第六話:私の感情
操の涙を見た直後、私は目を大きく見開き、急いで操の傍に駆け寄った。
「悲しいか!?今、悲しんでるのか!?」
必死に、食い気味に操に顔を近づける。
〝悲しみ〟を知るチャンスだと思った。
「え…?いえ…これはたぶん嬉し涙で…」
操は戸惑った顔で興奮している私を見る。
それを聞いて、私の熱度は平常に戻った。
「……そうだ…人間は嬉しくても泣くんだったな…」
そして落胆のため息をつく。
「あんた、感情を司る神のくせに空気読めへん奴やなぁ」
「あ…みたま様…実はティモス様は…」
* * *
「あはは!悲しみを知るためにわざわざ天界から下界に来たなんて…!ご苦労さんですわぁ!っくく…それでこの境内に住みたいと、いいわ、許可しましょう」
操が私の事を簡単に説明すると、みたまが口を抑えて大爆笑した。
「笑うな。私にとっては深刻な大問題だ」
私は口を尖らせ、みたまをギロリと睨みつけた。
「ふふっ…そうか…あんた感情の神のくせに悲しみを知らんのか…おもろいこともあるもんやなぁ…」
みたまは笑い終えると声を出しながら息を吐いた。
「でも…悲しみを感じないなんて、少し羨ましいです…」
操が小さくぼやいた。
羨ましい…か。
確かに、普通の人間や神ならそう思うのかもな。
でも、その普通が私にとっては羨ましい。
「……感情は複雑すぎる」
私は俯きながらそう言った。
二人が真剣な声音の私を凝視する。
「どれもこれも入り組んでいて、まるで絡み合った糸のようだとつくづく思う。その上細かくて、すぐ切れて散るし」
私は神力で作った糸を出し、思考の中身を物理的に再現しながら話した。
「涙は基本的に、悲しみをを緩和するために出るものだ。だが、嬉しくても涙は出るし、激怒しても、恐怖しても涙は出る。つまり感情は全て、根本的に繋がっているんだ」
私は糸の先を全てひとつに繋げる。
――何でこんなことを急に話し出したのか、自分でも分からなかった。
「…そして感情には、それぞれ役割がある。喜びは自尊心を高めるため。怒りは間違いに気づくため。恐れは自分を守るため。そして悲しみは自分を労わるため…どの感情も生きる上で重要な意味を持っている」
そして神力の糸を消した。
──でもきっと、『私が感情の神だ。これだけ感情に対する知識がある。私は破壊されていい存在じゃない』って、誰かに…特に自分に言い聞かせたかったんだと思う。
「だから、悲しみは単なる悪ではない。つまり…」
しっくりくる言葉が思い浮かばず少し黙っていると、操が顔をほころばせた。
「さすが感情の神様ですね…感情についての理解が深まります…」
「あんた意外にも気遣えるやん」
ふたりが嬉しそうな理由が分からなかったが、暫くして理解した。
どうやら今の自分語りを、落ち込んでいた操への励ましの言葉と勘違いされたらしい。小恥ずかしいからそういう事にしておこう。
「…この世に生まれた時から、感情についての知識が頭に刻みこまれてた。心の情緒については、知の神より詳しい自信あるぞ。まぁ、知識はあっても理解できなきゃ意味無いけど…」
改めて言葉にすると破壊されることを思い出し、胃が痛くなった。
「悲しみを感じないのは…まだ、自分を労わるべき時が来ていないからじゃないでしょうか?」
少し間を置いて、操が私にそう言い放った。
「きっと、ティモス様の中には確かに悲しみの感情が存在するのです。でも、その引き出しは普通の人に比べてとても重くて…それを引き出す何かが…きっかけが足りないだけなのではないでしょうか?」
私は口角を上げて目を見開く。
「…ははっ!お前、やはり面白いな!」
そしてゆっくりと口を閉じ、笑みを保ったままため息をついた。
――でも…多分私は、破壊されるだろう。
何となく気づいていて、気づかないふりをしていた。
だって一年以内に私が悲しみを知るなんて、出来るわけないだろ。
たった一年…たった一年だぞ…五百年以上生きてきて、ずっと分からなかったのに、今になって理解できるわけがない。
だけど…
「私の引き出しが重いだけ、か…」
私は息を思いっきり吸い込み、勢いよく吐いた。
……その可能性を、信じてみてもいいかもしれない。
そもそも…!
創造神の奴が勝手に私を創っておいて、悲しみを知らないから破壊するだぁ?
ふざけるな!
嗚呼…よく考えたらイライラしてきた。
私は絶対に死なない。生きてやる。その為に下界にまで降りてきたんだ。
一年だろうが一ヶ月だろうが、やってやるよ…
私の瞳の中でメラメラと炎が燃え盛る。
見てろよ創造神。お前の腰を抜かしてやる。




