第三十話:堕ち神【弐】
「伝令、伝令。堕チ神二体、茨城ヨリ南西方向ヘ逃走中。警戒態勢!警戒態勢!」
出現情報が出回ってから約一ヶ月、ずっと一箇所に留まっていた堕ち神二体が今日、やっと動き出したと式神から伝達があった。
「遂に堕ち神が神力を奪いに来たようやな…操、神楽、気いつけぇや」
「うん、おじいちゃんもね」
「みたまは本殿で震えて寝てろ。安心しな、私が守ってやんよ」
私がみたまを煽ると、鼻で笑われた。
「嫌やわぁ…わての本来の能力知らへん奴は…」
みたまが私を一瞥してヤレヤレと首を振る。その反応にムカついて睨みつけていると、操が私の肩を叩いた。
「神楽様、みたま様は七支刀の使い手なんですよ。ほら、今手に持たれているのが布都御魂剣です。とてもお強いんですよ」
「え…あいつ戦えんの…?」
それを聞いてからみたまを見ると、その佇まいが以前一度だけ目にした、天界の武の神と重なった。
みたま、祖父、操、そして私。これだけ巨大な神力が一箇所に集中しているとは…もし私が堕ち神だったら絶対に近づきたくないな…
私は操や祖父、みたまにボコボコにされるのを想像して苦い顔をした。
まぁ式神によると、堕ち神は社を持つ神ではなく野良の神を狙っているそうだから、ココに来ることは有り得ないだろう…
ありえないありえないっと…
相当な馬鹿じゃない限りこの神宮に来るわけが…
「伝令、伝令!堕チ神接近中!堕チ神、音速デ石上神宮ニ接近中!」
「…まじかよ」
遠くの空から巨大な光の塊二つが目に入った。瞬きする間にその光が大きくなり――
――目が開けなくなるほどの強風、急な轟音と共に目の前の玉砂利が飛び散り、辺りに土煙が蔓延った。
「兄さんここどこ…?」
なるほど…適当な場所に降りたのか。馬鹿な奴らだな。
「神楽様、私が」
動こうとした操の前に手をやり、倉庫から適当に選んだ槍を担いで堕ち神達に近づいた。
「ようよう堕ち神さん、死ぬ準備は出来てるか?」
私は土煙が落ち着くのを待って彼らを焦らし、更に恐怖を煽る。
「私と会ったのが運の尽きだな」
顔は見えないが、堕ち神二体から極度の恐怖と焦りが感じられた。〝コレ〟なら、言うほどの騒動でもないだろうに。下界の人間や神は警戒し過ぎなんだよな。
私が無心で槍を振り上げた瞬間、堕ち神の必死な叫び声が聞こえた。
「待って待って待って待ってください待ってください!!!」
「偉大なるティモス様!!六大神のティモス様ァ!!」
その聞き、槍を振り下ろす寸前でピタリと止める。
「お前ら…」
「そうです俺ですよ!アデルフォスと」
「アデルフィです…!」
黒髪の男女神が必死に身振り手振りして私に伝えた。
双子の神…私が天界にいた頃、分からない書類を片付けてくれたり、私の代わりにカロンやらヌースやらに色々怒られてくれた神達だ。
あれだけ私を嫌ってたのに私の所に落ちるなんて、何の因果なんだか。
「ふっ…お前ら堕ち神になったのか」
つい嘲笑した私を見て、アデルフォスとアデルフィの額に青い血管がブリッと浮き出る。
「…それよりお前ら、下界の神を殺そうとしたらしいじゃん」
私が睨むと、二体が目を逸らして言い淀んだ。
「…と、とりあえず神力を分けていただけませんか?このままでは話をする前に消滅してしまいます…!」
まだ聞きたいこともあるし…仕方ない。
「少しだけだぞ」
そして渋々神力を分け与える。
『ティモス!!』
二人にある程度の神力が戻った直後、フィリアの大声が右耳に響いた。
「フィリア?」
『堕ち神があなたの六宝神珠を狙ってるわ!今すぐ捕らえて!』
「え?六宝神珠を?」
直後、微かな舌打ちと何かを切る音が聞こえ、首に下げていた六宝神珠の重みが消えた。
私は目を見開いて首元を触る。
…神珠が無い。
そしてすぐに、首紐ごと切られたことを理解した。
「くそっ!」
双子の神達を追いかけようと足を踏み出した途端、急に胸に激痛が走った。
心臓…?いや違う…心臓じゃない何かが暴れている…
恐らく急に神珠が無くなった影響だろう。
己の動きの鈍さでは無理だと判断し、操がいる方向を見ると、既に操と祖父が双子の神を追いかけていた。
「おじいちゃん!」
「任せなさい」
操と祖父が抜群のコンビネーションで妹のアデルフィを捕らえる。
「に、兄さん助け」
うつ伏せで拘束されているアデルフィがアデフフォスへ手を伸ばすと、兄の方はしばらく考えた後に再び舌打ちして、空に飛び上がった。
「すまない妹!兄さんがお前の分まで生きるからな!」
「は…?兄さん!?」
そして私の六宝神珠を持ったアデルフォスがそのまま雲の中へ消えていった。
「………嘘でしょ兄さん…」
一人取り残されたアデルフィが目を丸くして呟く。
「あいつ…!私の六宝神珠奪いやがった!アデルフィ!お前ら兄妹だろ!居場所とか分かんないのか!?」
私がアデルフィに詰め寄って身体を揺らすと、滝のように涙を流し、号泣しだした。
「兄さん酷いぃ…!裏切られたぁ…!」
それはこっちのセリフだっつーの!
でも妹は兄に従ってただけか。しかも本気で悲しんでる。これじゃあ責めずらいじゃんか…
私は困った顔で大きくため息をついた。
「……フィリア、とりあえず何故双子の神が私の六宝神珠を奪いに来たのか、詳しく教えてくれ」
* * *
『――だから破壊神様は…五百年前にもう亡くなっていたの…』
フィリアの涙ぐんだ声から、すぐに真実であることが分かった。
破壊神がとっくに死んでいた…?なら初めに会った破壊神は誰なんだ…
『今破壊神様を装っているのは、再生の神デラよ』
「再生の神…?が何で…」
すると、フィリアの早口が耳から頭の中を駆け巡った。
『再生の神は私達六大神が持つ六宝神珠を取り込んで新たな創造神になるつもりなのよ!だから六宝神珠は奪われちゃ駄目だったの!今アニュイがデラと話しているみたいだから私もすぐ行かないと!』
珍しくフィリアが取り乱している上、情報量が多くて頭がパンクしそうになる。
「あー…もうわけわかんないって!とにかく今こんな状況なのに創造神は何してるんだよ!」
『ああ…!創造神様ともお話しなくちゃ…!もう私どうすればいいのか…!』
すると上品な彼女には似つかない、フィリアの「グエッ」という声が聞こえた。
『今押したツボは精神安定効果があるんだ』
『落ち着いてフィリア。私達の存在を忘れているんじゃなくて?』
ヌースとカロンの声が聞こえてほっとする。その後、フィリアが二人に状況を詳しく説明する声が遠くから聞こえた。
『…簡単に要約すると、破壊神様の側近である再生の神が創造神様に死にませんか?と言って、それを聞いた創造神様の側近である武の神が怒って口論になってる状態ってわけだな。そして五百年前の堕ち神の正体が破壊神様だった…』
ヌースの説明はいつも通り分かりやすい。
『あと、ティモスにも言わなければならないことがあるんだ』
「…何だ?」
ヌースのその声色から悪い方の知らせだと悟り、身構えた。
『友愛の神アミークスが、双子の神に殺されたらしい。二体が堕ち神となった理由はそれだ』
心臓が大きく脈打った。
私は目を大きく見開き、アデルフィを焦点が定まらないまま見下ろす。
「違っ…!私はやめようって言ったんです!でも兄さんがティモスの友達だからって…!」
〝私の友達だから〟?
「何だよ…それ…」
友愛の神アミークスは、相手の感情が分かる私が天界で気を許せる唯一の友達だった。
心の底から優しく、いつも自分は後回し。誰かを助けるのが好きなお人好し。私と違って沢山の神々から慕われていた。
『…なぁ、何でアミークスは私なんかと仲良くしてんの?自分で言うのもなんだけど私ってかなり嫌われてるじゃん?』
いつか、彼にそんなことを聞いたのを思い出す。あいつは少し考える仕草をして、こう言ったんだ。
『ティモスってさ、嘘つかないよな』
『え?いや、普通につくけど』
『でも挙動不審ですぐバレるだろ?お前は裏表がなくて素直なんだ。謙遜もしないし相手にへつらわない。だから俺も自然体でいられる。要は、ティモスと一緒にいるのは気が楽なんだよ』
そう言って優しく私に笑いかけてくれた姿が色鮮やかに蘇る。
アミークスが、私が傲慢なせいで殺された。
アミークスは正に人間が求める神の理想像そのものだと言われていた。誰に対しても分け隔てなく優しかった…
そんなアミークスを…コイツらは――
「殺してやる…」
私の目は赤く充血し、身体が怒りに震える。
怒りからか、初めて神力が体外に漏れ出した。
――絶対に許さない。
直後、右手がピクリと動いた。
いつの間にか操が隣にいて、私の手を握っている。
彼女の手は冷たかったが、でも、とても温かかった。
操…
感情を読まなくとも、ただ操の手の体温だけを感じるだけで落ち着くことができた。
『ティモスは双子の神を捕まえて六宝神珠を取り戻してくれ。私達三柱は創造神様の元へ行く』
私の頭が冷えたのを感じ取ったヌースがそう話し出した為、強く頷いた。
「分かった。そういえばエレオスはそこに居ないのか?」
『ああ、エレオスはオントを探しに行っている。彼女ならば大丈夫だろう』
あんな摩訶不思議な性格のエレオスだが、六大神間での信頼はとても厚い。私もエレオスなら大丈夫だと言う言葉に異議はなかった。
――大きく深呼吸する。
「操、私はアデルフォスを見つけに行く。妹の方の見張りを頼む」
操が真剣な眼差しで頷いた。
「あとは…」
――もう、人間の姿でいる必要は無いな。
私は最後に胸に手を当てて心臓の鼓動を頭に刻み込んだ。
…この身体も、悪くなかった。
「カロン」
『…ええ』
カロンの名を呼ぶと、美を司る者としての美しく繊細な声が返事をした。
そして私は以前と同様に暖かな光に包まれ、本来の姿へと戻る。
…心臓の鼓動はもう聴こえない。身体の痛みも無いし、肌荒れも無い。胸の真ん中に埋まっている心核が規則的に振動して神力を生成している。
「なんと神々しい…」
「流石の神力やな…ふふ、綺麗やないか」
いつもの私なら気分が良くなるはずの、神としての姿を見た祖父とみたまの反応さえ、遠くからの雑音に聞こえた。
「神楽様、お気をつけて」
私は最後に操と目を合わせて頷き、アデルフォスが飛んで行った方向に向かって空を翔けた。




