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第四十三話:望まれぬ神



 ヌースとカロン、エレオスにオント、大丈夫だろうか…

 特にいつも頻繁に世間話をふってくるヌースとエレオスからの通信が一切無い状況が、逆に怖い。


「神々よ、狐の本来の鳴き声を聞いたことがあるか」


 ――とは言っても、こちらもあまりいい状況ではない。

 たった今、硬直状態だった伊勢神宮境内にて、神獣が訳の分からない事を言い出したのだ。

「…そんなどうでもいい時間稼ぎには付き合ってられん。早くアマテラスを離せ」

 私がそう言うと狐の目が鋭くつり上がり、その瞳孔が大きく拡がった。

 

 ――どうやら地雷を踏んだらしい。

 だがそれは狐も同じ――

 

〝卑しい狐風情がわたくしの身体に触れ、あまつさえ傷をつけようなど…どうしてくれようかしら…〟

 そんな心の声がヒシヒシと伝わってくる形相のアマテラスが、狐を睨みつけている。

「私の話が〝どうでもいい〟だと…?」

 一方アマテラスの怒りに気づかない狐は、私を見て毛を逆立てた。

 国の主神と神獣から殺気を含んだ神力がメラメラと溢れ出す。怒りの方向はアマテラスから狐、狐から私…まるで魔の三角関係だ。

「その愚鈍な頭に叩き込め。嘆かわしい狐の鳴き声について――」


  * * *


 神獣はそう言うなり、狐の本来の鳴き声は「コン」ではなく「ギャアア!」だと熱弁し始めた。

 何でも人間は狐を古来から神聖な生き物だと見ていたらしい。それ故、鳴き方が「ギャアア」だと品がないと感じたのか、聞こえなくもないギリギリを攻めた「コン」という美麗なオノマトペを狐の鳴き声として定着させたらしい。

 あまりの熱量と何の役にも立たない話に思わず呆気にとられる。

 私が何故急にそんな話をし出したのか問うと、

「騙されたな馬鹿め。お前が言った〝どうでもいい〟時間稼ぎだ」

 と嘲笑された。

「…」

 コレはそう…激怒までは行かない程の絶妙な苛立ち――

 狐の勝ち誇ったその顔に一発喰らわせようと拳を振り上げた瞬間、アマテラスの口が動いた。


「…今、わたくしの喉元に爪を立てたわね…?」

 

 端的に言うと、彼女の顔は真っ黒だった。

「は…?ギャアア!」

 一瞬にして狐が頭を掴まれて地面に叩きつけられる。

 本当だ、狐の鳴き方はコンじゃなかった。

「山の小狐にじゃれられていると己に言い聞かせて我慢していたけれど…やはり限界だわ」

 アマテラスがため息をついて赤く晴れた鼻の狐を見下ろす。

「お前程度がわたくしの動きを封じるなんて、出来るわけないでしょう…?他の神々を案じて抵抗しなかったけれど、どうやら目的地はここみたいだからもう我慢する必要は無いわね」

 アマテラスがそう言い放ち空を見上げたその時――


 ――空気を割く轟音が辺り一帯に響いた。

「……私の神獣を虐めないで頂きたい」

 一つ瞬きをすると再生の神デラが私達の目の前に現れ、己に巻き付く旋風と共にその足を地につけた。

「主…!」

 狐は涙声でそう呟くと、光の速度で再生の神の背後に隠れた。再生の神が狐の鼻を優しく撫でる。

「言っておくけれど、わたくしの元へ向かわせた飼い主が悪いのよ?」

「……ああ、別に私の小狐を迎えに来たわけじゃないわ。用があるのはこの子でも貴女ではなく、彼女だから」

 そう言って再生の神が自身の神獣を手中に吸い込んだ。ムカつく狐が居なくなったが、喜びとは違う何とも言えない気分になる。

 

 彼女の目線は他でもない、私に向けられていた。 

「…私?」

「ええ、私は貴女を生まれ変わらせる為に来た」

 生まれ変わらせる?は…?

 それより再生の神が何で下界に…フィリアと創造神はどうなったんだ…

 私が再生の神から距離を取ろうと足を後ろに動かすと、彼女の口が開いた。

「貴女は神の器ではない。自分でも分かっているでしょうけど、己の感情もまともにコントロール出来ない上、知能生物において重要な悲しみの感情を知らない……既に貴女の存在はこの世界の毒になりかけているわ」

 確かに私はすぐ怒るし、悲しみも知らない…だがそれだけで世界の毒になるか…?

 

「聞き捨てなりませんね」

 

 私は別に冷静だったが、操が両手拳を強く握りながら私を庇うように前に立った。

 後ろ姿だけで、顔を見なくともその表情が険しいことが分かる。

「黙って聞いていれば…神楽様がこの世界の毒?そもそも神の器でないのは貴女でしょう?自己中心的で傲慢…厚顔無恥も甚だしい。どれだけこの方を侮辱すれば気が済むのですか」

 まさか操が〝神〟に対してここまで怒るとは思わなかった為、その背中が頼もしく見えた。

「…私は常に、この世界の利になる事を考えているだけよ。己が身勝手で傲慢であると見られていたのならば改善することを誓いましょう。でも、『失敗作』である彼女を新たな神へと再生させることが世界にとって必要なことなのよ」

 …ここまで言わせておいて黙っているのは六大神として恥だ。

 私は操の手を引いて自分の後ろへやり、再生の神と睨み合う。

「私が失敗作?随分な物言いだな、再生の神」

 すると再生の神がため息をつき、小さく「やはり知らなかったのね」と呟いた。

「……あの方が貴女を創ったのは五百年前。破壊神様が亡くなってそう日が浅くない時だった。そしてあの方は貴女を生み出して第一声にこう言った――」


  * * *


 ――再生の神の言葉を聞いて、私は目を見開いた。あまりにも信じられない事だった。

 だが…もし本当だったら…

 私は直ぐに再生の神の感情を感じ取る。

「……は」

 感情を通じて分かった。この神は嘘をついていない。

 

『失敗した…この子の感情は非常に極端だ…神とは言えない…』

 

 再生の神が言った、創造神の私を創った際の言葉は事実…

 じゃあ私は本当に――

 失敗…作…?

「貴女は創造神様が望んだ神ではない。故に私も貴女を望まない」

 

 私は…存在を望まれていない神…?

 

 あまりのショックに身体がふらついた。倒れそうになるのを操が支える。 

「ふむ…貴女がそうだとて、わたくし達…特にそこの娘はティモスの存在を望んでいてよ。それに祓い師達によると、彼女のお陰で助かった命が多くあるとか…」

 アマテラスが扇を開いて口元を隠し、獲物を物色するような目で再生の神を見つめる。

「…だが逆も然り…ティモスのせいで死んだ者もいる。例えばそう…友愛の神アミークスとか…」

 アミークスの名が出た時、胸のざわつきが更に酷くなった。

 私は衣の胸元を強く握り、ぐちゃぐちゃの感情と溢れ出す神力を抑える。

 操が青ざめる私を強く抱き締めた。

「っ…私からすれば、貴女の存在こそが…」

 そして歯を強く食いしばりながら話し出す。

 

「貴女の存在こそ要らないです…!それにこれだけは言える!自分よがりな貴女に本当の味方は誰一人として居ない!創造神だってきっと本心では貴女を信頼していないでしょう!」


 操がここまで怒りに駆られる姿は初めて見た。その声は掠れるほど大きく、再生の神を強く睨みつける余り、身体は前のめりになっている。

「この…」

 直後、再生の神のどす黒い声が聞こえてきた。 

「何も知らぬ小娘如きが…!!」

 そして顔に青筋を立てて怒号を上げ、怒りにより充血した目で操へ手を伸ばす。

「みさ――」

 私は咄嗟に操を庇おうと前へ出た。しかし操も同じように私の身を案じたのか、勢いよく斜め前へ突き飛ばされる。

 直後、再生の神の手が彼女の右腕に触れた。

 私は大きく目を見開く。

「操…!!」

 

 

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