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感情の神ティモスは悲しみを知らない  作者: 暁 有沙陽
第一章 人間初心者
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第五話:石上神宮



「それで、なぜ神様が人間の真似事をされているのですか?」

「まぁ、色々あってな…」

 私は(みさお)に下界に降りてきた経緯を愚痴混じりに話した。

 

「破壊…ですか…」

「そ。だから渋々下界に降りてきたわけだけど、私一文無しの宿無しなんだよな…」

 私は大きくため息をつき、操を何度もチラチラ見る。

 操は居心地の悪そうな顔をして、私と目を合わせようとしない。

「はぁぁ……今日から野宿か…神が野宿か…でもしょうがないよな…下界に知り合いなんて居ないし。鹿と一緒に寝食を共にするか…」

 

 暫く粘ると、操が口を開いた。

「…………あの…もし当てがないなら私の家」 

「悪いな、世話になるわ」

 操はげんなりとした顔でこくりと頷き、私は上機嫌で操の後をついて歩いた。


  * * *

  

「着きました。ここが私の家系が主体となって運営している、石上神宮です」

「へぇ…」

 操の話によると、この国には神社や神宮と呼ばれる神を祀る場所があるらしい。操はその土地の娘だった。通りで神力を持つわけだ。

「おお、操ちゃんお帰り」

「「おかえり〜」」

 すれ違う神職や巫女達が操に挨拶する。操はそんな彼らに笑顔で会釈した。

 誰も私が神であることに気がつかない。やはり操は他の人間とは違うように思う。

 そんな事を考えながら歩いていると参拝客とぶつかりそうになり、ギリギリで避けた。

「…人が多いんだな」

「有名な神宮ですから。参拝者や神職の者達で賑わってるんです。家はこちらです。階段気をつけてください」

 私は操に続いて石段を降りる。

 その家は瓦屋根の二階建てで、壁は木や土で出来ている古風なものだった。

「…しょぼい」

 宮殿と比べ、つい声が出てしまった。操の僅かな苛立ちを感知する。


「おじいちゃん、ただいま」 

「おや、おかえり操。隣のお嬢さんは…」

 家の扉を開けると、玄関を掃除していた白髪(しらが)の老人が私達を出迎えた。

 竹箒(たけぼうき)を持っていた老人が私を見て大きく目を見開き、それを手放す。

「こらこら…驚いた。まさか神様がいらっしゃるとは」

 そして慌てて雪駄(せった)を脱ぎ、私に向かって綺麗な座礼をした。

 この老人…操の祖父も、私が神であることを一瞬で見抜いた…

 血筋というやつなのだろうか…この二人は人間にしては神力が強い。

「…今は訳あって人間の姿をしているんだ。用が終わるまでここで世話になりたいんだが」 

「それは…わしは勿論かまわへんのですが、他の神様を住まわすとなると、一応みたま様からの許可が必要ですな…」

 そう言って北の社殿を一瞥した操祖父を見て、〝みたま〟がここに祀られている神の名だと理解する。

「おじいちゃん、私が説明してくるよ」

「おおそうか、みたま様によろしゅう伝えてな」

「うん」

 操が倒れている竹箒を拾い、祖父に渡すと微笑んだ。  

「随分広い(やしろ)だけど、相当な神が祀られてるのか?」

 私は操の横に張り付きながら歩く。

「はい。名前は布都御魂大神ふつのみたまのおおかみ様で、愛称はみたま様です」

 愛称ねぇ…

 私が心の中で馬鹿らしさを感じていると、操の右手にある破れた手記に気がつく。

「もしかしてその手記、その神の物?」

「…はい…破いてしまったことを謝罪します」

 操の表情はとても苦しげだった。


  * * *


「…失礼します。みたま様」

 扉を開けると、紅い着物と数本の簪で着飾った神が操を見て嬉しそうに笑みを浮かべた。

「おや操やんけ。どないした?」

 操から敬愛の感情を感じる。この神を随分と慕っているようだ。

「隣のもんは誰や?」

 みたまが探るような目で私を見る。

「私は天界を統べる六大神が一柱、感情の神ティモスだ」

 私は学校での反応がイマイチだった為、少し控え目に言う。

「ほぉ…あんたが噂の感情の神ね…」

 どうやら知っているらしい。それに噂になっている…!

 私は調子に乗って腕を組み、ニッコリした。

「そう、私が――」 

「感情の神は傲慢で我儘で頑固だって、下界まで噂流れとるで?あんた相当な嫌われもんやな」

 想像した反応とは真逆の答えが返ってきて、思わず狼狽える。

「嫌われ…!?」

 私がショックを受けてその場で小さく蹲ると、みたまがその様子を見て笑みを浮かべた。

「まぁでも、百聞は一見にしかずやな。思ってたより素直そうやん。それに噂は噂。そこまで気にする事はあらへんで」

 操がこの神を好く理由が分かった。

「おや操…それは」

 みたまが操の手にある手記に気がつく。操の心に不安が押し寄せるのを感じた。 

「……申し訳ございません、みたま様…頂いた手記を破いてしまいました…本当にごめんなさい…」

 操の声は震えている。

 破かれたとは言わないのか…

「…そうか、ついに読まれへんくなったか…」

 みたまがほんの少しだけ残念そうに笑う。

 そんなみたまの表情を見た操が、悔しさと悲しさが混じった表情で今にも泣きそうに俯いた。

「操…こっちにおいで」

 そんな操を見かねたのか、みたまが手招きする。

 操が心苦しそうにみたまの目前まで近づくと、みたまは操の頭を優しく撫でた。

「ありがとうなぁ、今までこんな古ぼけたもん持ってくれて」

「……古ぼけてなんかないです。私が今までどれだけこの本に救われたか…」

「操、ええんやで。わてが何でそれをあんたに渡したのか、分かるか?」

 操が首を横に振った。

「あんたがここに越してきた時、どんな顔してたと思う?」

 操は俯いたまま口を噤む。

 そう言えば、両親を亡くしてここに引っ越してきたって言ってたな…

「…もう、生気を感じん、抜け殻みたいな状態やってん。だからあんたにこの手記を渡したんよ。人は、自分より不幸なもんがいると、少しは自分の境遇をマシに感じるもんやろ?わては自分の感じてきた気持ちをあんたに知ってもろて、理解してくれただけで十分や。ありがとうな」

 みたまが操の手を握り、柔らかく微笑む。

 

 ――すると、操の目から大粒の涙が零れた。


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