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第四十一話:知と美



 私、知の神ヌースと美の神カロンは日本の権威ある神々を盾に、仲間と散り散りになることを命令された。その為現在、神獣が待ち構えている出雲大社へ向かっている。

 

「…ヌース、私達どんどん再生の神の言いなりに成り果ててるわ…フィリアからの連絡も無いし…このままじゃ」

 私は微かに身体を震わせているカロンの肩に手を置いた。

「落ち着けカロン、焦っても仕方ない。今我々が出来ることは一刻も早く出雲大社に行き、捕虜となっているオオクニヌシを救い出すことだろう?」

 カロンの性格から、彼女が今一番安心するであろう言葉をかける。

「…ええ、そうよね。きっと私達をおびき出す囮にされて不安なはずだもの」

 すると私の一言で、カロンの目つきが変わった。

 長年の付き合いから彼女は母性が強く、他者を心配し守ろうとする時に精神力が高まると知っている。

 予想通り、落ち着いたようだ。

 ――そして私達は飛翔速度を上げた。


  * * *


「大国主様を殺すくらいならわらわを殺しなさい!」

「否。まろが代わりに死ぬでね。故にあなた、最後に接吻を」

 ――しかし、現場の状況は予想の遥か斜め上を行っていた。

 

「兎にも角にも、旦那様がこんな化け狐ごときに殺されてええはずあらしまへん!」

「オオクニヌシ様死なないでぇぇ!」

 

 島根の出雲大社に着いて早々、甲高く泣き叫ぶ声達が耳をつんざいたのだ。

 そしてその黄色い奇声(カオス)の中から、男の大声が僅かに顔を出す。

「妻である君達を危険な目に合わせたくない…!この者の狙いは俺だけだ、皆は逃げなさい!」

 艶のある甘ったるい男の声が、本殿の中から耳に入った。そしてそれに感化された女性達のすすり泣き声も聞こえる。

 

「あーもーうっさいわねぇ!女神がどんどん湧いて出てくる!妻共!愛しのオオクニヌシの喉に風穴開けられたくなけりゃ、今すぐ帰れ!鬱陶しい!」

 狐の神獣があまりの苛立ちからか、社の壁を破壊する。

 皮肉だがお陰で中の状況が把握出来た。出雲大社の主神である大国主大神が神獣に拘束されていて、その周りを囲む様に四体の女神が声を荒らげている。

 

「やぁぁだァァ!あなだぁぁぁ!」

「チッ…パニックになるなら最初から来んといてくださる?旦那様が困ってはりますでしょ?」

「あーらあらあら貴女達、何を一丁前に己が大国主様の妻だと勘違いしてるのかしら?」

「あなた、接吻、接吻を…!」


 うん、修羅場かな…? 


「…六大神様、でございますか?」

 私とカロンが情報過多により直立不動で立ち尽くしていると、泣きボクロに垂れ目の神職が我々に声を掛けてきた。

「そうだ。しかしこの状況は一体何だ…?」

「現在、大国主大神様が狐の化け物に囚われているのです。どうかお助け下さい…」

 そう言って女が深く我々に頭を下げた。

「いや…それは見れば分かるのだが、周りで野次を投げている女神達は…?」

「あ…初めて見る方は皆驚かれますが、あの女神様方は全員大国主大神様の奥方様でございます」

 さらりとそう言う女を見て、私達は互いに目を合わせ、我々が正常であることを確認する。


  * * *

 

「んもぉー遅い!六大神まだ?早くしないとオオクニヌシ殺すわよ!」

 白い毛を逆立てて神獣が怒鳴り、オオクニヌシの首にその鋭い爪を立てる。

 私はカロンに目配せした。すると彼女が肩幅大に足を開き、神獣に向かって指を指してこう言い放つ。

 

「お望み通り来てやったわよ。死にたくなければ早くその神を解放しなさい!」

 

 カロンが先陣を切って声を張り上げたことに驚き、思わず彼女を凝視した。

 よもやよもや…私の目配せの意図は「行くぞ」であって、決して「喧嘩を売るぞ」では無かったのだが…

 すると、彼女が驚愕する私を横目で流し、口角を上げた。

「ふふ、驚いた?ヌースが隣に居てくれたから柄にもなく調子に乗っちゃった」

 そう言って得意気に笑うカロンを見て、胸がキュンと音を鳴らす。

 いやいや…何がキュンだ…

 私は咳払いをして邪念を振り払い、カロンと共に本殿に足を踏み入れた。

 一方神獣は我々を見てニヤリと笑う。

「やっと来たわね六大神!待ちくたびれたわ!」

 狐は頭を低くして腰を上げ、大きな尻尾を好戦的に揺らした。

 …まるで遊んでくれと言っているかのようだ。

 

 一方大国主の自称妻達は我々を見て目をかっ開いている。

「オオクニヌシの夫人達よ、狐の相手は我々六大神が引き受ける。君達は速やかにこの場を離れなさい」

 私がそう言うと、大国主の妻達が不安気な顔をした。

「六大神様…?でも神力が…」

 ああ、そうだった…

 六宝神珠を持たない我々の神力は平均的な神の神力と同程度…

 私がどう言いくるめようかと考えを巡らせていると、泣きボクロの神職が四神に向かって深く頭を下げた。

「…皆様、美の神カロン様と知の神ヌース様は信頼における方々でございます。どうか私を信じて頂けないでしょうか?」

 神職の女が美しい声でそう言うと、四名が目を見合せた。 

「……まぁ、伊織がそこまで言うなら…」

「如月の人間には昔から世話になってはるしな…」

 暫くして各々が首を縦に振る。

 伊織(いおり)如月(きさらぎ)…女の呼び名から、前にティモスが言っていた出雲大社の権宮司だと理解した。

 そして女神達は名残惜しそうに大国主を見て、己の土地へ帰って行った。

 それにしても気難しそうな女神達だったな…

 私が安堵していると、ずっと黙っていた大国主大神がその口を開いた。

 

「……なんと美しい…」


 私の瞼がピクリと痙攣する。予想通り、大国主の視線はカロンに向いていた。

 それを見た神獣が前足で彼の頭を叩く。

「あんたねぇ!捕虜の分際で見惚れてんじゃないわよ!」

 私はそう言って怒り出す神獣を遠目に、大国主を白眼視した。

「……カロン、アレは助けるに値しない。己の妻を一名に絞れない上、この期に及んで他の女神にも目が行くとは…何とも見苦しい…」

 私の表情は今、酷く歪んでいることだろう。

「ヌース落ち着いて。私の姿を初めて見た者達が私に惚れるのはいつもの事じゃない」

 そんな私を鎮める為、カロンが淡々ととんでもないことを言う。だが事実だ。

「そうだな…カロン、ルッキズムって知ってるか?」

「……貴方が何を言いたいのか大体分かるわ」

 不貞腐れて顔を背けている私を見たカロンが、ため息をついて私の背中を撫でた。

「でも美を求めるのは生物の本能なのだから仕方ないでしょう?それに、私にはちゃんと内面を理解くれる友達がいる。貴方とかね」

 カロン…

 ご機嫌取りだと分かっていても、やはり気分が良くなる。

 私は満足気に鼻を鳴らした。

 

「あーもう完全に自分達の世界じゃん!主導権持ってるのはこのあたしなのにぃ!」

「アイタタタ!」

 一方そんな我々を見た神獣は、歯ぎしりをしながら軽くオオクニヌシの首に爪を突き立てるのだった――

 

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