第二十六話:仇を討つ。
――それは夏の終わり…突然のことだった。
「伝令、伝令。京都・祇園ニテ祓イ師死亡。妖怪ニヨル襲撃ノ可能性大。祓イ師一同ハ、ソノ場デ待機、待機。決シテ現場ニ近ヅクナ」
いつもの様に頬杖をつき、風を浴びながら窓の外を眺めていた授業中、突如祓い師の訃報が伝えられた。
「…殺されたのか?」
「……はい…きっと朱里さんや如月さん達が動いています。伝令を待ちましょう」
私が初めての訃報通告に目を細めると、操が冷静にそう言い放った。慣れなのかと思ったが、操も全身に力が入り薙刀ケースを握りしめている。同胞を殺された怒りの感情がひしひしと伝わってきた。
「伝令、伝令。妖怪ノ駆除ニ向カッタ京都ノ祓イ師三名ガ死亡。妖怪ハ目視不可、目視不可」
数十分後、再び式神があっさりと別の祓い師達の死亡を告げた。
目視不可…?
「どういうことだ…?目に見えないってことか?」
「…」
返事がない。
「操?」
操を見ると、その目尻が大きくつり上がり、怒りで口が震えていた。私は只事ではないことを悟る。
すると操が勢いよく立ち上がった。
「あ…天宮…?ど、どどどうした…?」
担任があまりの操の迫力に震える。
「……トイレに……行きます…」
「あ、ああ…」
「先生トイレ」
私も急いで立ち上がる。操は既に教室を出て廊下から足音が遠ざかっていった。
「先生はトイレじゃないぞ…はは…」
クラスメイト達の冷ややかな視線を向けられる担任を横目に、一人で突っ走りだした操を追いかけた。
「操、操!どうしたんだよ」
「……同じなんです」
操が小さくそう呟いた。その声は震えている。
「何が?」
「状況が…三年前と…」
三年前。
その言葉を聞いて、全てを理解した。
「……お前の親を殺した妖怪?」
操は頷き、ゆっくり深呼吸してすぐに心を落ち着かせる。そして決意の籠った眼差しで私を見た。
「…神楽様、どうか力を貸してください」
怒りに震える操の手を強く握る。
「言われなくとも」
* * *
「伝令、伝令。現在妖怪ハ京都・祇園ニ潜伏中ト思ワレル。決シテ近ヅカズ指示ヲ待テ」
私は素早く自転車を漕ぐ操の腰に掴まりながら、右手でスマホを操の耳に近づけていた。
「もしもし、ようちゃん!伝令聞いた!?」
電話の相手は陽太郎だった。
『うん、聞いたよ。今向かってる』
陽太郎の声は前に会った時とは別人のように低く落ち着いていて、同時に大きなエンジン音が共に聞こえてきた。
何だ?車…?
『ああ…武者震いがする…やっとこの時がきた…』
そして、陽太郎がそのエンジン音の何かに乗り込む音も聞こえる。
道の途中で先輩警官と後輩警官が二人乗り中の私達を見つけて般若の顔をしたが、私が急いで禊守会の会員証を見せると先輩がため息をついて手をヒラヒラと振った。
『あと三十分程度で京都に着くと思う。そっちは?』
「私達もそれくらいで着くわ。現地で合流しましょう」
『了解』
操が私を横目に頷いたので電話を切り、スマホを籠の中へ投げ入れる。
「一体どうするんだ?祓い師三人がかりでも倒せなかったんだろ?」
直後自転車が止まり、駅に着いた。操が黙ったまま自転車を適当な場所に置いて私達は駅のホームに入る。
一息つき顔を上げた瞬間太陽が雲で隠れ、操の顔半分が影で隠れた。
「…神楽様、〝私達〟の作戦に、協力していただけますか?」
* * *
操と共に待ち合わせ場所の小さな空き地で待っていると、空から空気を割く騒音が聞こえてきた。
驚いて頭上を見上げると、私達の斜め上空に小型のジェット機が着陸準備をしていることに気づく。私達は急いで空き地から距離を取った。
「お待たせ」
すると、ジェット機の中から陽太郎が出てきた。その肩には刀を背負っている。
行き交う人々の好奇の視線が突き刺さった。旅行気分で派手な着物を着た人間達が、巫女服姿の操をチラチラ見ている。
「そのジェット機どうしたの」
しかし操はそんな人間達など気にせず、慣れた手つきで背負っていた薙刀袋を下ろし、中の刃の状態を確認した。
「バイトして買ったんだ。それより神楽様も来て下さるなんて…心強いです」
陽太郎も操と同様、東京で会った時とはまるで別人のように冷静だ。
…この二人は、世間一般的な人間とはまるで違う。周りに流されないし、没頭力と集中力が桁外れだ。
あまつさえこの恐怖と憎しみを三年間、二人だけで耐えてきたとは…
今更だが祓い師の操と陽太郎が心強く思えてならなかった。
「先ノ置屋カラ妖怪ノ反応アリ。近ヅクナヨ」
式神の情報通り、舞子達が出入りする置屋の中から妖怪の気配がする。
「神楽様、ようちゃん」
私と陽太郎は操の呼び掛けに頷き、式神(禊守会)の命令を無視して勢いよく置屋の中に駆け込む。
「…!」
中に入るとすぐ、血の匂いが鼻をつんざいた。
障子を開けて部屋の中を見ると、祓い師と思われる男四人が壁際で身を寄せ合う舞妓達を守るように倒れていたのだ。舞妓たちは妖怪が見えない為何が起きているのか理解出来ず、ただ畏怖して震えている。
私は倒れている祓い師四人の中で、一人だけ悶え苦しんでいる人間を見つけた。恐らく他の三人は式神が言った死亡した祓い師だろう。
「…こいつだけ息がある」
「大丈夫ですか!?」
私と陽太郎が体を叩いて話しかけると、わずかな呻き声が聞こえた。
「うう…あんた達は…祓い師か…?」
老人の祓い師が掠れた声でそう問う。
「そうだ。お前はそのまま寝てろ。行くぞ、陽太郎」
私はちゃぶ台の上に仰け反り、大きな腹をさすっている気持ちの悪い妖怪を睨んだ。
妖怪は私と陽太郎だけを見ていて、他の人間には興味が無い様子だ。
「アァ、今日はなんていい日だァ…更に二人の祓い師の魂を喰えるなんて…」
やはり祓い師を好んで喰っていたのか…
妖怪が私達を見て舌なめずりをした。その腹は、まるで今まで食ってきた祓い師達の魂で膨れ上がっているように見える。
その中に操の両親がいると思うと、吐いた息と共に怒りが湧いて出てくるのを感じた。
「ほんと、気持ち悪い…」
陽太郎が汚物を見る目で妖怪を見上げると、その直後、私の背後に何かが近づいてきて、目の前に大きな影が落ちた。
来た…
私は思わず唾を飲む。
「ああ、本当にいい日だ…」
そして背後の何かがそう呟くと、私の喉元に長く鋭い爪を向けた。しかしその爪が私の喉に突き刺さる寸前でピタッと動きが止まり――
「…ア…ガハッ…」
苦しげな声が小さな置屋の中に響いた。




