第十四話:感情の神の力
家に人が来るのはいつぶりだろう…
お父さんのお通夜…いや、お正月ぶりか…
「で…でか!」
巴さんが私の家を見て叫んだ。
私の父はボードゲーム会社の社長だった。だから保険金とお父さんが残してくれた財産で、高校生ながら施設や親戚に世話にならず一人暮らしができている。
でも…お金があったって…結局…
「…未緒、掃除してないやろ」
三人をリビングに通すと、美玖が棚の表面を触ってそう言った。
「あ……うん…」
もうすぐ死ぬし…掃除しても意味ないと思って…
私が口を噤むと、美玖がクローゼットから掃除機と雑巾、モップを引っ張り出す。
「操ちん、神楽っち、掃除するよ!」
美玖がそう叫ぶと、天宮さんが目を細めた。
「手伝うわ」
「え、ゲームは!?」
「掃除の後です」
美玖と天宮さんがやる気で、巴さんが嫌々家の掃除を始める。
「みんないいよ…悪いから…!」
「ほら、未緒もやって。もう…こんな埃だらけななるまで放置して…洗い物も溜まっとるし…ちょ、あんたゴミも出しとらんの!?」
美玖に叱られながらモップを押し付けられる。
「…」
…嬉しい。
何故だか…そう、思ってしまった。
* * *
「終わったぁ…」
「お疲れ様です、神楽様」
「雑巾がけキツ…腰が…」
結局その日は、全員掃除に疲れてゲームすることもなく眠りについた。
みんな…優しいな…
私は美玖と巴さんのあどけない寝顔を見て涙ぐむ。
「小桜さん」
すると、天宮さんが小声で私に声をかけた。
「天宮さん…」
「少し、話さない?」
私達はベランダに出た。
「夜風が気持ちいいわね」
「うん…」
天宮さんの綺麗な黒髪が風に揺れる。月明かりに照らされたその横顔はまるで、一枚の絵画を見ているようだった。
「…家まで押しかけたのは、私の考えを改めさせるため?」
気になっていたことを問う。
「うーん…神楽様はきっと、そこまで考えてないんじゃないかな」
「え?」
「ただ、貴女や亀井さんと一緒に話をして、ゲームをするのが楽しいんだと思う。素直な方だから、見てれば分かるわ」
「…」
私は何も言わず、暫くの間天宮さんと共に風に当たっていた。
――月が一瞬、雲に隠れる。
「……天宮さん、私」
私が天宮さんを見ると、その目が鋭いものに変わっていた。
目線の先で、何か黒いものがこちらに向かっているのが見える。
「小桜さん、今すぐ部屋に戻って」
「え?」
直後、ずっと遠くにいた黒い物体が一瞬で私達の目の前に現れた。
何…これ…
よく見ると、その物体には顔がある。生き物…?
「ガァァァ!!」
化け物が鳴き声を出して天宮さんに襲いかかろうとする。
「天宮さん…!」
しかし、天宮さんがその手を化け物へ向けた瞬間、その動きが鈍った。
「っ…やっぱり私の神力じゃ止まらない…!薙刀は持ってきてないし…」
何を言って…
「いや、充分だ」
次の瞬間、後ろから巴さんの声が響き、助走をつけた足で勢いよく化け物に蹴りを入れた。そしてどこから持ってきたのか包丁をそれに突き刺す。
「ハハッ!不意打ちが甘いわ!!私は感情のか――」
そのまま巴さんの声が遠ざかり、ベショッと音がして消えた。
「神楽様!!」
ベランダから下を覗くと、巴さんが不機嫌そうに立ち上がる姿が見えた。どうやら怪我はないようだ。
化け物の姿も徐々に消えていく。
「天宮さん、今の何…?」
「小桜さん、あれが見えたの?」
天宮さんの驚く顔に戸惑いながら、私は頷いた。
「――なるほど。知の神ヌースによると、私の能力を浴びたせいで一時的だが妖怪が見えたらしい」
巴さんがまた独り言を発した後、またしても妖怪などと、よく分からないことを言い出した。
「能力って…神楽様…小桜さんに何かしたんですか?」
「ちょっとな」
答えになっていない返答に、天宮さんがムスッとする。
「それで、ちょうどいいから答えを聞かせろ未緒。死にたいか?」
巴さんの翡翠色の瞳に私の顔が映り込んだ。その美しい瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
「…」
――毎日、ただ虚しかった。
迎える人も、迎えてくれる人も居ない、この暗くて広い家が嫌いだった。
教室でも、家族の話が聞こえる度、羨ましさと恨めしさで心が支配された。
いつも心配してくれていた美玖にさえ…自ら一線を引いた。
でも――
「何でか分からないけど、最近不安とか悲しみとか、そういう嫌な事を感じなくなったの…心も身体も嘘みたいに穏やかで落ち着いてる…もしかして巴さんが…?」
…そんなわけないとは思う。私達は放課後ただ一緒にゲームをして遊んだだけ。
でも、信じずには居られない。
だって今の私が見ている景色は、一週間前までとはまるで別世界なんやから…
私が恐る恐る巴さんの反応を見る。
嗚呼…やっぱり。
この世に神様がいるなら、それはきっと巴さんと天宮さんなのだろう…
私は手を伸ばして尊大にピースサインする巴さんと、その巴さんの横ではにかむ天宮さんを見て、強くそう思った。
「私……生きる」
私が涙を浮かべてそう言うと、巴さんが満足そうに頷き、天宮さんが嬉しそうに微笑んだ。
「じゃ、次は朝までゲームな。ゾンビ倒すやつやりたい」
あ…また来てくれるんだ…
「ぐがぁぁぁ…」
美玖のイビキが響き渡る。
私達は顔を合わせ、笑い合った。
* * *
「そうかそうか、元気になったか…よかったわぁ…それにしても操と神楽二人で解決してくれるなんてなぁ…」
みたまに未緒の話をすると、驚きと安心を含んだ顔を見せた。
「それで、神楽様は一体何をしたんですか?全然話してくれませんけど…」
「ああ、そうだった。掻い摘んで説明するな」
私は数秒考えて、分かりやすい言葉を選んだ。
「私には感情を感じ取る以外に、その者の感情を〝整える〟力があるんだ。この一週間で私は、未緒の心の殆どを占めていた負の感情を、徐々に正の感情で上書きしていった。一週間時間をかけたのは……まぁ、初めての試みだし自信がなかったから……。でも結果、力を使って未緒の感情を整えることに成功した!脳に受けたダメージは治るのに時間はかかるだろうけど、もう死にたいとは思わないはずだ。本人も最後の方気づいてたみたいだし」
私が鼻を高くして説明すると、操とみたまが感心した目で私を見た。
「すごいですね…まさか神楽様がそこまで考えて行動していたなんて…」
操はたまに失礼なことを言う。
「あのな…いでっ…」
私は二階から落ちた時に擦りむいた腕と膝を見た。
「神楽様血が…すぐ消毒を」
「ああ、悪いな」
あの時神力で身体覆ってなかったら骨いってたわ…
私は安堵のため息をつく。
「…」
私は手当てされながら操を見た。
そう言えば、操と初めて会った日も、未緒の家でも…何でいつも妖怪は操の近くに現れるんだ…?
単なる偶然…?
次の瞬間だった――
擦りむいた腕に消毒液をかけられてすごく滲みたのだ。
「痛い痛い痛い!は!?痛っ!」
「暴れないでください」
操に身体をがっしりと固定される。
今は痛いから…いや、せっかく人助けして気分がいいから、暫くこの気持ちに浸っていよう。




