第十六話:大嫌いな女
私は放課後、誰も居ないトイレで呆然と鏡を見つめていた。
何となく、いつものツインテールを解き、天宮と同じロングヘアにしてみる。
「……何してるんやろ、私」
『なぁ、天宮さん一人?よかったら私らとお弁当食べへん?』
二年になった初めての日を思い出す。私は端っこの席で弁当を開いたあいつを見て、善意から声をかけた。
『ごめん、私一人で食べたいの。誘ってくれてありがとう』
あいつはそう言って微笑んだ。
……変な子。
それが彼女への第一印象やった。
* * *
天宮はやたらと遅刻と早退が多い。
二限目にやっと登校してきたと思ったら、すぐに早退することもある。
学校が嫌い…という感じではなかった。
というより、学校なんてどうでも良さそう…ただ単位の為に来ているような気がする。
それと、あいつは異様に古典だけはできる。テストは毎回満点やし、先生に大学レベルの問題を投げられても現代文を読むようにスラスラ答えとった。
それだけやない。あいつは何より運動能力が常人の域を超えとるんや。体育で見る天宮はまるで別人。何かに取り憑かれてるみたいな動きをする。
一応剣道部員らしいけど、籍を置いとるだけで部活には行っとらんらしい。
剣道部の顧問が声を大にして言っとった。あいつは身体能力…特に動体視力が化け物じみとるらしい。死と隣り合わせの鍛錬を積んだと噂されるくらいや。
気になるのは、竹刀を入れるにしてはあまりにも長くて細いケース…本当に竹刀が入っているのかどうかも怪しい。
そう…一言で言うなら不気味。気味が悪い…
私はあいつが人とは違う〝何か〟を持ってる気がしてならない。
「ああ…そっか…」
私は天宮操が嫌い。でもその理由がずっとしっくりこんへんかった。
そもそも関わりもあらへんし。
だけど、今日の天宮を見てやっと分かった。
──あいつは、最初から居場所を用意されとる側の人間なんや。
誰もが目を引く容姿。
家が有名な神社。
フィジカルの才能。
その身に纏う、不思議な空気。
私ら〝凡人〟とは程遠い存在――
世界に必要とされている存在――
努力しなくても、勝手に望むモノが寄って来る存在――
…才能がある人間はどこにでもいる。
でも、例えばモーツァルトやダ・ヴィンチ、アインシュタイン…彼らを本物の天才とするならば、天宮はそれに近い。
でも私は――
特別可愛いわけやないし、性格も裏表が激しい。
特別話が上手いわけやないし、人並みに傷つく。
だから居場所は自分で掴みに行かないといけない。誰も私の椅子を用意してくれないから、時には他人から奪わないといけない。
私も〝与えられる側〟の人間に生まれたかった。
ずるい…妬ましい…
羨ましい…
『真中さんって男好きだよな…』
『お前自分の意思無いの?』
『姫は可愛くていいよね』
『うちの子ホンマに何もできんのよ〜』
『心の中でウチらのこと馬鹿にしとるんやろ?』
今までの嫌な記憶が走馬灯の如く蘇る。
「っ…」
気づけば、怒りと悔しさから涙が溢れ出ていた。
「嫌い」
みんなが。
「嫌い…」
天宮が。
「大っ嫌い…っ」
自分が。
暫くその場にうずくまった。床が汚いとか、普段思うであろうことも、今だけはどうでも良かった。
私は立ち上がり、解いてぐしゃぐしゃになった髪を適当にポニーテールでまとめる。
「………帰ろ」
「アア…コノチカクダ…」
突如、不気味な声がトイレに響いた。
空耳…?
「アノタマシイ…ホシイ…タベタイ…」
空耳じゃない…
背筋に悪寒が走る。
私は恐怖からトイレを飛び出した。
「あっ…!」
しかし、何かにつまづいて転ぶ。
何…?今足に何か巻きついたような…何も見えないのに…
直後、窓は全て閉まっているはずの廊下から強風が吹きつけた。
思わず両目を瞑り、少し屈む。
ザッ!という嫌な音と共に、後ろ髪が軽くなった。
……え?
髪を触ろうとすると、背中まであった髪が、肩までバッサリ切られていることに気づいた。床には自分の髪が雑に散らばっている。
「髪…が……は…?」
何が起きた…?
「ハズシタ…コイツジャナイ…」
声がするのに…誰も居らんとか…
身の毛もよだつほどの恐怖に、呼吸が荒くなる。
次の瞬間、ズンと空気が重くなった。夕日が沈んでいく中、誰かの軽快な足音が耳に入る。
そして廊下の鳴動と共に、私の前に誰かが現れた。
赤い袴…巫女…?
その女は攻撃を防ぐかの様に、何も無い空中でピタリと薙刀を止めた。まるで見えない何かを受け止めているように見える。
「操!大丈夫か!」
私は目を見開いた。
……今…何て…?
「私は大丈夫です!それより早く蔓延している瘴気の浄化を!」
「言われなくてもやってるっての!」
聞き間違えるはずがない。この声は…
* * *
………音が止んだ。
「大丈夫…?」
天宮がしゃがみこみ、私と目線を合わせた。
「…」
理解した。こいつは根本的に私とは違う。私には無い何かを持ってこの世に生まれて来よった。比べるだけ無駄やった。見てる世界が違うんやから。
「さっきの妖怪は体が大分人間の性質に似通ってた。だからお前みたいな一般人でも声が聞こえたんだろ」
編入生が腕を組んで私を見下ろす。
妖怪…いつもの私なら絶対信じんけど、あんなもん見たら…
「真中さん、ごめん…もっと早く来れてれば…」
天宮が悲しげな顔で私の髪を触った。
私は咄嗟にポニーテールを解く。断面が真っ直ぐな上、斜めに切られたから悲惨極まりない。
私は天宮の幻想的で美しい巫女服姿を見て顔を歪めた。
「…うっ…ぐ…ぅ…」
涙が止まらん。
「怖かった…よね…」
そう言って天宮が私を抱きしめた。
「やめて…っ…私の醜さが際立つ…!」
私は天宮を思い切り突き放す。
「…真中さんは醜くないけど」
当たり前やろ。私は日々メイクを研究しとるんや。
…って、そんな事はどうでもええ。
「馬鹿やないの?私、本当はお前のこと大嫌いなんやで」
煽るように天宮を睨む。
「…私は嫌いじゃないよ。それに真中さんが私の事嫌ってるのは何となく分かってた。気にしないで」
「別に気にしとらんわ!それより何も思わへんの!?私の性格最悪って分かったやろ!?何か言えや!」
思わず怒りに任せて怒鳴ってしまった。
「…それのどこが駄目なの?」
天宮が目をぱちくりさせる。私も目をぱちくりさせた。
「自分を作るのは悪いことじゃないと思う。それに取り繕ってたとしても、色んな人に分け隔て無く優しい真中さんに、救われる人も多いんじゃないかな」
何…それ…
気づけばボロボロと涙を流していた。
「ううう…ムカつくぅぅ…!!ああああ!!」
「え…!?ご、ごめん…!?」
こいつが私達の存在を…学校を少しも気にしていなかったのは、それよりももっと大きな存在と戦ってたからやった。私が嫉妬して羨んでいる時も、こいつは人間を救うことを考えてた。
「…やっぱり天宮は特別な人間なんやな」
私が呟くと、天宮がピタリと動きを止めた。
「……そうなのかもね」
彼女はその後に、「悪い意味で」と小さく付け足す。
ああ…そういえば私…天宮のこと全然知らんのに、表面だけ見て恵まれてる思ってた…
馬鹿やなほんと…
そう思って、大きく深呼吸した。
「…私…お前のこといつも、『何独り好きムーブかましとるんやイキってんじゃねぇよ実家が神宮とかふざけんな人間の弱みに漬け込んで金巻き上げるだけの仕事のくせに何で金持ってんだよクソが授業中寝てばっかなのに毎回テスト高得点なのムカつくイラつくジェラつく』って顔見る度思っててん…」
「うん……ん…ええ…?」
天宮の困惑の声と、編入生の吹き出す声が聞こえる。
「せやけど……助けてくれて…その…」
私が顔を熱くして言い淀むと、天宮は私に満面の笑みを見せ、「どういたしまして」と言った。
* * *
次の日、私はいつも通り教室のドアを開けた。
「ひ、姫!?どうしたん、その髪!!」
「姫ちゃん!?」
案の定、クラスメイトは私が髪型を切っただけで大騒ぎ。昨日の斜めこけしヘアも悪くなかったけど、やっぱりすぐに美容院で整えてもらってボーイッシュなショートヘアにした。
「あー、ちょっとイメチェン?みたいな」
「えーロング可愛かったのにー」
「それなぁ」
お前らの好みなんて知らんねん。
「あ、ごめん、ちょっとロッカーに」
私は自然を装い、天宮の席の真横を通った。
横目で見ると天宮が私の視線に気づく。
……気づかれなかったら言うつもりなかったけど…
(あ)
(り)
口をパクパクさせると、天宮がその意図を読み取って目を見開いた。
(ありがと)
天宮が早足に通り過ぎようとした私の腕を引っ張り、その場に引き留める。
「………その髪、似合ってる」
「………当たり前やろ」
私はしたり顔で天宮と目を合わせた。




