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感情の神ティモスは悲しみを知らない  作者: 暁 有沙陽
第三章 救済、そして深まる絆
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第十四話:感情の神の力



 家に人が来るのはいつぶりだろう…

 お父さんのお通夜…いや、お正月ぶりか…

「で…でか!」

 (ともえ)さんが私の家を見て叫んだ。

 私の父はボードゲーム会社の社長だった。だから保険金とお父さんが残してくれた財産で、高校生ながら施設や親戚に世話にならず一人暮らしができている。

 でも…お金があったって…結局…

 

「…未緒、掃除してないやろ」

 三人をリビングに通すと、美玖が棚の表面を触ってそう言った。

「あ……うん…」 

 もうすぐ死ぬし…掃除しても意味ないと思って…

 私が口を噤むと、美玖がクローゼットから掃除機と雑巾、モップを引っ張り出す。

「操ちん、神楽っち、掃除するよ!」

 美玖がそう叫ぶと、天宮さんが目を細めた。

「手伝うわ」

「え、ゲームは!?」

「掃除の後です」

 美玖と天宮さんがやる気で、巴さんが嫌々家の掃除を始める。

「みんないいよ…悪いから…!」

「ほら、未緒もやって。もう…こんな埃だらけななるまで放置して…洗い物も溜まっとるし…ちょ、あんたゴミも出しとらんの!?」

 美玖に叱られながらモップを押し付けられる。

「…」

 …嬉しい。

 何故だか…そう、思ってしまった。


  * * *


「終わったぁ…」

「お疲れ様です、神楽様」

「雑巾がけキツ…腰が…」

 結局その日は、全員掃除に疲れてゲームすることもなく眠りについた。

 みんな…優しいな…

 私は美玖と巴さんのあどけない寝顔を見て涙ぐむ。

「小桜さん」

 すると、天宮さんが小声で私に声をかけた。

「天宮さん…」

「少し、話さない?」


 私達はベランダに出た。

「夜風が気持ちいいわね」

「うん…」

 天宮さんの綺麗な黒髪が風に揺れる。月明かりに照らされたその横顔はまるで、一枚の絵画を見ているようだった。

「…家まで押しかけたのは、私の考えを改めさせるため?」

 気になっていたことを問う。

「うーん…神楽様はきっと、そこまで考えてないんじゃないかな」

「え?」

「ただ、貴女や亀井さんと一緒に話をして、ゲームをするのが楽しいんだと思う。素直な方だから、見てれば分かるわ」

「…」

 私は何も言わず、暫くの間天宮さんと共に風に当たっていた。


 ――月が一瞬、雲に隠れる。 

「……天宮さん、私」

 私が天宮さんを見ると、その目が鋭いものに変わっていた。

 目線の先で、何か黒いものがこちらに向かっているのが見える。

「小桜さん、今すぐ部屋に戻って」

「え?」

 直後、ずっと遠くにいた黒い物体が一瞬で私達の目の前に現れた。

 何…これ…

 よく見ると、その物体には顔がある。生き物…?

「ガァァァ!!」

 化け物が鳴き声を出して天宮さんに襲いかかろうとする。

「天宮さん…!」

 しかし、天宮さんがその手を化け物へ向けた瞬間、その動きが鈍った。

「っ…やっぱり私の神力じゃ止まらない…!薙刀は持ってきてないし…」

 何を言って…

 

「いや、充分だ」

 

 次の瞬間、後ろから巴さんの声が響き、助走をつけた足で勢いよく化け物に蹴りを入れた。そしてどこから持ってきたのか包丁をそれに突き刺す。

「ハハッ!不意打ちが甘いわ!!私は感情のか――」

 そのまま巴さんの声が遠ざかり、ベショッと音がして消えた。

「神楽様!!」

 ベランダから下を覗くと、巴さんが不機嫌そうに立ち上がる姿が見えた。どうやら怪我はないようだ。

 化け物の姿も徐々に消えていく。 

「天宮さん、今の何…?」

「小桜さん、あれが見えたの?」

 天宮さんの驚く顔に戸惑いながら、私は頷いた。

 

「――なるほど。知の神ヌースによると、私の能力を浴びたせいで一時的だが妖怪が見えたらしい」

 巴さんがまた独り言を発した後、またしても妖怪などと、よく分からないことを言い出した。

「能力って…神楽様…小桜さんに何かしたんですか?」

「ちょっとな」

 答えになっていない返答に、天宮さんがムスッとする。

「それで、ちょうどいいから答えを聞かせろ未緒。死にたいか?」

 巴さんの翡翠色の瞳に私の顔が映り込んだ。その美しい瞳に、思わず吸い込まれそうになる。

「…」

 

 ――毎日、ただ虚しかった。

 迎える人も、迎えてくれる人も居ない、この暗くて広い家が嫌いだった。

 教室でも、家族の話が聞こえる度、羨ましさと恨めしさで心が支配された。

 いつも心配してくれていた美玖にさえ…自ら一線を引いた。

 でも――

「何でか分からないけど、最近不安とか悲しみとか、そういう嫌な事を感じなくなったの…心も身体も嘘みたいに穏やかで落ち着いてる…もしかして巴さんが…?」

 …そんなわけないとは思う。私達は放課後ただ一緒にゲームをして遊んだだけ。

 でも、信じずには居られない。

 だって今の私が見ている景色は、一週間前までとはまるで別世界なんやから…

 私が恐る恐る巴さんの反応を見る。

 

 嗚呼…やっぱり。

 この世に神様がいるなら、それはきっと巴さんと天宮さんなのだろう…

 私は手を伸ばして尊大にピースサインする巴さんと、その巴さんの横ではにかむ天宮さんを見て、強くそう思った。

 

「私……生きる」

 

 私が涙を浮かべてそう言うと、巴さんが満足そうに頷き、天宮さんが嬉しそうに微笑んだ。

「じゃ、次は朝までゲームな。ゾンビ倒すやつやりたい」

 あ…また来てくれるんだ…

「ぐがぁぁぁ…」

 美玖のイビキが響き渡る。

 私達は顔を合わせ、笑い合った。


  * * *


「そうかそうか、元気になったか…よかったわぁ…それにしても操と神楽二人で解決してくれるなんてなぁ…」

 みたまに未緒の話をすると、驚きと安心を含んだ顔を見せた。

「それで、神楽様は一体何をしたんですか?全然話してくれませんけど…」

「ああ、そうだった。掻い摘んで説明するな」

 私は数秒考えて、分かりやすい言葉を選んだ。 

「私には感情を感じ取る以外に、その者の感情を〝整える〟力があるんだ。この一週間で私は、未緒の心の殆どを占めていた負の感情を、徐々に正の感情で上書きしていった。一週間時間をかけたのは……まぁ、初めての試みだし自信がなかったから……。でも結果、力を使って未緒の感情を整えることに成功した!脳に受けたダメージは治るのに時間はかかるだろうけど、もう死にたいとは思わないはずだ。本人も最後の方気づいてたみたいだし」

 私が鼻を高くして説明すると、操とみたまが感心した目で私を見た。

「すごいですね…まさか神楽様がそこまで考えて行動していたなんて…」

 操はたまに失礼なことを言う。

「あのな…いでっ…」

 私は二階から落ちた時に擦りむいた腕と膝を見た。

「神楽様血が…すぐ消毒を」

「ああ、悪いな」

 あの時神力で身体覆ってなかったら骨いってたわ…

 私は安堵のため息をつく。

 

「…」

 私は手当てされながら操を見た。

 そう言えば、操と初めて会った日も、未緒の家でも…何でいつも妖怪は操の近くに現れるんだ…?

 単なる偶然…?

 

 次の瞬間だった――


 擦りむいた腕に消毒液をかけられてすごく()みたのだ。

「痛い痛い痛い!は!?痛っ!」

「暴れないでください」

 操に身体をがっしりと固定される。

 今は痛いから…いや、せっかく人助けして気分がいいから、暫くこの気持ちに浸っていよう。

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