして。
「……約束しよう」
深く頷いた。
その瞬間。
『誓約を確認しました』
門が喋った。
『追放命令の正式撤回を確認』
『国民の権利回復を確認』
『王としての責務を再確認』
『判定を更新します』
私たちは、息を呑んだ。
そして。
『オズワルド・レインハルト』
『王としての資格――暫定復旧』
「おおおおお!!」
国王陛下が叫んだ。
「やったぞ! これで帰れる!」
『ただし』
「……ん?」
『今後一年間、王としての行動を重点監視します』
「…………は?」
『改善状況によっては資格を再停止します』
「ま、待て!」
『なお、月に一度、国民生活に関する報告書の閲覧を義務づけます』
「月に一度!?」
『未閲覧の場合、翌月の王宮入場資格を停止します』
「厳しすぎないか!?」
『過去八年間の実績を考慮した判断です』
「ぐっ……!」
門は容赦がなかった。
さらに。
『王都への入城を許可します』
「……うむ!」
『仮登録国王、オズワルド・レインハルト』
「仮登録!?」
重厚な城門が、ゆっくりと開く。
国王陛下は、ついに自分の国へ帰ることができた。
ただし。
『ようこそ、見習い国王様』
「見習いって言うなあああああ!!」
私はとうとう我慢できなくなった。
「あはははははっ!」
近衛騎士たちも笑っていた。
バルト隊長まで肩を震わせている。
エルネ様も、口元を押さえて微笑んでいた。
王都の朝。
いつもと変わらない青空の下。
三百年の歴史を持つ城門が、人生で初めて反省した国王を迎え入れた。
◇
それから三か月が経った。
王国には、いくつかの変化が訪れていた。
まず、神殿の労働環境が改善された。
聖職者の休日が定められ、給与も見直された。
そして、国民を追放する際には正式な審理が必要であることが、改めて法律に明記された。
国王陛下は、毎月ちゃんと報告書を読んでいるらしい。
先月など、三十七枚も感想を書いたそうだ。
……ちょっと極端すぎない?
一方、エルネ様はというと。
王都の西側に、小さな診療所を開いていた。
神殿には戻らなかった。
それでも、子供たちに読み書きを教えたり、病人の看護をしたりしている。
どうやら彼女は、そういう仕事が好きらしい。
そして私は。
「ミラ!」
「はい、隊長!」
「今日も頼むぞ!」
「了解です!」
相変わらず門番をしていた。
違うのは、少しだけ給料が上がったこと。
そして、妙に有名になってしまったことだ。
あの日の一件以来、王都ではこんな噂が流れている。
『国王を追い返した伝説の門番』
……いや。
追い返したの、私じゃないんだけど。
そんなある朝。
「……ミラ」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、そこには国王陛下が立っていた。
「陛下! おはようございます!」
「うむ」
国王陛下は咳払いをした。
「今日は、国民の暮らしを視察する予定でな」
「そうなんですね!」
「城門を通りたいのだが……」
なるほど。
外へ出るのか。
「門さん!」
『はい』
「陛下が外出されるそうです!」
『承知しました』
門が低く音を立てた。
『オズワルド・レインハルト。外出申請を受理します』
「うむ!」
『本日の目的地を申告してください』
「西の農村だ!」
『帰還予定時刻は』
「夕刻だ!」
『護衛人数は』
「十名だ!」
『確認しました。外出を許可します』
国王陛下は満足そうに頷いた。
「うむ。やはり、きちんと手続きを踏めば問題ないのだな!」
『はい』
「では、行ってくる!」
陛下が歩き出す。
その背後で、門が静かに告げた。
『なお、帰還時には報告書の提出をお願いします』
「…………」
国王陛下の足が止まった。
「……報告書?」
『はい』
「……何枚だ?」
『最低五枚です』
「五枚!?」
『視察結果、改善点、国民との対話内容を記載してください』
「そんなもの、帰ってから書けばいいではないか!」
『その通りです』
「ならば問題ないな!」
『ただし、未提出の場合は翌日の外出許可を停止します』
「…………」
国王陛下は、静かに天を仰いだ。
「……ミラ」
「はい!」
「……余、国王を辞めた方が楽なのではないか?」
私は少し考えた。
そして。
「陛下」
「なんだ?」
「門番も、毎日報告書を書いてますよ?」
「…………」
「国王様なんですから、五枚くらい頑張ってください!」
国王陛下は深いため息をついた。
そして、肩を落としながら歩き出した。
「……王とは、こんなに大変な仕事だったのか」
『はい』
門が答える。
『国民を守る仕事ですので』
その言葉に、陛下は足を止めた。
少しだけ振り返る。
そして。
「……そうだな」
小さく笑った。
「……では、行ってくる」
『いってらっしゃいませ、国王陛下』
重厚な城門が、ゆっくりと開いた。
今度は、不審者の警告も鳴らなかった。
私はその背中を見送りながら、小さく笑う。
国王様も、少しずつ変わっているらしい。
まあ。
それはそれとして。
「……門さん」
『はい』
「昨日、私の報告書に再提出ってつけましたよね?」
『はい』
「あれ、ちゃんと書いたつもりなんですけど」
『誤字が三か所ありました』
「……三か所くらいよくないですか?」
『規定です』
「……少しくらい融通を利かせてくださいよ」
『拒否します』
「…………」
私は深く息を吸った。
そして、王都の空に向かって叫んだ。
「この融通の利かない門んんんんん!!」
今日も王都は平和である。
ただし。
この国で一番偉いのは、国王でも、聖女でもない。
間違いなく。
城門である。
〈完〉




