第四十話:散り散り
つい先程まで武の神一行と戦っていた宮殿の広間は、彼らが眠っているお陰で静まり返っていた。
私は水鏡を取り出して下界の動向を探る。
「…一箇所に集まっている…さすがに分が悪いわね。散らしましょうか」
そう呟いて部屋の端で待機していた神獣三体を一瞥すると、すぐに駆け寄ってきた。
力が分散されているが、今は丁度いい。
「…伊勢に六大神が集まっている。おまえ達三体が各方面に散って彼らをおびき出しなさい」
そう言うと、各々が返事をする。
「承知しました。主よ」
――右が頭を垂れた。
「主様!私が一番お役に立ってみせますから!見ててくださいね!」
――中央は尻尾を全力で振った。
「うるさいな…大声が頭に響く…」
――そして左が気だるそうに中央を睨んだ。
「…」
全く同じ神獣が分裂しただけなのに、こうも性格が違うのか…
「…頼んだわよ」
私が懸念を抱きながらも三体に呼びかけると、全員が返事をした。
「コン」
――右は上品に。
「コン!」
――中央は元気に。
「……コン」
――左は無気力に。
それぞれが下界へ散って行く。
『狂ってんな、あんた』
ふと、気絶している剣の女神に言われた言葉を思い出した。
他者に狂っていると思われたとて、一番大切な方に認めて貰えれば何を言われても平気だ。
『君の能力は私とフェリシアスの力を足したみたいだな』
昔、自分を側近に選んでくださった理由を破壊神様に尋ねた時、あの方はそう言ってくださった。
『…お二人の神力とは比べ物にならないです。私の場合は物体に触れなければ力は発動しませんし。それによく気持ちが悪いと言われます』
『そうだろうか?確かに過程は気持ちの良いものではないが、私は君の再生の力…生物が新しいものへと生まれ変わる姿が、とても美しいと思う。きっとフェリシアスもそう言うだろう』
私が天邪鬼に自身を卑下しても、破壊神様は私の力を褒めてくださった。
そして破壊神様が仰った通り、創造神様も同じように優しい言葉をかけてくださった。
ずっとお傍で見てきた、尊い方々…
私は創造神様の代わりになれるなど、微塵も思っていない。
ただ、あの方は、疲れている。
もう一人の尊い方を失って、病んでいる。
私は破壊神様とは違い、立派な正義感など一つも持ち合わせてはいない。でも、願った。
私が楽にして差し上げたいと――
世界の管理者という重圧から、解き放って差し上げたいと――
だから…!
私が!
「私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私がわたしが!!!」
自分でも分かる程の醜い顔を両手で強く押さえつける。
「私が!あの方をお救いするのだ!」
私しか…御二方の気持ちを理解できないのだから…!
* * *
「おいヌース、いい加減起きろ」
私が六宝神珠を奪われ、ショックのあまり倒れた知の神の頬をベシベシ叩く。
するとヌースが目をひん剥いて、勢いよく身体を起こした。
「ああ…私は…一体何を…」
「貴方ったら神珠を取られたショックでずっと気絶していたのよ?」
カロンが呆れた顔でヌースを見下ろすと、ヌースが恥ずかしげに少々禿げている頭の部分を触った。
恐らく神珠を奪われたのがショックだったわけではなく、髪を引っこ抜かれた事がショックだったのだろう。
「それよりどうするんですかぁ…?再生の神に私達の神珠まで吸収されたら適わないんじゃ…」
エレオスが眉を下げ、いつも神珠を付けていた右耳たぶを不安そうに触る。
「そうだな…だが他の日本の神々に協力を仰ぎ、全員集まれば、たぶん、ギリギリ通用するだろう…きっと」
知の神らしからぬ発言にアマテラス含め、その場にいた神々がヌースを半目で睨んだ。操達は反応に困っている。
「伝令、伝令」
直後、我々の雰囲気などお構い無しに式神がそのペラペラボディをなびかせながら声を出した。
「ティモス、何だ?これは」
「式神」
動く紙切れに驚くヌースに私が一言声を出す。それを聞いたヌースは、まじまじと式神を観察した。
「これが人間の式神か…紙を媒体にすることで使役に必要な神力を最低限に抑えているな…実に興味深い…」
「これが二千?くらい全国に放たれてるんだって」
「二千も?素晴らしい神力のコントロールだ…」
「デ、ン、レ、イ!」
伝令の存在を忘れていると、式神が一喝した。そして咳払いをする。
まじか…この薄っぺらい紙に感情あるのか…
「三体ノ神獣ガ日本ニ降リタ。ソノ内ノ一体ガ」
――式神が次の言葉を発しようとした瞬間、私達の目の前につい先程神珠を盗んで行った狐の神獣が風と共に現れ、式神を丸呑みした。
再生の神の神獣…!
私達が一斉に攻撃態勢に入る。
「一旦待て」
すると、神獣がまるで幼子を叱るかのような冷静さで声を張った。よく見るとアマテラスの喉元にその爪を当てている。
全員の身体にブレーキがかかった。
「…ぇ」
え、何コイツ喋れたの?あの小馬鹿にした様な声音の「コン」は本当に馬鹿にしてたのか…!
「何様じゃワレェィ……アマテラスを解放し、今すぐ六宝神珠と私の髪を返せ!」
ヌースがそう怒鳴って神獣を下から睨み上げた。
色々突っ込みたい気持ちも山々だが、今はそれどころじゃない。
「よく聞け六大神共。私の分裂体二名が、既に各場所でこの様に神質を取っている。私を殺せばこの国の重鎮である神らは死ぬ。阿呆じゃなければこの意味が理解出来るな?」
「……要求は」
先程とは打って変わって、ヌースが深刻な眼差しで神獣を睨んだ。
「我が主デラ様から、六大神は各神獣の元へ散らせと命を受けている。知の神と美の神は出雲大社へ、慈悲の神と真実の神は日枝神社へ、そして感情の神とその他人間共はここ、伊勢神宮で待機だ」
戦力を一箇所に集中させないつもりか…
「見事に日本の重鎮の神々を捕虜にしているな。再生の神は我々を殺すつもりか」
「主は私情で物事を判断しないお方だ。六大神は世の統治に必要である為、殺すことはない」
それを聞いたヌースは、一つため息をついて私達を見た。
「…要求を呑む。皆、少しばかり離れようか」
「そうですねぇ…こればかりは仕方ないです。オント、行きましょうか」
「うん、この子も嘘はついていないみたいだし…神々を見殺しには出来ないからね」
そう言い残して、皆がそれぞれ指定された社へ向かい飛び去る。
私は不安を堪えながらも、操達の前に立ち、神獣と向かい合った。




