第四話:神力を持つ少女
「え…?」
私は思わず目を見開く。
睨み合っていた女は何が起こったのか理解できないのか、小さく声を出して固まった。
私の後ろでゴミ袋を持っている人間の手は細く、制服の袖口に私と同じく白の二重線が入っている。どうやら女子のようだ。
「よっ…と」
私は思い切り首を後ろに傾け、目線を上に向けて背後に立つ人物を見ようとした。だが背がそれ程違わないのか、見えたのは黒髪だけ。思い切って体を半回転させると、後ろに居たのは先程私が気にしていた神力を持つ少女だった。
「お前…!」
私が目を丸くすると、少女がゴミ袋を勢いよく振り回し、残っていたゴミ屑を周りの野次馬達にも吹っかける。
「きゃあああ!!」
「天宮さんあんた何してん!!」
人間達の悲鳴が教室を包み、私を囲んでいた男女全員が私から距離を取った。
……おお…お…
私は急な出来事に驚いたが、いつの間にか苛立ちが消えていたことに気づく。
「うおぉっ」
次の瞬間、少女が私の腕を掴んだ。
「来てください」
「は!?」
私は困惑しながらもそのまま少女に手を引かれ、教室を後にした。
* * *
「はぁ…しかしお前やるなぁ。中々に爽快だったぞ」
階段の踊り場で立ち止まった少女に、私は腰に手を当てて笑いかける。
すると一つ間を置いて、少女が真剣な眼差しで私を見つめた。
「神様ですよね…?」
私は口角を上げ、後ろ髪をふわっと持ち上げようとした…が、己の髪が短くなっていたことを忘れて空振りした為、咳払いをしてしれっとやり直す。
「そうだ。それでお前、神力持ってるな?何者だ?」
〝神力を持つ人間は稀有な存在〟…って、前にヌースが言ってた気がする。
「私は祓い師です」
少女が右手を胸に当て、堂々そう言い放った。
「はらいし?」
聞いた事が無い単語に首を傾げる。
「はい。神力を持ち、瘴気の浄化や妖怪の駆除を担う人間達のことです」
「……へぇ」
とりあえず頷いたが、何を言ってるのか分からない。
「神様。まずは先程、クラスの人達が貴女に無礼をはたらいたことを…どうか謝罪させてください」
少女が私に向かい、深々と頭を下げた。
別にこの少女は悪くないのに。
そう思って、ああ…これが俗に言う謝罪代行サービスか、と納得した。
「…まぁ、分かった。お前に免じて許すよ」
私は手に汗を握る彼女を見て、ヒラヒラと手を振り無害さをアピールする。
「ありがとうございます…」
少女が安堵の表情を見せた。
* * *
そして嫌な予感を抱えながら共に教室へ戻ると、案の定、少女の机の上に大量のゴミが積まれていた。
…醜い。
この少女は私を怒らせまいと恥を忍んでお前達の代わりに謝罪したと言うのに…
私はそのゴミの山を見て心底彼らを軽蔑した。
「天宮さん、みんなに謝って!」
私に睨みを利かせた女が物凄い形相で少女に威嚇し、同じくゴミを吹っかけられた野次馬達もそれに便乗する。
だが少女は気にせずゴミをかき分け、埋もれていた手記を取り出した。
…破かれている。
その時、ゴミを被せられた女の笑い声が微かに聞こえた。
次の瞬間、少女が軽々と机の上に手をつき、勢いよく脚を振り上げる。
ドッッ!!
という強烈な打音が聞こえた後、気がつけば少女が女に思い切り飛び蹴りを喰らわせていた。
女が勢いよく教卓まで飛ばされ、教室に恐怖の悲鳴が響く。
え…
え?
「このっ…!!」
「お…おい…!」
私は顔を真っ赤にし、怒りに任せて殴りかかろうとする少女を押さえつける。
「ちょ、お前、いきなり何してんだよ…!」
咄嗟に止めたけど…こいつの怒り半端じゃないぞ…さっきまでの冷静さはどうしたんだよ…
「いたいぃぃー!折れた!折れたァ!!」
殴られた女が左腕を抑えて泣き叫んだ。
そして少女がゴミを見るような目でそいつを見下ろす。
まるで別人だ…
「おい、落ち着けって」
何で私がこんなこと…
「ちょっ!誰か先生呼んできて!」
「男子止めてぇや!」
「無茶言うな怖ぇわ!」
* * *
――結果から言うと、学校規模での大騒ぎになった。
悲鳴を聞きつけた教師達が駆けつけ事情聴取が始まり、少女は校長室行き。こっそり後をつけて聞き耳を立てていたが、黙秘・時々謝罪の繰り返しで埒が明かず、流れるように学校を追い出されたのだ。
時間が薬になったのか、こいつも落ち着いたが…
「私…三年前に両親が亡くなって、東京から奈良に引っ越してきたんです」
停学三週間の文字に怒りマーク付きの張り紙を貼られた少女が、破かれた日記帳を抱きしめながら語り出した。
……何で私はこいつと一緒に歩いているんだ?
「だから中々馴染めなくて…この本は、そんな私を見かねて、お世話になっている神宮の神様がくださった手記なんです」
……何で私はこいつの身の上話を聞いているんだ?
「この手記を見ていると、万能な神様にも孤独や不安、悲しみを感じるんだって分かって、安心するんです…でも、破かれちゃった…」
私は少女の横顔を見た。感情は暗く、落ち込んでいる。
こんな状況は初めてだ。どうしたら良いのか分からない。
「悲しませたくないな…」
少女がボロボロの手記を見てため息をついた。
悲しませる…か。
この少女は……いや…そういえば名前、まだ聞いてなかったな…
「なあ、お前の名前って――」
そう言いかけた直後、全身に鳥肌が立った。
――何かが来ると、神の本能がそう告げる。
「…下がってください」
「え?」
次の瞬間、轟音と共に地面からミミズのような化け物が飛び出してきた。
「ア゛ア゛…」
そして気持ちの悪い呻き声を上げる。
「何だよこれ!?」
地響きが止まない。
「妖怪です。今祓うので、神様は私の後ろに」
半ばパニック状態の私とは対照的に、少女はいつもの事だと言わんばかりに冷静に立ち回る。
これが妖怪…!?
少女が学校からずっと謎に背負っていた、細く長々とした収納ケースの中から武器を取り出した。
大刀…ではない。長い柄についた反りのある刃…見たことがない武器だ。
『ほう…薙刀を使うのか…』
ヌースのぼやく声が聞こえた。
薙刀…?
少女は慣れた手つきで薙刀を構えると、妖怪が突進してくると同時に高く跳び上がった。
ザンッ!という鋭い音と共に、吹き付けた風が割れる。
全身を使って繰り出した一撃は、その妖怪を真っ二つに斬り裂いた。巻き起こった強風に思わず目を瞑る。
「ア゛アアア…」
そして呻き声共に、一瞬にしてその妖怪は塵となった。
あまりに濃い〝一瞬の出来事〟に、私は言葉を失う。息をするのを忘れるとはまさにこの事だ。
「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね…」
私が立ち尽くしていると、少女が返り血に染まった姿で振り向いた。
「私は天宮操です」
少女の透き通った紫の瞳と風になびく黒髪、凛とした立ち姿が私の目に焼き付く。
全身に鳥肌が立つのを感じた。
私の頬は赤く染まり、自然と口角が上がる。
これぞ興奮…これぞ高揚…!
面白い!!
「私は感情の神、ティモスだ」
――互いに目を合せたこの瞬間、私はこの少女…操との交流を図ることを決めた。




