青い石の精霊
静かな午後だった。
母の部屋の箪笥をひとつひとつ開けて、遺品の整理をしているとき、いちばん上の引き出しの奥から小さな木箱が出てきた。彫刻のある綺麗な蓋を開けると、白い絹布に包まれたペンダントがあった。
青い石――深い海の底のような色をした、大きなサファイヤ?
思わず息をのむほど、澄んでいて、強い光を宿している。
「・・・高いよね、これ」
誰に言うでもなくつぶやく。
うちはごく普通の家庭だ。母は質素で、宝石なんてほとんど身につけなかった人だった。結婚指輪だって、細くて控えめなものだったのに。
それに――
「青い目の人なんて、うちの家系にいないのに」
不思議だった。
このペンダント、明らかに、青い目の人に似合うように作られている。石の色も、台座の意匠も、どこか異国風で、母の服装や好みとは違うようなんだけど、これもまた母って感じがする。不思議だ。
手に取ると、ひやりとした重みが掌に残る。
その瞬間、サファイヤの奥で、微かな光が揺れた気がした。
――ざわり。
胸の奥に、知らない記憶が触れたような感覚。
「……なに、これ」
思わずペンダントを落としそうになり、慌てて握り直す。
すると今度は、はっきりとした声が聞こえた。
『……やっと、見つけてくれた』
それは、男の声だった。低く、どこか懐かしい響き。
「だれ……?」
部屋には私しかいない。
けれどペンダントの中の青い石が、確かに淡く輝いていた。
『君の母上が、最後まで守ってくれた。わたしは……この石に縛られた者だ』
「縛られた?」
『本当は、彼女と共に生きるはずだった。青い目の、異国の血を引く者として』
心臓が大きく跳ねた。
「……母は、そんな話、何も……」
『言わない選択をしたんだ』
サファイヤの光が、わずかに揺れる。
『このペンダントは、わたしの魂の欠片。君の母上は、それを預かって、わたしの命をこの世界につなぎ止めてくれた』
私は唇を噛んだ。
母は、いつも何かを隠しているような、遠い目をすることがあった。あれは――このことだったのか。
「じゃあ……母は……」
『わたしを愛してくれたと思う。だけどわたしは選ばれなかった』
胸の奥が、じんと熱くなる。
『青い目ではなくとも、君の中には彼女の意志がある。この石が反応したのが、その証だ』
ペンダントの青が、今度ははっきりとした光を放った。
私はそれを胸に当て、静かに目を閉じた。
母の知らない顔。
母の、言えなかった過去。
そして、この青い石が、私に託したもの。
「……そうだったんだ」
遺品の中の、たった一つの秘密が、いま、私の中で静かに目を覚まし始めていた。
そんなに深刻じゃないよ。君の生物学上の両親はなくなった二人だから、そこは安心して。わたしは、俗に言う精霊。ご両親はわたしを利用しない道を選んだんだ。君はどうする?できればわたしを選んで使って欲しい。
私は、しばらくペンダントを見つめたまま黙っていた。
青いサファイヤの奥で、小さな光がゆっくりと瞬いている。
「……ずいぶん、軽い言い方をするんだね。精霊さん」
『だって深刻にすると、だいたい話がこじれるから』
少し笑ったような気配がした。
母の部屋の空気が、ほんの少しだけやわらぐ。
「利用しない道を選んだ、って……それ、つまり」
『契約を断った、ってこと。力を持つ精霊と契約すれば、望めば富も名声も思いのままに。運命だってねじ曲げられる。でも君の両親は、それをしなかった。わたしをただの、預かり物として扱った』
「らしいと言えば、らしいけど」
『たしかにお二人はね、素晴らしい人たちだった』
私は小さく息を吐いた。
母らしい、とも思った。あの人はいつも、楽な道を選ばない人だった。まっとうって言葉が好きだった。
「で、その力って、具体的になにが出来るの?」
『簡単に言えば、流れをいじれる。運、偶然、出会い、タイミング。ちょっとしたズレを、大きな結果に変える』
「宝くじ当てるとか?」
『それもできるけど、たぶん一番つまらない使い方』
くすっと笑う気配。
『たとえば、会うはずのなかった人に会う。死ぬはずだった誰かが助かる。逆も、できる』
私は背筋が少し寒くなった。
「……それ、かなり危険じゃない?」
『だから契約者を選ぶ。誰にでも使わせたら、世界がぐちゃぐちゃになる』
「それで、私?」
『そう。君は、君の両親のお墨付きだ。上手く使うって』
ずるい言い方だと思った。
断りにくくなるじゃないか。
「……もし断ったら?」
『このまま眠る。何十年、何百年か分からないけど、そのうち石ごと砕けて終わり』
「ずいぶん、あっさりしてる」
『精霊ってそういうもの』
私はペンダントを握りしめた。
母の引き出しに、ずっとしまわれていた重みが、今になってはっきりと感じられる。
「ねえ。ひとつだけ聞いていい?」
『どうぞ』
「母は……後悔してた?」
少し、間があった。
『していない。自分に誇りと自信のある人だった』
胸の奥が、じんと痛んだ。
「……ほんと、ずるい親だよ。そんな立派な母親は娘にとっては……友達のお母さんなら良かったのに」
『そうなのか?』
「えぇ、友だちは母の事を羨ましがった。だけど、わたしは嫌だった」
私は、ふうっと息を吐いて、ペンダントを首にかけた。
「分かった。使うかどうかは、その時に決める。でも――」
サファイヤが、柔らかく光る。
「少なくとも、お付き合いはしましょう」
『それで十分』
青い光が、私の胸のあたりで静かに落ち着いた。
こうして、母の遺品のペンダントは、
私と、気楽で危険な精霊との――奇妙な同居生活の始まりを告げていた。
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