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感情の神ティモスは悲しみを知らない  作者: 暁 有沙陽
第五章 三年の仇討ち
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第二十五話:妖縁の血筋



 直後、扉の方から鋭い視線を感じた。

「神楽様…!?」

「何やあんた、いつからいたん?」

 わてらが驚くと、神楽は解せぬと言いたげな顔で部屋にノロノロと入ってきた。

 そして操の布団の上に座る。

「ずっといた。みたまの話は興味無かったから無視してたけど、操の親の話は聞く」

 ほんっとにコイツは…子供みたいな奴やな…

 まるで姉を取られたくない妹みたいや。これが執着やら依存に変わらんとええけど…

 ――て、今はそれどころやないな。


  * * *

 

「…わてが咲の結婚に反対したことは聞いとるか?」

 人数が一人増えたが、わては変わらず操一人に視線を向けた。

「はい、お母さんから聞きました」

「そうか…言い訳やないけど、わては神力を持たない一般人でも、咲が選んだ男なら反対するつもりはなかった」

 …ほんと、こんな風に言うと余計言い訳臭いわ。

 心の中で自嘲すると、操の表情が暗くなった。

「やっぱりお父さんの…」

 わては無言で頷く。

 

泰陽(たいよう)の家系の人間…あいつらは、特別妖怪に狙われやすい魂を持っとった。それが祓い師である咲の負担になって、魂の形が子供に遺伝するのを心配したんや」

「ちょっと待て、話が見えない」

 神楽が右手を上げて説明を求めた。操に関係する話なら本当に真面目に聞くんやな…

「操の父方の家系は〝妖縁(ようえん)の血筋〟言うて、妖怪を呼び寄せやすい魂を持っとったんや。操もそれを継いでるから妖怪にたかられやすいやろ?光が強けりゃ影も濃いとはよく言うたもんや。妖縁一族の魂は綺麗すぎるさかい、妖怪が惹かれてまう…」 

 それを聞いて神楽が謎が解けたような顔をし、「だから妖怪共はいつも操の元に現れるのか…」とぼやいた。

 

「今思えば、反対したのは娘を嫁にやりたくない親心やったんやろな…」

 咲と顔を合わせた最後の夜を思い出した。深夜、あの子は泰陽の実家がある東京に立つ前、わての元へ来てくれた。

 

『みたま様、最後のご挨拶に参りました』

『わざわざ東京なんか行かんでも、ここで暮らせばええやろ…』

 わては最後の最後まで咲の東京行きに反対していた。

『…それでは泰陽の肩身が狭くなってしまいますから。お父さんや禊守会からのの風当たりも強くなるでしょうし』

『そんなん、咲を嫁に貰うなら覚悟すべきことや』

 わてが不満げにそう言うと、咲は目を細めて両手を胸に当てた。

『みたま様…私は二人で幸せになりたいんです。どちらかが我慢しなければいけない結婚ならしない方がいい』

 その言葉を聞いて、今までの物部や天宮の辛く切ない政略結婚を思い出し、つい口を出してしまった。

『……咲、あんたの先祖が死に物狂いで守り抜いてきた天宮の血を、この代で途切れさす気か?』 

 そしてわては、あの時の咲が一番聞きたくなかったであろう言葉を発してしまった。

 

『…みたま様も、お父さん達みたいなこと言うんですね…』

 

 その時の咲の泣きそうな…苦しげな顔は今でも脳裏に焼き付いてる。

 あの瞬間、わては〝神〟としての正しさに駆られ、一人の娘の幸せを素直に喜んでやれんかった。

 もしあの時、笑顔で送り出してたら…感情的にならへんかったら…

「そして十数年後、咲は変わり果てた姿で神宮に戻ってきた。操を遺して。最後に見た顔が、あんな辛そうな顔だなんて、悔やんでも悔やみきれんわ…」

 わては額に手を当てて俯く。拳を握り締めて、操と神楽に気づかれんよう、一瞬だけ顔を引きつらせる。

 

 すると、操がわての握りこぶしをその手で優しく包み込んだ。思わず目を見開く。

「…お母さんは、みたま様の話をよくしてくれました。とても優しくて面倒見がいい神様だったと。最後に伝えたかったけど伝えられなかった言葉があったそうです」

 操が優しく微笑んで、ゆっくりと息を吸う。

 

「『みたま様、ずっと……ずーっと、大好きです』」

 

 その時、操から咲の幻影が見えた気がした。咲と同じ、真っ直ぐわてを見る紫の瞳…

「咲…」

 わてが操の顔つきや所作の節々から感じていた懐かしさは、咲の面影やった。わてがもう何処にも居ない咲へ向けて「わても大好きやで…」と優しく呟くと、操が儚げな笑みを浮かべた。

 

 そして大人しい悲しみを知らない神が気になって、ふと神楽を見ると、操の笑顔を見て自然と己の顔つきも柔らかいものへと変わっていた。

 神楽…あんた…

 わてが指摘するとすぐにジト目に変わり、何言ってんだと言いたげな顔で睨まれる。どうやら自覚がないみたいや。

 でも、そうか。あんたも変わった…いや、成長したんやな…

 

「もう話は終わったな?私もここで寝るから」

「え、でも神楽様は床が硬いと眠れないんじゃ」

「もう克服した。ここで寝る」

「あ、そうだったんですね」

 二人の淡々としたおもろい会話を聞き、つい吹き出してしもうた。

「くく…何や神楽、いつも操と寝てたから寂しいんか?」

 核心を突いていたのか、神楽の顔が真っ赤に染まる。

「私は堕ち神対策で皆でまとまって夜を越した方がいいと思ってだな!」

「はいはい、分かっとるで。神楽のそういうとこ、愛らしいわぁ」

「は!?」

 

 神楽はわてに文句を言いながら布団を敷き、操と一緒に眠りについた。わては二人の可愛らしい寝顔を見ながら、新しく作った手記に今日の出来事を記したのやった。

 

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