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第二十三話:修学旅行【金とホストと陽太郎】



 僕は九条陽太郎。歌舞伎町のとあるホストクラブでバイトしている高校二年生。勿論禊守会と両親からの承諾は得ている。

 そう…すべてはみーちゃんの為。みーちゃんへの負担を少しでも減らし、これ以上心も身体も傷つけさせないためだ。実は僕はこっそり伊織(いおり)さんに頼み、石上神宮近辺の妖怪駆除も担当している。だから夜中に叩き起されようが、授業中だろうが便所にいようが伝令があればすぐに奈良へ飛んで行く。

 だがそうなると困るのは飛行機代。両親は「操ちゃんならそこまでしなくても大丈夫」だと言うが、僕は彼女を護りたい。だから飲んで営業して接客して心理操作を学び、あと少しでプライベートジェット機を買えるほどの金が溜まる直前まで来た。

「この前百万入れてくれるって言ったよね?約束したよね?何で守れないのかな?」

 だから今日も僕は客を詰める。

「…でも七十万入れたでしょ?」

「その言い方何…?ほんとに俺の事好きなの?」

「好きだよ!だから頑張って入れたんじゃん!」

「あと、三十万」

「…」

 ホストでいる時は感情を殺し、まるで別人に成りきっている。客に同情してたら営業なんてやってられない。僕の目的はあくまでもお金を貯めることだから。

「…もういい、ほんとにガッカリだよ。他の子のとこ行ってくる」

「あ!待って!!今からシャンパンおろすから!」

 あるなら早く出せよ…

 ああ…嗚呼…こんな風に思うのも、ホストという職業に汚染されたからなのだろうとつくづく思う。俺の心は日に日に黒く汚れていく。

 頑張れ陽太郎…あと少しの辛抱だ…

 

「うわ、匂いきつ…」

「ほんとにここに杏樹おるん?」

 すると、新規と思われる客達の声が聞こえた。

 

「うん、式神がここって言ってるから間違いないわ」


 その声を聞いて、僕の心臓の鼓動は有り得ないほど速まった。 

 この…声は…

 この声はこの声はこの声はこの声は!!! 

 声の主を見て、僕の顔から血の気が引いた。急いでバックヤードに逃げ込む。

「みー…ちゃん…」

 どうする、どうする、墓場まで持っていくつもりだった秘密が、最愛の人にバレそうだ…

「なーなー、こいつ陽太郎に似てね?」

 神楽様が僕の顔写真を指差してゲラゲラ笑う。恐怖で手が震えた。

「やめてくださいよ。ようちゃんがこんなドロドロした所にいるわけないでしょ」

 みーちゃんは完全に僕を信じきっている…そんな中鉢合わせたりでもしたら…

『…さよなら。絶交よ』

 僕は声にならない絶叫をする。 

「ああ、初回とかそういうのじゃなくて友達を迎えに来たんです」

 友達…?みーちゃんと神楽様、その他三名…みーちゃんの友達ってことは高校生…支払い能力は無いだろう。酔い潰れている可能性も高い…店の中でそれらしい女は…

 僕はバックヤードから店内を見渡した。

 待て待て、今シャンパンコールしてるあの卓…!

「今日も!シャンパン!飲めるのは!オレの!姫の!おかげです!杏樹チャンに!心も体も捧げます!」

「よいしょ!よいしょ!」

 僕は机に突っ伏してよだれを垂らしているツインテールの女を見つける。

 アレか…!!

「姫の一言三秒前!三、二、一!」

 

「しゃんぱんおもったよりおいしーよいしょぉ」

 

 馬鹿なのか…?

 待て待て待て…未成年ってことはあの女に支払い義務は課せられない…それどころかバレれば店の評判が…勘弁しろよあの女!

「杏樹!!やっと見つけた!」

「あ〜ひめぇ〜やっほぉ〜」

 女の顔は真っ赤で完全に潰れている。

「どアホ!何でホストクラブなんか来てんや!!」

「だってぇ〜このおにぃさんがぁ、ひっく、奢るからってぇ〜」

「ん?そんなこと言ってないけど…」

 先輩が急な被害者ヅラを始めた。酒に酔った客は判断能力が鈍っているから、その隙に漬け込んで嘘をついたり高いシャンパンを入れさせたりする…先輩達がよく使う手だ。

「えーいうたやん〜」

「杏樹ちゃんちょっとお酒入りすぎちゃったかな!そろそろお会計に…」

 直後、バンッ!と何かを思い切り叩きつける音が店内に響いた。

 驚きながらもみーちゃんの無事を確認すると、一番気の弱そうなボブの女の子が領収書を挟んだバインダーを手で押さえつけ、先輩を睨みつけている姿が目に入る。 

 

「飲み直しで」

 

 その表情はホストに酔う女達とは真逆の、ゴミを見るような冷たいものだった。

 みーちゃん含め、女の子達は誰もボブの子の奇行を止めない。

「ありがとうございまーす!」

 担当ホストの表情がパッと明るくなる。

 すると、その子が麻雀テーブルを一瞥した。

 嫌な予感が背筋を伝う。

「お兄さん、麻雀得意なんですか?」

「うん!一応ね」

 駄目だ駄目だ!そいつはイカサマで負け無しの(うち)の稼ぎ柱…!

「私とも打ちません?」

 未成年でも脅されて大金もぎ取られるぞ!?

「おっ!いいねぇ、麻雀得意なメンツ集合ー!」


  * * *

 

 僕がバックヤードから足を踏み出せずにいる間に、店のホスト三人と女子高生の対局が始まり、店内をザワつかせていた。

 僕は臆病だ…好きな子を助けたいのに、その好きな子に嫌われたくなくてここから動けない…

 

 唇を噛んだ次の瞬間、三年前のあの事件を思い出した。 

『陽太郎お願い!操を連れて逃げて!』

 僕はあの日、あの瞬間、咲さんの言う通りにすることしか出来なかった…

 泣き叫ぶみーちゃんの腕を無理やり引っ張って逃げることしかできなかった…

 あの頃の僕は、心も身体も弱かったから…


 あの頃と言うが、今の僕はどうだ…?三年前と何が変わった?

 あの日の…あの瞬間の、絶望無力さ、そして悔しさを思い出せ…!

 僕は自分の足元を見て歯を食いしばった。

 動け。

 動け。

 動け!


「ロン」


 僕が重い足を一歩前へ動かした直後、女の子の声と共に店内がザワついた。

 嘘だろ…

 僕は彼女の持ち牌を二度見した。

 勝ってる…

 しかも大三元…どんだけ強いんだよみーちゃんの友達!

 対局相手のホスト達がその場で崩れ落ちるのを見て、僕は息を吐いた。

 

「さっすが未緒〜」

「シャンパン飲めるのはお前のおかげだってよ、姫」

「ちゃうわ!客のことを姫言うてんの!私をホス狂と一緒にすな!!」

「ふふっ」

 ポニーテールの女の子がボブの子に抱きつき、神楽様がショートの女の子を見てからかうように笑う。

 そしてみーちゃんが楽しそうに微笑んだ。

 

「負け…た……あんなガキに…」

 先輩ホスト達が床に這いつくばり、自信喪失している。イカサマした分余計に精神を抉られているようだ。

 そもそも高校生だって分かってたのに追い出さなかったのかよ…屑が。

 僕は先輩達を睨みつけ、ハッとした。

 屑なのは自分も同じじゃないか…ここにいる時点で僕もこの人達と同類だ。

 しかも僕は今、すごくホッとしているんだ。みーちゃんに女の恋心で稼ぐ姿を見られなくて、すごく…

 

「早く帰ろ。あ、料金はその人達の掛け金で」

 当然、見栄を張ってナンボの世界にいるホスト達は彼女に何も言えず、黙って財布を取りだした。

 その光景を見た他の客達が「かっこいい…」と呟く声も聞こえる。

 

「陽さん指名ですー」 

 酷い自己嫌悪に陥っていた直後、僕の名を呼ぶ声が聞こえた。

 ああ、そう言えばさっきの客放置してた…めんどくさ…

 ため息をつきながらのらりくらりとバックヤードから出る。

 

「あ、薙刀…」

「ぇ…」

 客の元へ向かった僕と、立てかけた薙刀を取るために後ろを振り返り、卓に戻ってきたみーちゃんとの目が合った。

「…………え?ようちゃん?」

「……」

 

 

 終わった…嫌われた…絶交だ…

 

 

 一瞬で僕の頭の中は真っ白になり、じわっと涙さえ浮かんだ。

「…って、そんなわけないか、すみません人違いです」

 みーちゃんはそう言って苦笑すると、颯爽と薙刀袋を背負い店を出て行った。

「………え」

 みーちゃんに気づかれなかった安心感と、気づいて貰えなかった悲しさが同時に襲ってきた。

 いや…でもよかった…ほんとに…

 でも気づいて欲し…いや、よかった…

 

 

「操、何で気づいてないふりしたんだ?」

 出入口付近で彼女達の会話に耳を済ませていると、神楽様の口からとんでもないセリフが飛び出した。

 え?フリ?え…?

「だってようちゃん、私を見た途端すごい青ざめてましたし…ここで働いてるのも何か理由があるんですよ。きっと。だから気づいてないフリしてあげました」

「っ…!!」

 僕はその場でしゃがみこみ、嗚咽を零しながら涙を流した。

 みーちゃんの声が店から遠ざかっていく。


 今の僕は…彼女の隣に立てる男だろうか…?

 ……否。

 手っ取り早く稼ぎたいからとホストに手を染め、挙句の果てにはその職業を馬鹿にしている。

 なんて醜いんだ…

 僕は常備していた辞表を取り出し、握りしめた。

「…よし」

 僕は今日、ホストから足を洗う…!!

 

 ――直後、店に入ってきた常連客が泣いている僕を見て瞳を潤ませた。

「陽きゅん!私と会えて泣くほど嬉しいのね!今日は百万のボトル入れにきたよぉぉ!」

「うわぁぁぁん…!!」

 僕は辞表をビリビリに破り捨てた。

 

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