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第二十八話:破壊神カタストロフィ



 〝ティモスが変わった〟

 私、愛の神フィリアはティモスが人間の少年と少女を抱きしめた瞬間、強くそう感じた。

 あの子はあんな風に柔らかく笑ったことなんてなかった。ティモスのその優しげな顔を見て、私は思わず息を呑んだ。

 今のあの子は、五百年の時を経てやっと感情を知ろうとしている。怒りや困惑、喜びを噛み砕いて吟味して、自分のものにしようとしている。

 天界にいた頃のティモスは、悲しみを知らない故に傲慢でプライドが高く、神としての素質を問われていた…だからティモスが破壊されると知った時、心の底から反対出来ない自分がいた。

 でも…悲しみを知らなかったとしても――


 今のあの子は〝感情の神〟に相応しいと、私は思う。


 だから私は今、破壊神様の宮殿の前に立っているんだ。

「…愛の女神様、何度来られても破壊神様とはお会いできません」

「できません…」

 式神二体が困り顔で私を見上げる。

「どうして?この間創造神様の宮殿でお会いしたじゃない」

 何度か創造神宮を訪ねて、創造神様は〝何か〟があって酷く憔悴(しょうすい)していることが分かった。

 それならば、破壊神様とティモスについて直接お話するしかない。

「えっと、破壊神様は今お身体の調子が…」

「ついに言い訳も雑になってきたわね」

「…うぅ…」

 きっとこの子達は命令されているだけ…

 でも――

「少しでいいから破壊神様と話をさせて」

 私はしゃがみこみ、式神達と目線を合わせた。そして真剣な眼差しを向ける。

 すると、私の顔を見ながら白髪の方の式神が涙をホロホロと流した。

「え…どうしたの…?」

 私が眉を下げて驚いていると、もう一方の黒髪の式神が心配そうに相方の背中をさする。

「…は…破壊神様は…」

「い、言っちゃダメだよ…!」

 焦った顔で止める黒髪の相棒の手を、白髪の式神が泣きながら強く握った。

「でも…この方なら助けてくれるよ…カタストロフィ様もよくお話してたもん…」

 そして式神達が涙を浮かべながら互いに目を合わせて頷き、私を見上げた。

 

「破壊神様は…」

「もう存在いたしません…」

 

 二体が私に向けて、はっきりとそう言い放った。

「…」

 は…

「何を…言ってるの…?ついこの間創造神様とお話していたじゃない」

 口元が歪む。

 こんな時に冗談だなんて…笑えない…

「あの方は本物の創造神様ではございません…」

 その言葉を聞いて、指先がピクリと動いた。

 本物って…

「どういうこと…」

 顔が引き攣る。最悪の事態が頭をよぎった。

「すみませんこれ以上は……ある神様に、創造神様の名誉に関わることなので話してはいけないと言われております…」

 

 何でここで創造神様の名が出てくるの…?

 

 ある神様って誰?私や創造神様を欺こうとしているの?

「私とフェリシアス様は旧知の仲よ。名誉なんて微塵も気にしない。話しなさい。その〝ある神〟のことまで詳細に」

 式神達が私の怒りを察して震えながらも、ゆっくりと口を開いた。

「現在の破壊神様…いえ、破壊神様に偽装しているのは、再生の神様なのです…」

 偽装…?再生の神…?

 その言い方じゃ…まるで本当に…

「ちょっと待ってよ…偽装って…」

 呼吸が苦しくなり、頭の中がぐちゃぐちゃになる。最悪の事態が現実になろうとしている。

「嘘よね…?冗談でしょう…?」

 藁にもすがる思いで式神達を見るが、その子達が私に見せたのは必死に涙を堪える姿だった。

 

「あの方は五百年前に…お亡くなりになりました…」


 嗚咽混じりの声でそう言い放った直後、式神達が再び涙をボロボロと流した。 

 吐いた息が震える。

「嘘…」

 カタストロフィ様が…死…

「…説明…して…」

 身体の力が一気に抜けて倒れそうになるが、踏ん張った。

 まだ倒れるわけにはいかない…理由を知らないと…

「破壊神様は五百年前、因果律を破壊しようとして失敗しました……そしてその際に因果律が新しい規律を創り…堕ち神の烙印を、押されてしまったのです…」

 五百年前…因果律…堕ち神…

 その言葉で、五百年前の下界での騒動を思い出した。

 多くの神や人間を無差別に殺した残忍非道な堕ち神…

「まさか…」

 五百年前の堕ち神の正体は…破壊神様…?

 あの破壊神様が、堕ち神になったからといって無差別に破壊を…?

 

『フィリア、私はこの世界の不平等を少しでも良いものにしたい。もし因果律が守る規律を変えることが出来れば、天界だけでなく下界の生物達も平和に暮らせると思わないか?』

 

 ふと、何千年も前、彼に言われた言葉を思い出した。

 いいえ…

 あの方が理不尽に命を奪うわけがない。誰よりもこの世の中を憂いていた神なのだから…きっと何か理由があったのよ。

 私は思い切り両頬を叩く。

 …泣いては駄目よフィリア。天界と下界含むこの世の最高神達が実質不在のこの状況…非常に不安定だわ。まずはどうにか創造神様と話をしなければ。

「創造神様は、破壊神様が消滅した五百年前からずっと…塞ぎこまれておられます…」

 …お二人はまるで兄弟のように仲が良かったのだから、創造神様が精神を病まれるのも無理はない。でもあの方が五百年経っても回復しないのは流石におかしい…

 再生の神が関係している…?

「私がもう一度お会いしに行くわ」

「お待ちください…!宮では現在、武の神アニュイ様が、再生の神様と口論になっている状況で…!」

 再生の神デラ…破壊神様の側近だった女神…あまり表に出てきていた印象は無い。

 そして武の神アニュイ…彼は創造神様の最側近で、私ともそこそこ親交がある…

「…再生の神が何かしたの?」

「再生の神様は、破壊神様を喪って苦しんでおられた創造神様に、自分が破壊神様の代わりになることを提案しました。創造神様はそれを承諾し、この五百年間、再生の神様は破壊神様の姿・所作・声を模倣して創造神様と接していたのです」

 

 カタストロフィ様の〝代わり〟?

 あの方の代わりなんて誰一人居やしないわ…何故創造神様は模倣を許しているの?そもそも――

 

 ──何で私に相談してくれなかったの…?


 私が…最高神の御二方に一番近い神だと思ってたのに… 

 怒りと悲しみが腹の底からフツフツと湧いてくる。

「…破壊神様が堕ち神となって消滅し、再生の神が破壊神様を装っているこの狂った状況を知る者を全員言いなさい」

 俯きながら式神二体にそう問う。

「わ…私共と武の神様、再生の神様、そして破壊神様の五名のみでございます…」

 少ない…

「何故貴方達もアニュイも、この事実を私達六大神に話さなかったの?」

 六大神がいれば、少しでも支えになれたはずなのに。

「再生の神様が、創造神様のことだからすぐに回復されるだろうし、ご自身で他の神々に話されるのを待ちましょうと…実際私達も創造神様が精神的に弱っている状況を外部に知られるのは良くないと思いましたので…」

 …確かに、最高神の一柱が不安定かつもう一柱が居ないと分かれば、私達は確実に不安になる。創造神様は心配をかけたくなかったのだろう…

 でも、少しは頼って欲しかった…

「で、ですがここ数年で変化が…」

「変化?」

 だからこそ…弱った創造神様に漬け込んで破壊神様を装うなんて…どうしても私は許せない。

「再生の神様は、最初こそ創造神様を心配されての偽装でしたが、いつまでも心がご回復なさらない創造神様に疑念を抱き始めたようで…再生の神様は、創造神様に代わり、自分が世界を統べる最高神となるべきだと考え始めたのです」

 その言葉を聞いて、再生の神への怒りが憎悪へと変わった。 

 今度は創造神様に成り代わるですって…?

「何てことを…」

「そ、そして創造神様に真正面から〝死〟を提案したため、それにお怒りになった武の神様に現在抑えられているのです…」

「…」

 

 〝死〟…?

 

 創造神様を殺す?あの若輩者如きが?

 その瞬間、初めて全身が沸騰するほどの怒りを感じた。だが、式神達がそんな私を見て恐怖するのを見た為、何とか冷静さを取り戻す。

 こんな所で怒りに駆られていても何も変わらないわ…今すぐアニュイの元に…

 直後、私は急ぐ足を止めた。

 そうだ…堕ち神の件はどうするの…まさか…

「…まさか堕ち神が下界に降りたのも再生の神の仕業?」 

「い、いえ…!それは偶然の出来事でした。ですが再生の神様はそれを利用して、堕ち神に烙印を剥がすことを対価とし、感情の神様の六宝神珠を奪うよう命令しました。勿論再生の神様に因果律に反する力など持っていませんので、堕ち神達は騙されているのですが…」

「何でティモスの神珠を…」

 私達六大神が持つ六宝神珠は、創造神様の強力な神力が凝縮された特別な石…

 神力は天界での権威に直結する…まさか…

「お、恐らく…創造神様のような強い神力を手に入れる為、六大神様方の六宝神珠を取り込もうとしているのです」

 入念な計画を練っている…本気で己が創造神となるつもりなのね…

 だから破壊神様に化けた再生の神が、悲しみを知らないなどと言う適当な理由をつけて、ティモス六宝神珠を奪おうとした…

 

「本当に許せないことをしてくれるじゃない…」

 

 私が拳を握って怒りを堪えていると、同時に式神二体が不安そうな顔をしていることに気づいた。

「…あなた達は隠れてなさい。私に情報を漏らしたことがバレたら、再生の神に何をされるか分からないわ」

 私がそう話すと、式神達が涙ながらに頷き、私に深く頭を下げると遠くへ飛んで行った。 

「早くティモスと…六大神の皆に伝えないと」



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