第四十二話:慈悲と真実
「お待ちしておりました六大神様…!中で神力を帯びた狐がこの社の神様を人質にしているのです、どうかご助力を…」
東京の日枝神社に着地した私とオントの元に、聞き覚えのある声の少年が駆け寄ってきました。
んー…この子どこかで…
「あ、失礼…僕はこの神社の宮司の息子、九条陽太郎と申します」
ヨウタロウ…
その名を聞いた数秒後、私はピコーン!と思い出したのです。
「ああ!操ちゃんの幼馴染くんじゃないですかぁ!」
私が笑顔で両手を合わせると、陽太郎君が驚きと恍惚が混ざり合った顔で口元を覆いました。彼の黒い部分も少々ティモスから聞きましたが、こうして見ると年相応で可愛らしいですね。
「何てことだ…こんな美しい女神様に認知されているなんて…」
あらあら、操ちゃんの言う通りの人たらしさんですねぇ。
私が微笑ましく陽太郎君を見ていると、オントが首を傾げました。
「それにしても、伊勢神宮に出雲大社と来て何で東京の日枝神社にしたんだろうね?寧ろティモスがお世話になった石上神宮の主神の方がよっぽど大御所だろうに…」
ああ、そう言えばちょうどティモスがその話をしてた時、オントは疲労困憊で寝ちゃってたんでした…
「だからあの時寝ないでって言ったのに…」
私が頬をプクッと膨らませて呟くと、オントが申し訳なさそうに目を瞑りました。
ああでも、オントは目覚めたての身体で疲労困憊状態だったので今のは少しイジワルでしたね。反省です。
「何でも石上神宮の女神さんは今、天界にいるみたいなんですよ。神がいない社なんて、いちごの無いショートケーキと一緒ですからね。再生の神の狙い目から外されたんでしょう」
私が指を立ててそう言うと、オントが手を顎に当てて目線を斜め上に向けました。
「成程…今石上神宮は月の無い夜空のようなな状態というわけか…」
「メインディッシュが無いコース料理みたいなぁ」
「花が咲かない春のような…」
「餡の無い大福みたいなぁ〜」
だんだん楽しくなってきました。
「…エレオスは相変わらず食べ物ばかりだね」
すると、良いタイミングでオントが突っ込みます。思わず顔がニヤケました。
「えへへ、バレましたぁ?オントはロマンティストですねぇ」
「おや?エレオスもかなりの理想主義家だと思うけど?」
「「あははは!」」
私達は顔を見合せてゲラゲラと笑いました。
すると、横目でそんな私達を見て唖然としている陽太郎君が目に入ります。
「――って、こんな雑談してる場合じゃなかったですぅぅ!」
私達は本来の目的を思い出し、慌てて神社の中へ走りました。
* * *
「…へぇ、まさか本当に来るとは思わなかった。優しいんですね、わざわざ東京まで駆けつけて」
すると、会って早々狐の神獣さんに嫌味を言われてしまいました。
この社の神はどうやら気絶しているようです。首元に締められた跡があります。容赦がないですね…
「…これでも慈悲の神ですから。同胞を見殺しにできないんです」
私は愛想良く笑ってみました。
「可哀想ですね」
でも狐さんは顔色一つ変えません。
それに狐さんの目は虚ろで、一筋の光すら差していないのです。
あら…この子…
「…ふふ、哀れんでくれているんですか?でも私は貴方のことも哀れに思ってるんですよ。どうでしょう?私の側仕えになりませんか?」
私は目を細め、狐さんに向けて手を伸ばしました。
「…はっ、慈悲の神だから分裂して突然変異した神獣を放っておけないってか」
この世の何も信じられないと言わんばかりの声色と表情を見て、私は顔が緩むのを必死に抑えつけます。
「い、いいえ?私は貴方だから助けるのですよ。確かに私は生命すべてに慈悲の心を持っていますが、私の傍に置くのとは話が別ですもの!」
「理由は?」
狐さんが鋭い目で私を睨みます。
私がオントを見上げると、予想通り彼は苦笑していました。
「貴方が、昔の真実の神に似ているからです…!」
* * *
私は三千年ほど前、初めてオントと出会った時の事を話し出しました。
「よろしくお願いしますね、オント」
当時、創造神様の神珠を持つ者はフィリア、ヌース、カロン、私の四柱のみでした。
オントは元々、天界で暮らす普通の神でした。しかし〝嘘を見抜ける〟特別な慧眼を持つ彼は、生まれるや否や瞬く間に重宝されました。そしてフィリアやヌースの強い推薦から創造神様に神珠を授与された異例の神なのです。
〝嘘を見抜ける〟
一見素晴らしい能力にも感じますが、オントにとってそれは己を苦しめる諸刃の剣でした。
真実の神とは名ばかりで、生まれたばかりのオントは〝嘘発見器〟として神々間の足の引っ張り合いに使われていたそうです。
そんな環境から天界の統率者になったオントは、言うまでもなく誰も信用できない子でした。
宮殿に入内してからも、私達にどんなに優しくされたとて、嘘だと知って傷付きたくない故に慧眼を使おうとすらしませんでした。
当然フィリア達も最大限に気を遣います。
――そんな彼を見て、私はこう呟いたのです。
「嗚呼…何て可哀想なんでしょう…とてもとてもとても、とっても愛らしい」
…と。
私は顔を赤らめて恍惚と目を細めました。そんな私を見たカロンとヌースは青ざめ、フィリアは私にゲンコツを落としました。
でも――
「……なまえ、は…」
オントにとって私は異質な存在だったらしく、私に心を開いてくれたんです…
彼にはよく、変わり者だとか変態だとかサディズムだとか言われました。でも私に懐くオントに対して、母のように姉のように接して――
かくかくしかじかうんぬんかんぬん色々あって…
――自分好みの男に育て上げたのです!
* * *
「オントを簡単に説明するとこんな感じですね!それで…何でしたっけ…」
「あの神獣が僕に似てるって」
オントがコソッと教えてくれました。さすが私が育てた子、気遣い上手です。
「ああ、そうでした!そうなんです、狐さんは昔のオントにそっくりなんです!」
私が興奮しながらそう言うと、狐さんはまるで魔王でも見たかのような引き攣った顔で後ずさりしました。
「お前…頭のネジ外れてるんじゃねーの…」
悲しいことに、狐さんにはドン引かれてしまいました。




