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感情の神ティモスは悲しみを知らない  作者: 暁 有沙陽
第一章 人間初心者
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第八話:禊守会


 

「はぁ、はぁ…着いた…」

 息切れがすごい…足痛いし脈もありえないくらい速くなっている…

「人間の…体は…本当に…軟弱だ…」

「神様?」

 私が汗を拭っていると、返り血を浴びた(みさお)が驚いた顔で私を見た。

「お…おい、妖怪…は?」

「祓いましたよ?」

 その言葉を聞いて思わず「は!?」と大声を出す。そして息を吐き、その場に座り込んだ。

 走り損じゃないか…全部操の祖父のせいだ…帰ったら文句言ってやる…

「もしかして、心配して来てくれたんですか?まさか走って…?」

 操の顔や白衣についた血が徐々に消えていく。今日の昼に初めて妖怪と遭遇した時も思ったが、どうやら妖怪は、死ぬとその血肉が蒸発して消え去るらしい。

「ちが……わないけど、悪いかよ」

「…」

 暫く反応が無いため恐る恐る操の顔を見上げると、操は両手を口に当てて目をまん丸にし、一歩後退っていた。信じられないと顔に書いてある。

「……何だよその反応」

 操のあまりの驚きように、私は思わずジト目で彼女を睨む。

「すみません、冗談のつもりだったんですが…まさか本当だとは思わなくて……えっと、すごく嬉しいです。ありがとうございます、神様」

 操がはにかんだ顔で私に礼を言った。

 初めて見たその柔らかい表情からは、純粋な喜びが感じ取れる。

 私も何だかんだ操につられ、頬が緩んでしまった。


  * * *


「…っと」

「よく転ばないで乗れるな」

 私は簡単そうに自転車を操縦する操を見て感心した。

「練習が必要なんですよ。それに壊れてもバイクなどに比べて修理代が安く済むので祓い師の愛用品です」

「ふーん」

 すると、操が何かに気づいた顔をしてすぐに自転車から降りた。

 私が不思議に思っていると、操が私を見て微笑む。

「神様、乗ってください。私が後ろから押すので」

「え?」

「家から結構距離あるのに走ってこられて疲れたでしょう?帰りは休んでください」

 私は操の気遣いに「へへっ」と照れ笑いして自転車にまたがる。

 

 ――直後、背筋に悪寒が走った。


「…!」

 このゾワッとする感覚…気配…昼に感じたものと同じだ…!

『ティモス!八時の方向!』

 ヌースの大声と同時に私は自転車を蹴飛ばして操の肩を掴み、その場に伏せさせた。

 自転車の倒れる大きな音が夜の静寂の中でこだまする。

 そして突風と共に、私達の頭上を魚と見られる妖怪が物凄い速度で駆け抜けた。背中を押されるような強風に、後ろ髪が前にきてボサボサになる。

「な…!さっき確かに祓ったのに…!」

 私は顔にかかる髪をかき分けながら、橋の下の川辺に目を向けた。

「見ろ…うじゃうじゃいるぞ」

 川沿いに巨大魚の妖怪が大量発生してる…いや、ここに集まって来てるのか…?

「式神、応援要請!」

「了解」

 操の言葉を聞いた式神が、その場で振動を始める。

「うわっ、あの紙震えてるけど大丈夫か!?」

「他の式神と情報共有しているんです!それより神様、人間の姿でも神力(しんりき)は使えますか?」

 私は伏せたまま、頭上を通り過ぎて川に集まってくる妖怪を一瞥した。

「使えるけど…私は攻撃型の神じゃないから倒したりはできないぞ?」

「十分です、あの妖怪達に神力を浴びせてください。動きが鈍くなりますから。その隙に私が斬ります」

 私は操の策に頷き、立ち上がって橋の下を除く。

 魚の妖怪達は川の水に浸かろうとするが、その巨体と数のせいで川に入りきれず、ヒレを激しくバタバタさせて苦しんでいた。

「ブクブクブクブク…」

「ポッポッポッ…」

 魚達の声とヒレがぶつかり合う音、そして生臭い匂いが漂ってくる。

 ざっと見ただけでも二十体以上いるぞ…それに…

「っ…!」

 川から漏れた妖怪達が操に突進してくる…

 水に浸かれないと分かったら今度は標的を操の魂に変えた…!

 でも幸いなことに、動きは単純だ。

 私は操に突進してくる妖怪に神力を浴びせる。

 そして動きが弱まった隙をついて操が薙刀で斬り刻んだ。

 すると徐々に、川に浸かっている魚達さえも魂を求めて操に向かって来た。私は次々と猪突猛進してくる魚達に、休む暇もなく神力を使い続ける。


  

「はぁ…はぁ…」

 夜風が血と異臭を運んでくる。数十分にも及ぶ格闘の末、何とか窮地を脱した。

 残るはこの二体だけ…

「来るぞ!」

 私が神力を浴びせ、魚の動きを止める。

「はっ!」

 操はとっくに体力の限界を迎えているはずなのに、その素早い動きは疲れを感じさせないものだった。

 あと一匹…!最後の一匹は…! 

 ――いた!

 私は全速力で住宅街の方向へ逃げていく巨大魚の後ろ姿を見つけた。

「借りるぞ!」

 そして疲労により両腕を震わせる操から、薙刀を奪い取る。

「オラァァァ!!」

 私は神力を限界まで薙刀に込めて、魚に向けて力の限り投げた。

 ――当たれ!

 槍投げの要領で投げた薙刀が、見事妖怪に突き刺さる。

「グ…ガ…」

 その後巨大魚の妖怪は蒸発し、塵になって消えた。

「はぁ」 

 私は安堵のため息をつく。

「妖怪ノ反応ヲ確認中…確認終了。反応ナシ。本部二伝達シマス」

 式神が再びバイブレーション状態に入った。

 操がその場にへたり込む。

「神様がいなければ…どうなっていたことか…」

 その声は最悪の結末を想像したのか震えていた。

「は…だから来て正解だっただろ…?私はこれを見越してだな…見越して…」

 私の声がグラデーションがかかったみたいに徐々に弱まり、ぐにゃりと力が抜け、その場にパタッと倒れる。

 

「――い…!おーい!」

 

 息を整えながら目を瞑っていると、遠くから近づいてくる人の声が耳に入った。

「操ちゃーん!おっちゃん達ピンチ聞いて飛んで来たで!大丈夫か!?」

 腹筋を使って濁った声を出し、再び起き上がると、遠くから中年の男二名が自転車を立ち漕ぎしてこっちに近づいてくる姿が見えた。

 着ている袴が昼間に見た神職達と一致している。どうやら石上神宮の神主達のようだ。

 

「大丈夫です、全て祓いました」

 男達が自転車を降りて駆け寄ってくると、操が機械的な声で報告した。

「魚型ノ妖怪二十三体、駆除完了」

 式神が相変わらず、抑揚のない癖に綺麗な声で言う。

「二十三体やて!?操ちゃんが一人で祓ったん!?」

 二人が目を見開いて驚く。

「一人じゃないです」

 男達の目線が彼女から私に移された。

「じゃあ、その子も?」

 操が口を開いて説明しようとする寸前で、私が彼女の前に手を出してそれを止める。

「神様…?」

 操との共闘で、妖怪とそれを人知れず祓う人間に酷く興味が湧いたのだ。

「式神、禊守会(みそぎもりかい)に新しい祓い師を登録しろ」

「ハイ」


「名前は巴神楽(ともえかぐら)。天宮家の者だ」


「承リマシタ」

「…!?」

 私は唖然とする操を無視し、遠くに落ちている薙刀を拾いに行った。

「いやぁ、知らんかったわぁ…天宮さん家にこんなバカでかい神力の祓い師さんがおったなんてなぁ」

 背中からため息混じりの話し声が聞こえてくる。

 そして私が薙刀を片手に操達の元へ戻ると、中年祓い師の一人が私の手を強く握った。

「ほんっと助かるわぁ。この辺祓い師少のうて少のうて…だいぶ楽なるわぁ…」

 白髪(しらが)混じりのその中年男が涙を浮かべて私に感謝する。

「お…おお…そうか…」

 一年後には辞めるけど…

「おじさん達、お仕事終わりに急な応援ありがとうございました」

「かまへんかまへん、祓い師は助け合いやからな。操ちゃんが無事で何よりやわ。宮司さんによろしゅうな」

 そう言い残し、応援に来た祓い師二人が器用に自転車に乗って帰って行った。

「神様…何で祓い師に」

 操の言葉を遮って、私は拾ってきた薙刀を渡す。操が戸惑いながらも私に礼を言った。

「何となく面白そうだし、何やかんや悲しみも知れるかもしれないし、お前との共闘もそこそこ楽しかったし……まぁ、神の気まぐれだと思え」

 この判断が正しいかどうかは分からない…下手すれば祓い師としての時間が無駄な時間(もの)になる可能性だってある。

 でも――

 足掻くと決めたんだ。私は。今は操を頼るしかない。

「ありがとうございます…」

 すると操が薙刀を握りしめ、嬉しそうに目を細めた。

「…」

 ――それに、操と過ごすのはきっと、悪くない。


  * * *

 

「ただいま、おじいちゃん」

「おお、おかえり、怪我はあれへんか?」

「うん、神様がいてくれたからギリギリ祓えたよ」

「そらそら…おおきに神様」


『いいや、ただ祓い師に絶対などあらせんぞ、と言いたいだけです。今夜は特に、嫌な空気や』


 祖父に言われた言葉が脳裏をよぎる。

「…お前、最初から妖怪が大量発生することを分かってたのか?」

「ほほ、何をお聞きなさる。未来など誰にも分かりまへんよ。強いていえば、ただの勘です」

 私は半目で祖父を睨んだ。

 まぁ、孫が帰ってきて心から安堵しているようだし、悪い奴ではないんだよな…

「それより禊守会に登録されたようで」

「え?ああ…情報早いな」

 情報という単語から式神のブルブル震えて通信を取る姿が頭に浮かび、思わず口元が緩んだ。

「わしとしても安心ですわ。操はなんでも一人でこなそうとするさかい、心配やったんですよ。操、これからは神様にも協力してもらうとええ」

 それを聞いてふと後ろにいる操を見ると、彼女とバチッと目が合う。

 何となく目を逸らすのは違うと思った為、私は操の目の前に手を出した。

「…よろしく、操」

 そして何となく挨拶をしてみる。

 何故今更挨拶…

 頭の中で自分自身にツッコんでいると、操が目を大きく見開いた。

「……今、初めて名前で呼ばれました」

「え?そうだっけ」

 人間の着目点はよく分からないが、操が嬉しそうだった為ほっとする。

 心の中ではずっと操呼びだったんだけどな… 

「よろしくお願いします、神様……いえ、神楽(かぐら)様」

「ははっ、よく名前覚えてたな」

 私はクスリと笑い、操と固い握手を交わした。

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