第二十四話:みたまの思い出話
「みたま様、堕ち神対策の件ですが、禊守会で各々の社の神様を二十四時間体制で警護することが決まりました」
操と神楽が修学旅行から帰ってきて間もなく、堕ち神の情報が全国各地に広まった。
当然、石上神宮の主神であるわての元にも出雲の式神がご丁寧に祓い師のお偉いさん直筆の手紙を持って来よった故、暫くは本殿に引きこもることにした。
「だからって本殿の中で寝るのかよ」
ここで寝る気満々で布団を敷く愛らしい操に、神楽が不満そうな顔を向ける。そんな二人にいつものみたまスマイルを見せた。
因みにみたまスマイル言うのは、操の母親がつけてくれたモンで、わての見せる素敵な笑顔のことらしい。
「わては構わへんよ。でも天照なんかは扱い大変やろなぁ…」
『わたくしが堕ち神程度に遅れをとるとでも?自分の身は自分で守るわ。人間ごときがわたくしの領域に入ってこないで』
天照の言いそうな言葉を想像すると、同じことを考えたんか操も苦笑した。
「…私は二階で寝るぞ」
「あ、そうですね、床硬いですし」
「いいのか?私はここで寝ないぞ?」
「え…はい」
神楽はしばらく操を睨むと、拗ねて本殿から出ていった。相変わらず素直やない奴や。
「神楽と随分仲良うなったみたいやな」
「…そう見えますか?」
操が寝支度を整えて布団に入った後そう言うと、操が嬉しそうな顔をした。
「ああ、特に操の方が前よりも神楽に向ける顔が柔らかくなった」
誤解されやすい子達やけど、神楽と操はなんやかんや相性がええんやろな。
「私がですか…?」
「せや。神楽と出会うてから随分明るくなったで」
すると、操が照れた顔をして俯く。
「えっと…私の話ばかりではつまらないでしょうみたま様のお話も聞かせてください」
「ふふ、ええで。じゃあ二百年前よくわてに懐いていた操の先祖の話をするか」
* * *
わては操の嬉しそうなな表情を眺めながら、天宮家先祖代々の神職達の話を、幼子に昔話を読み聞かせるように話した。操は話の内容に合わせて表情をくるくる変える。
表情もホンマ豊かになったな…神楽には感謝せな。
操を見ながらそんなことを思っていると、操が何か言いたげにわてを見ていることに気づく。
「みたま様…私、どうしても気になっていることがあって…」
「なんや?」
言いづらそうにしていたが、みたまスマイルで首を傾げると、操が安堵した顔で口を開いた。
「…物部秀麻呂…って」
「ああ、手記を見て気になってたんか?よく出てきてたもんな」
思わずクスッと笑うてしもうた。
確かに書き方が少々女々しかったもんな。
「はい…すみません」
「謝らんでええで。物部秀麻呂は、何て言ったらええんやろな…心に残る人間やったな」
大昔の記憶を辿った。
もう何年前だったかさえ忘れてしまったな…わてが天界から下界に降りて間もない頃やったか…
「秀麻呂はわてを崇拝して祀り上げてた、物部の人間やった。あいつは物部の中で特別位が高いわけやなかったけど、操みたいに神力を持つ人間やったんや」
物部は今の天宮家の先祖…でも昔は妖怪なんて見える奴は気味悪がられて、祓い師なんてのもほんまに最近出来た生業や。
「どんな方だったんですか?」
「せやなぁ…一言で言えば、変人やったな」
変人、という言葉を聞いた操の目が点になった。
「あいつはある日突然、『私は本来崇め奉るはずの神に一目惚れしてしまった罪深き人間です』言うて、直接わてに謝罪しに来たんやで」
そう言うと、操が笑いを堪えて身体を震わせた。
「後で何でそないなこと言うたのか聞いたら、罰が当たって死ぬ前に、わてと話をしたかったんだと」
わてが思い出して軽く吹き出すと操も声を出して笑い出す。
きっと神が人の心を読めるて、勘違いしとったんやろな。
「おもろいやろ?わてもつい笑ってもうて、そしたら『さらにあなた様に惚れました』って言われてん」
「みたま様の笑顔はとても美しいですからね」
「何や、操に言われた方が秀麻呂に言われた時より嬉しいわ」
わてがそう茶化すと、操が「ご冗談を」と優しく突っ込んだ。それが嬉しくて再び笑顔になる。
「でもな、秀麻呂の奴案外おもろくて気に入ってまったんや。せやからあいつとは祭司の時に二人で酒を飲むくらい仲良くなってん」
秀麻呂はわてが初めて心を許した人間やった。初めて関わった人間が秀麻呂だったから、下界で人と交流を持とうと思えた。
もう顔も思い出せんくなってもうたな…
「でもある時戦に行く言うて、自分が次の満月までに帰ってこなかったら死んだと思うように言われて…」
あんなに毎晩月を見たのは、後にも先にもあの時だけやったな。
わては少し苦笑した後、目を伏せた。あの時の悲しみ…初めての喪失を思い出して、少し胸が苦しくなる。
「結局、帰ってこんかった…」
小さくそう呟くと、思わずハッとした。操を見ると悲しそうな顔で俯いとる。
いかんいかん、わてとしたことが…!
「でも、楽しかった思い出は何千年経とうとちゃんとココに残っとる。操との思い出も、きっと何年経とうが忘れへんで。絶対な」
わてが胸に手を当てて微笑むと、操も目を細めた。
…でもこれだけ長う生きとると、たくさんの出会いと別れがあって、しんどくなったり寂しくなったりもする…
いつまで経っても仲の良い人間の死には慣れへん。きっと操がいなくなったら、わてもまた…
気が滅入った瞬間、自分の思考を想像上のグーパンチで殴った。
せやけど、それも神として生まれてきた者の運命や。下界を選んだことに後悔はあらへん。
わてが操を愛おしみながらその頭を撫でると、操がゆっくり口を開いた。
「みたま様…私の話を聞いてくれますか?」
珍しい提案に驚いたが、それと同時に嬉しさも感じる。
「もちろんや」
深く頷くと、操が真っ直ぐわてを見て口を開いた。
「私…三年前にこの神社に引っ越してきてから、みたま様には本当に良くしていただきました」
何や、嫁にでも行くような言い方やな…
「私にとってみたま様は…第二のお母さんのような、存在です…失礼かもしれませんが…」
それを聞いて、思わず操を強く抱きしめた。操の混乱する声が聞こえて抱きしめる腕を少し緩める。
「わてはいい娘を持ったなぁ…産んでくれた咲に感謝せな」
〝咲〟という名を聞いた操の肩がわずかに動く。
「みたま様…お母さんの名前…」
「ああ、せやで。咲は小さい頃からよく本殿に遊びに来てくれてな…」
無意識に咲の話題は避けとったが、今のは不可抗力や…
すると操が嬉しそうにわての肩に顔をうずめた。
でもわては…あの子に酷いことを言うてもうた…だから…
「……後悔してるんや、すごく」
「…何をですか…?」
操に聞かれて、声に出ていたことに気づく。ごまかそうとしたが、操はわてを凝視した。逃がさないと言わんばかりに頑なに目を逸らさない。
頑固なのも母親譲りやな…
わては覚悟を決めて、操に話すことを決める。
「咲と…泰陽のことや」
「……聞かせてください」
両親の名を聞いて、操の顔がより真剣なものへと変わった。




