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第三十八話:破壊神の手紙



 私は宮殿の窓辺に座って天界の景色を眺めていた。創造神宮の真下に広がる城郭都市、理想郷(アルカディア)…閉鎖的だがその欠点を上回る程の美しさであり、そこで暮らす上級神達も何不自由ない生活をしている。

 でもそれはひとえに、創造神様の膨大な神力の恩恵があってこそ…

 

『もう…疲れたんだ』

 何度も創造神様のその言葉が頭をよぎり、己の不甲斐なさを痛感する。

 もっと私が支えていたら、もっと気にかけていたら…創造神様にあんな、今にも消えてしまいそうな顔をさせずにすんだ…?

「……諦めるな」

 閉じきっていた口元を小さく動かす。

 

 諦めるな…諦めるな…諦めるな…

 

「はぁぁ…」

 大きくため息をつく。

「もう…どうすればいいのか分かんない…」

 そして顔を覆を両手で覆い、無意識に呟いたのは破壊神様の名だった。


  * * *

 

「あ、愛の女神様!」

 暫く膝に顔をうずめていると、遠くから私の元へ急いで駆けてくる足音が聞こえた。

 この声は…

 私が顔を上げると、予想通り目の前に息を切らせた破壊神様の式神二体がいた。

「あなた達何で…!」

「い…急いで…っ…金庫の中から破壊神様のお手紙を持ってきました!」


 手紙…?


 私は式神から古い紙の封筒を受け取る。

 そして目を大きく見開いた。

「……いつ、書かれたの?」

 封筒には〝拝啓 愛の神フィリア〟と書かれてある。

 私宛て――

「破壊神様から、もし自分が死んだら愛の女神様の危篤時に渡すよう命令されていたのです」

「破壊神様がそんなことを…」

 危篤じゃないけど…

「ぜ、是非読んでください」

「きっと愛の女神様を元気づけてくれるはずです」

 勇気を振り絞って告げてくれた式神達を見て、私は体をかがめ、ふたりの頭を撫でる。

「ありがとう…心配して戻ってきてくれたのね」

「い…今お渡しするべきだと感じて…」

 

 カタストロフィ様が私の事を考えながら書いてくださったお手紙…

 私は封筒を胸元に当て、優しく抱き締めた。

 読むのは少し怖いけど――

 私は金色の封蝋印をゆっくり剥がし、手紙を取り出す。


  

〖親愛なるフィリア〗

 まずは、身勝手に消えた私の手紙を開いてくれたことに心から感謝する。

 この手紙は信頼のおける私の式神に託すつもりだ。もし何千、何万と時を超えて君の元へ届いた暁には、彼らを褒めてあげて欲しい。私と似つかないとても従順な子達だ。

 もとより、君は私のことなど忘れているかもしれないがな…

 君に伝えたいことを三つ、この紙に記そうと思う。


 一つ目。私は先程、因果律の一部の破壊を試みた。しかしそれは失敗に終わった。そればかりか新しい〝規律〟が出来上がり、私は堕ち神という烙印を押されたのだ。

 何故この世界に欠かせない因果律を破壊しようとしたのか、今からそれを書き留めておきたい。

 私はずっと、天界と下界との間が不平等だと感じていた。天界は平和な一方で、下界は争いばかり。

 因果律と言う、定められた〝規律〟を守る存在があるのに、それさえも身分によって不平等が生じているのだ。例えば因果応報…これは神々にしか適応されないのは君もよく知っているだろう。神々と違い、下界の生物達は善行をしても何も返って来ず、悪行をしたとて裁かれない。そんな理不尽の中を生きている。

 理由は言うまでもなく、世界に及ぼす力の差が原因なのだろう。人間が他者に悪事を働いても、この世界そのものに何ら影響は無い。だがそれが神になると、この世界を揺るがす恐れが出てくる。

 私は人間達が理不尽の中で争い、殺し合い、自ら命を絶つその様子をずっと見てきた。善人が報われず、悪人が人々をを支配し、幸福を得る。


 私はそれがどうしても許せないのだ。


 本当は因果律と〝交渉〟をしたかった。だが、因果律は規律を守るだけの存在であり、意思疎通が不可能。言わば世界の巨大な歯車なのだ。だから下界に関する規律の破壊を決意した。


 二つ目。私はもう長くない。体内で神力が生成されなくなったのだ。これも堕ち神になってしまったせいだろう。何もしなければ持って一ヶ月程度…だが私は、最後まで己の意志を貫こうと思う。

 これから下界に降り、人間だけでは絶対に太刀打ち出来ない〝大妖怪〟達を道ずれにする。

 最期なのだから、今まで何もしてやれなかった分人間達を救いたいのだ。 


 そして三つ目。愛の女神フィリアに感謝を述べたい。君はいついかなる時も愛に溢れていた。私が破壊を苦痛に思えば愛と破壊について説き、一人にさせて欲しいと言えば孤独と愛について説いた。

 思えば君は、いつも愛を語っていたな。

 だが私はそんな君に大きく救われていたのだ。何も返せなくて本当にすまないと思っている。


 フェリシアスにも手紙を書こうと思ったのだが、彼には手紙ではなく、直接伝えたいと思った。だがもう時間が無いらしい。私は因果律によって天界には居られぬ存在となる。

 だからどうか、フェリシアスに伝えて欲しい。

 『私達の世界を、頼んだぞ』と。

 私と共に生まれ、何万年と時を共にしてきた彼ならその言葉を理解してくれるだろう。


 フィリア、最後まで読んでくれて本当にありがとう。

 さよなら。


〖破壊神カタストロフィ〗


  * * *


 涙が手紙の上に落ち、文字が滲む。

 嗚咽の声が止まらない。涙が溢れるせいで視界が歪み、瞬きをする度に雫が頬を伝った。

 

 覚悟をしていたから、こんなに泣くつもりはなかった。

 気づきたくなかった…こんなの…

 手紙の端に私の涙が滲んだことで、ある文字が浮かび上がってきたのだ。

「ずっ…と…」

 嗚咽混じりの声でその文を読もうとしたが、最初で止まってしまう。

 ずっと…

 

 ――君を愛していた。


 その文だけが水みくじ等で使われる特殊なインクで書かれていた。本当に策士な方…私が涙を流すのを分かっていたのかしら…

 私は少しだけふっと笑い、すぐに眉を顰めた。

 何で…今更…

 私は顔を歪めて泣き崩れる。

「あ…愛の女神様…」

 あまりにも酷く大泣きする私を見て、式神二体が涙目で私の周りをうろついて心配してくれた。

 

 もう一度…フェリシアス様と話をしよう。


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