第三十九話:最高神という立場
「…フェリシアス様…先程はあなたの気持ちを考えずに一方的に話をしてしまって、ごめんなさい。貴方の思いを、どうか聞かせてください」
私は再び創造神様の書斎に赴き、真正面から彼と向き合った。
もう私は来ないと思っていたのか、創造神様は驚いた顔で私を見る。
そして暫く俯いた後、口を開いた。
「…再生の神は…ずっとカタストロフィを支え、その後は私までをもを支えてくれた…正義感も強い…今でも過去にすがりついている私より、ああいう者が次の最高神になった方が良いと思わないか?」
「…本気で言っているのですか?」
「ああ、本気だ」
私は創造神様に近づき、その胸ぐらを掴んだ。
「貴方は…!そんな簡単にこの世界を捨てられるのですか!?貴方はカタストロフィ様と共にこの世界に生まれて!おふたりで試行錯誤しながらこの世を創造してきたのでしょう!?カタストロフィ様と一緒に築き上げてきたこの世界を、愛おしいとは思わないのですか!?そんな簡単に他人に譲れるほどのものなのですか!?」
私は息を荒くして声を震わせる。創造神様が苦しげな顔で私と目を合わせた為、思わず掴んでいた服を離した。
「……私は…カタストロフィが居なければ…こんな世界…」
言っている言葉とは裏腹に、創造神様は唇を噛み締めて眉を顰めている。
そして暫くの沈黙の後、彼が大きく息を吐いた。
「…私は、カタストロフィがいなければ結局何も出来なかったんだ。カタストロフィが破壊されて暫く経った日、新しい神を創造した。だが案の定、失敗した。それまでは私が創造し、失敗したらカタストロフィが破壊する。それを繰り返して神を創り上げてきた」
神の創造は全て創造神様が担っているものだと思っていた為、私は思わず目を見開く。
これがカタストロフィ様が己の破壊の能力を嫌う理由だったのね…
「神を破壊すれば因果律から制裁をくらうのでは?」
「神の創造時の破壊は必要な事だと見なされ、規律に反していないんだ。現にフィリア…初めて私達が創造した神であるお前も、何度も何度も試行錯誤して創り上げている」
…初めて知った。
つまり創造神様と破壊神様はずっと、ふたりで一つだったということ。
すると、創造神様が苦々しく笑った。
「だから…神の創造に失敗したその時、私はカタストロフィが居なければ何も出来ない存在なのだと痛感したんだ。カタストロフィが居ない今、もう私が最高神である必要は無い。何より資格がない」
――創造神様にとって、破壊神様が居ないこの世界はもうどうでもいい…?
「それからは知っての通り、創造神の責務を全て再生の神へ押し付けた最低な神だ。こんなのが最高神など、笑えるだろう?きっとこの五百年の私を知れば、神々も失望するだろう」
違う。
――貴方は本当は…
私は大きく息を吸った。
そうよ、伝えなきゃ…でもそれだけ言っても、創造神様は変わらない。
なら、まずは自覚させないと。
「本当に再生の神に世界を任せるつもりですか?」
「……ああ」
創造神様の声はか細かった。
――本当は、この世界を憂いているんでしょう…?
――お願いだから…そんなどうでもいいフリしないで。
「創造神様…では自分が最後まで創造神をやり切り、死ぬことを想像してみてください」
「…とうに覚悟はできている」
「〝死への覚悟〟ではありません。〝その後の世界を見ない覚悟〟です」
それを聞いた創造神様の瞳が揺れる。
「再生の神にこの世界を任せると言うことは、彼女が間違えた時も、神々が傷ついた時も、世界が間違った方向へ向かった時も、貴方は何もすることができない。貴方が死んで、この世が歪むかもしれない。神々の秩序が乱れるかもしれない。最高神と成った再生の神が何者かに殺されるかもしれない…」
貴方がこの世界に少しも愛着が無いなんて、そんな嘘は真実の慧眼が無くとも見抜ける。
創造神様の表情が、辛さと迷いを伴うものへと変わった。
「想像してみてください。貴方がいなくなった後の世界を。天界の神々の不安を。私達、六大神の悲しみを…まさか想像するのが嫌だなんて言いませんよね…?」
その言葉を聞いた創造神様が口を噤む。
「それが、〝任せる〟ということです…創造神様」
だから…
だから…
僅かでも己の子供を想う心があるなら…
「少しだけなら、逃げてもいいですから…絶対に戻ってきてください。思考を放棄しないで……貴方に忠誠を誓った私達の気持ちを…貴方が大好きな私達の気持ちを考えてください…!」
私が創造神様の衣の裾を強く掴み、涙ながらにそう叫ぶと、その黄金の瞳の瞳孔が開いた。
「貴方と破壊神様が、私達を生んだんですよ…子を見殺しにする気ですか…?」
そして私は創造神様の両手を、祈るように己の額につけて、強く握る。
「……カタストロフィ様からの伝言です。『私達の世界を、頼んだぞ』…だそうです」
溜めて、溜めて、ずっと言いたかった言葉を震えながら発した。
それを聞いた創造神様は暫く固まった後、力が抜けたようにへなへなと座り込む。
「………そんな風に言われては…私は…」
そして私に背中を向けて涙を流す。私も自然と涙が溢れた。
* * *
――直後、宮殿内で巨大な神力が漏れ出るのを感じた。酷い圧迫感を感じ、背筋に悪寒が走る。
再生の神だ。
アニュイが持たなかった…いや違う、私が創造神様の説得に時間をかけ過ぎたんだ。
神力が急増した…最早創造神様に匹敵するほど…
「皆!神珠は!?」
すぐにピアスに呼びかけると、カロンの声が聞こえた。
「フィリアごめんなさい…!私達と…預かっていた貴女の神珠も全て奪われたわ!」
全て…つまり…
今の再生の神は神珠を六つ取り込んでいる…
このまま創造神様を殺しに来られれば勝機はほぼゼロ…どうする…
私が汗を流しながら思考を巡らせていると、巨大な神力は私達から離れて行った。
「どういうこと…?創造神様を殺すことが目的なんじゃ…」
「……恐らく、最初の狙いはティモスだ」
未だに背を向けたまま動かない創造神様が声を発する。
「最高神である貴方より優先する意味が分かりません。どういうことですか…?」
「彼女は…」
何かを言いかけて、創造神様は黙り込んだ。
再生の神を追う為、彼の横を通り過ぎようとしたが腕を強く捕まれて立ち止まる。
その手は震えていた。
「……フィリア、私の話を聞いてくれないか…世界の話でも神々の話でも、未来の話でもない…私自身の事について。誰かに……話を聞いて欲しいんだ」
その言葉に、私は目を見張る。
――創造神様が…自ら動いた。
嬉しさと胸がいっぱいになる感覚、そして安堵を感じる。
しかし、それと同時に思った。
最高神という立場は、こんなにも彼を追い詰めていたのか…と。
そして私は頷き、黙って彼の隣に座った。




