第九話:伊勢神宮
和楽橋での妖怪駆除から五日後――
「神楽様、今日は伊勢神宮に行く日ですよ」
「いせ?」
私はポテトチップスを三枚つまみ、口に投げ入れる。
下界に降りて五日が経ち、徐々に人間の体や生活にも慣れてきた。朝が来て、食べて、日の光を浴びて…夜になったら眠る。こんなに〝一日〟を意識したのは生まれて初めてだった。
そして今は居間で寝転がりながら菓子を頬張っている。控え目に言って最高だ。
「…一昨日話したではありませんか。その神宮の方々が私と神楽様に会いたいそうです」
操が私に麦茶を渡す。
「ふーん…」
私は麦茶を飲みながら相槌を打ち、立ち上がった。
「よし、行くか」
その様子を見た操が目を見張る。
「……今日はやけに素直ですね」
「だってあの魚の妖怪以来、妖怪駆除無いし…式神が持ってくる任務は瘴気の浄化、浄化、浄化浄化浄化!!つまらん!!」
私は窓の外で震えている式神を睨んだ。
「そんなに毎日妖怪が出たら、祓い師は過労死しますよ…」
操が呆れた目でため息をつく。初日の、肩に力を入れて警戒した姿から一変、この五日で操も大分私に遠慮せず話すようになった。
「行きますよ、神楽様」
「おー」
――私と操は電車を乗り継ぎ、三重へ向かった。
* * *
「操ちゃん!」
「朱里さん!」
伊勢神宮に着くと、神職の老人と、二十代前半辺りと思われる娘の出迎えがあった。
操と女が互いの手を握る。
「操ちゃん久しぶり〜もう私と背同じくらいやん!」
「お久しぶりです朱里さん、宮司様も」
朱里と呼ばれた女が操の頭を撫でると、操も満更でもなさそうに微笑んだ。
そういえば操と祖父が、神職にも階級があるって言ってたな…確か下から権禰宜、禰宜、権宮司、宮司…だっけ…?
操祖父が石上神宮で一番偉いから宮司で、操はまだ神職じゃないって言ってたから見習いの出仕…
あれ?さっき操、この老人のこと宮司って言ってたよな…
その上祓い師が属する禊守会のトップが伊勢神宮ってことは――
「いやぁ、操ちゃんも大きくなったなぁ…もう高校生かえ?透さんは元気か?」
宮司の老人が穏やかな笑顔で操を見る。
「はい、二年生です。おじいちゃんも元気ですよ」
「そうかそうか」
宮司の喜びの感情が伝わってきた。
――ほぼほぼこの爺さんが神主のトップじゃん。
だからさっきから参拝客やら他の神職の人間から視線を感じるわけか…
……いやいや、そんなことよりだろ!
私はこの神宮の主神が祀られているらしい正殿と目を合わせた。
この境内に入ってからひしひしと感じる、私を遥かに上回る巨大な神力…
私は冷や汗を流す。境内に入った途端、髪を乱していた風が止んだ。まるで誰かが私の存在に気づいていると言わんばかりに…
「それで、新しい祓い師さんが後ろにいる…」
宮司はそう言いかけて目を丸くした。どうやら私の正体に気づいたらしい。
まぁ…実家にこんなでかい神力を持つ奴がいたら私の存在も霞むか…
「こ、これは…!とんだ失礼を致したました…!強い神力を感じると思いましたが、まさか神様だとは思わず…!」
「すぐに御挨拶できず大変申し訳ありません…!」
宮司は私が神だと気づくと、光の速さで土下座をした。朱里もそれに続く。
私と操は、宮司達のあまりの緊迫感と張り詰めた空気に驚き、目を見合わせた。
いや…別に敬われるのは悪くないが…
「操…私はそんなに怖く見えるか…?」
私がコソッと操に耳打ちすると、操は首を横に振った。
「どちらかと言うと幼い印象ですし、むしろ親しみやすい方かと…」
操も困惑した顔でそう囁く。
参拝客や巫女、神職達は宮司とその娘の土下座を見てざわめき、中には動画撮影を始める者も出てきた。
「…おい、私と操に何か用があるんだろ?」
私が困惑した声でそう言うと、宮司がその歳とは思えぬほどの素早さとキレで立ち上がった。
「は…!只今ご案内致します」




